35話 A3
リベンはパーリラとの距離感を測りかねたまま過ごしていた。気分に左右されずに勝てるように鍛えるべきというのは同意しているようだが、恥ずかしがって避けられがちなのは継続中。
ある日の夜、机の整理中にうっかりとマグカップを割ってしまい、修復できそうにもないので、新しいものを買うことにした。
翌朝、登校して教室でトモイにそのことを話した。
「…というわけで今日の放課後、一旦寮に戻ってから買いに行くつもりだ。隣町まで出ないといけないのは面倒だな」
「カップなら学園の購買で売っているよ。種類少ないからデザインや値段が気に入るかは分からないけどね」
「そうだったか?じゃあ今日の放課後に購買見に行ってから決めるよ、ありがとう」
デザインに得に拘りはないし、購買で手に入るなら楽だから多少高くてもいいや。
そしてトレーニングの授業を終えた放課後、リベンは一人購買にやってきた。
店はさほど大きくなく、探すと簡単にマグカップを見つけられた。ただし、棚に残っているのは1つだけ。
リベンが手を伸ばすと、隣からも男が手を伸ばして指があたった。
「あっ、すみません」
「いや、君もこれを?」
3年生のジャージを着た左利きの男はカップを指さして尋ね、リベンは頷いた。
「在庫が無いかケルピーさんに聞いてみよう」
「ケルピーさん?」
「ここの店長だよ。ついて来て」
その男はカップを手に取ってレジの方に行き、30台半ばくらいの女性店員に声をかけた。
「ケルピーさん、すみません、ちょっといいですか?」
「ルシフェ君、どうしたの?」
店長のバッジを付けたケルピーは左利きの男の方をルシフェ君と呼び、彼の方を向いて答えた。
「このカップの在庫はありますか?店頭にはこれで最後で」
「店頭に出てる分しかなかったと思うけど…一応確認するわ。待っててね」
ケルピーは宙にウィンドウを出して在庫を調べ始めた。ルシフェはカウンターにカップを置き、待つ間にリベンに声をかけた。
「一昨日割っちゃってさ。新しいの必要になったんだよね」
「俺もです。割ったのは昨日ですが」
「俺の友達も最近割ってて、気のせいかもしれないがこういうのって時期が重なるよな」
「どうでしょう?例えば赤色を見つけようとして過ごすと沢山見つけられますが、いつも意識していないだけでありふれているものです。それと同じかもしれません」
「一理ある。そういやこの前…」
「ごめんね2人共」
ケルピーが声をかけ、ルシフェは言い止めて2人はケルピーの言葉に耳を傾けた。
「もう在庫は無いってことですか?」
「そう、それっきり。次の入荷は来週頭」
「そうですか。無い物は仕方ないですね」
「ルシフェ君、リベン君、ここはフェアにじゃんけんか何かで決めてもらえる?」
ケルピーは2人に後腐れない勝負を提案した。
「そうですね。では…」
「いや、ここの生徒ならじゃんけんではなく剣で決めよう。決闘だ」
ルシフェは雪剣を出して見せ、学生証のボタンを押してウィンドウを出して決闘を申請した。
「こんなことで決闘を…」
「決闘で決められるのはこの学園にいる間だけ。使えるものは使わないとな。どうした?怖気づいたか?」
「受けましょう。ですが、ひとまず買いませんか?店員さんを待たせるのも悪いですから」
「そうだな。じゃあ俺が買うから、決闘でお前が買ったらお前に渡して代金を請求しよう。俺が買ったらそのままだ」
「いいでしょう」
リベンは学生証のボタンを押しながら決闘を受け、ウィンドウに決闘成立が表示された。
ルシフェが買って持ち逃げすることはない。決闘を正当な理由なくやめることは決闘の侮辱になる。この学園で決闘を侮辱することは許されない。
ルシフェはカップを買い、割れないように包装に包まれて袋に入れて持ち運び、決闘のできる広場に向かった。
そういえば俺、店長に名前名乗ったっけ?まあランキング入りしているから名前が知られていてもおかしくないか。
広場に着き、ルシフェは近くを通りがかった友人に袋を渡した。
「こいつをかけて決闘をする。終わるまで持っててくれ」
