34話 B14
「そろそろ部屋に戻るか、話をしてくれてありがとう」
「こちらこそありがとうございます。最後に聞きたいことがあるのですが…」
「何だ?」
「演技性選手を目指すならランキング入りしているのはなぜですか?競技性選手を目指す者がランキング戦をやるものだと聞いてましたから不思議で」
「ああ、それか」
ザークは立ち上がって並んで歩きながら話をした。
「俺が向いているのは競技性ケンランの方らしい。でも俺は演技性ケンランに関わりたい。そこで演技性ケンランの中で最も競技性に近いジャンルを目指すことにした。台本に従い様々なパフォーマンスで客を盛り上げて本気の試合を行うものだ。そこでは競技性選手同様にランキング入りしているとアピールポイントになる」
「成程…」
「俺はもっと劇が多い方が好きなんだが、好みと適正が別というのはよくある話だ。ギャグが好きでもギャグを作るのに向いてない人がいる。そんなところ。あ、俺この階だから。じゃあな」
「はい、おやすみなさい」
階段の途中でザークはリベンに軽く手を振って別れ、リベンは上の階へと歩いて行き、自室に戻った。
本当のことを言っているとは限らないが、もし本当なら何だか意外だったな。あんな余裕そうな人でも落ち込むことがあるんだな。ストレス解消の方向性がフィクションの世界に浸るのも意外だ。
何にせよ、自然経過ではなく意図的に目の前のことから離れて冷静になれるものがあるのはいいものだな。遠くの景色を眺めるのもその一つ。いわゆる息抜きが効率を上げるというやつだな。息抜きの質を高めることにも意識すれば実力も効率よく高めていけるかもしれない。
翌朝、リベンは寮の食堂でパーリラを見かけたが、目が合った瞬間に逃げられた。登校して教室に着いてからも避けられ、段々と声をかけるのも面倒になってきて話をしなくなった。復讐対象の娘でなければ、自然と疎遠になってそれっきりだったかもしれない。しかし、疎遠になるわけにはいかない。
数日後、リベンは寮の廊下でアペソンと偶然会い、軽く話をして避けられていることを伝えた。
「そう、そんなことが…」
「何か聞いてませんか?」
「最近忙しかったから会ってなくて…今度聞いてみるわ」
「ありがとうございます」
よし。アペソン先輩がいてくれて良かった。念のため、下手に執着してあの子にもう近づかないで!と拒絶されないように程々の距離を保っておこう。
「あんまり親しくしていると、お姉ちゃんもあいつの味方なんだと心の壁を作られかねないのでこの辺で」
「そうね。暫くは離れていましょう。見かけたら挨拶するけど、話はしない程度の仲で」
「分かりました」
リベンとアペソンは別れてそれぞれ自室に帰っていった。
日曜日の夕方、リベンはアペソンに呼ばれて寮の裏庭にやってくるとアペソンとパーリラがいた。
「それじゃ私はこれで。ちゃんと仲直りしてね」
「ちょっと、お姉ちゃ…」
パーリラは手を伸ばすがアペソンは止まらず、リベンの肩をポンと叩いて安心するように頷き、建物の裏に行って見えなくなった。
「ええと…」
「リベン」
パーリラはリベンの方を向いて呼びかけた。彼女は目線を合わせようとせず、リベンの首の辺りを見ながら話した。
「避けて悪かったわね…でも分かって欲しい」
「何を?」
「あんたに見られていると集中できない。私の中であんたの存在が薄まるように距離を取りたい。協力してくれないかしら」
お偉いさんが見に来て緊張する感じだろうか。ザーク先輩のように薄められたらいいのだろうが、そうはいかないか。
「協力というのは距離を取るということか?」
「そうよ」
「それで本当に解決するのか?」
「良いパフォーマンスを発揮するために気がかりなことを無くして気分を良くする。おかしなことかしら?」
「うーん…乗り越えるべきもので排除すべきものじゃないと思うが…」
「何も言わずに避けてたのは悪かったわ。ごめんなさい。だけど協力して欲しいの」
パーリラは早く話を終えようと強引に頼み込み、リベンは態度を硬化させて反論をした。
「確かに気分が乗っている方が力を発揮できて強い。けど、最高潮の時なんて一年に数日程度。調子の乗らない時の方が圧倒的に多い。やる気があろうとなかろうと勝てるように気分に左右されないよう鍛えるべきだ」
「そんなの分かってるわ。趣味で好きな時にやるんじゃなくてプロの選手目指すなら、今日は気分が乗らないから真面目に試合しませんなんて通用しないもの」
「それが分かっているなら、こんなやり方じゃ意味ないって分かるだろ」
「無理よ。今の私には無理!どうしても!」
パーリラは語気を強めて言い放った。
「元はといえばあんたのせいよ」
「はあ?どういうことだよ?」
リベンは徐々に腹が立ってきてイラつきながら聞き返した。
「あんたが私の頭を撫でたから!」
「あっ…」
パーリラは一瞬リベンの目を見て、恥ずかしがってすぐに目を逸らした。
「その件はごめん。故郷では仲良い人相手にすることだけど、こっちはもっと深い仲でしかしないとは知らなくて…。それで意識させてしまったか…」
「はあ?何勘違いしてるの?」
パーリラは照れ隠しで強く否定した。
「あ、違ったか?恥ずっ…。じゃあ、気持ち悪くて避けようと…?ごめん…」
「別に嫌とは言ってないわよ」
「?」
リベンはパーリラの言葉に混乱した。
別の理由か?いや、本音じゃない可能性も?こいつの言葉は分かりにくい。親との不仲もこの伝わりにくい言葉のせいなのではないかと思うことがある。
「あれは…そう。そうよ、お父さんに可愛がられているみたいで悪くなかったわ。お父さんがいたらこんな感じなんだろうなと、そんなことを思って幼児に戻っていくような気分だったわ」
照れ隠しから来る全くのでっち上げという訳ではない。父性を感じたのも事実。というか、余計に恥ずかしいことを言っている。
「ふうん…」
成程。パーリラには遺伝的に父親にあたる人はいるが、家族として過ごす父親はいなかった。アペソン先輩と一緒に育ったチェリィウェル家にも父親がいなかった。父親の存在に憧れ、父親を欲していたのだろう。
俺も父親は居ないけど、クース家で