リベンとルシフェはそれぞれ雪剣と仮面を出して準備を整え、ARのラインが周囲に浮かび上がって囲い、決闘の準備が整った。
ルシフェは剣を片手で持ち、肘を曲げて脇を締めて突きの構えで持ち、リベンは正面に立てて両手で持って構えた。
「3」
「2」
「1」
「0」
直後、両者共に前に歩み寄って距離を詰め、リベンは剣の先を下に寝かせて斬り上げる構えに変えた。リーチを長く取り、相手が突きの動きにはいれば隙のできた胴体や足を先んじて斬りかかれる位置取りだ。
ルシフェは足を強く踏み、前に踏み出す気迫を出した。しかし、リベンには焦って斬り上げるのを待つフェイントとして映り、動かなかった。
これが通じないと分かるとルシフェはすぐに剣を斜め下に突いてリベンの剣の左側に差し込み、横に押しのけながら肘を曲げつつ体を前に出した。
そしてリベンが後退して間合いを取ろうと剣を手元に引き、横からの斬りつけが無くなった隙に鋭い突きでリベンの脇腹を貫いた。麻痺して動き鈍ったところを両手持ちに変えて斜め上に斬りつけ、胸を斬りつけた。
リベンは体が麻痺して膝から崩れ、ルシフェは剣を振り降ろして背を伸ばして立ち、雪剣をオフにして刀身を消した。
「ぐっ…」
あからさまな突きだと分かって対策をしたが悠々と乗り越えられた。力の差は歴然か。負けた…。
ウィンドウには勝者ルシフェ・エルダースプリングと表示された。それぞれの名前の前に表示されている4と8に変動はない。ランキング8位の力では4位には敵わなかった。
「それじゃ約束通りカップは俺が貰っていく。また戦うことがあるかもな」
ルシフェはしゃがんでリベンの雪剣をオフにして刀身を消して友人たちのもとへと向かい、預けていた袋を受け取って寮へと帰っていった。リベンも麻痺が抜けた後、寮に戻った。
その夜、リベンが寮の廊下を歩いているとシュロンに会った。彼女は不機嫌そうにむすっとしていた。
「4位のルシフェ先輩と決闘したみたいだね。あたしとは決闘してないのに」
「もう知っているのか。あれは物を賭けての決闘だったんだ。ランキング戦じゃない」
「そんなの関係ないね。順位持ちとの決闘はランキング戦になる。9位のトレアルとの決闘だって順位狙いじゃなくてパーリラさんのためだったでしょ?」
「そうだけど…」
何で不機嫌なんだ?
「あの、シロちゃん?何か気に入らないことでも?」
「あたしだってベンと戦うのを楽しみにしてたけど、ベンがまずは7位になってからというから我慢してたのに、そんな理由で戦っていいのなら今すぐにでもやればよかった」
「じゃあ、明日決闘しようか?」
「うーん…それはそれで…。気分が盛り上がらない。7位になったベンと戦うつもりだったのに、こんなシチュエーション無しじゃガッカリ」
「まあ、気持ちは分からなくはないけど…」
7位を取ってから6位を守って待っていた相手と戦う。その方が気分が乗るというもの。
「…でも決闘を受けようかな。ベンとまた勝負したかったのは変わらない。シチュエーションはこの際高望みしない」
シュロンは決闘申請のために学生証を触ろうとしたが、今は私服で持っていなかった。
「学生証今持ってる?」
「俺はここに」
リベンは私服の胸ポケットから取り出して見せた。
「じゃああたしは部屋に取りに…いや、ちょうどいいや。あたしの部屋に来て。人に聞かれたくない話もあるし」
「え?女子寮だろ?入っていいのか?」
「原則駄目だけど、堂々とせずコッソリとなら見逃してくれるよ」
そういえば男子寮でも女子が入って行くのを時々見かけた。
「詳しいんだな…」
「まあね。じゃ、4階の廊下共有部で待ち合わせよう。1階の女子寮の階段から上るのは流石に目立つから」
「了解」
シュロンはスタスタと歩いて行った。
手慣れたものだな。過去にも異性を招いたことがあるのだろうか。まあシロちゃんはクロちゃんみたいに人見知りという訳でもないしな。
リベンも歩き出して男子寮の階段を昇って行き、4階で合流した。ちょうど周囲には人はおらず、気づかれずにシュロンの部屋に入ることができた。部屋に入った直後、パーリラが横の階段を下りていき、あと数秒遅かったら見られていたかもしれなかった。




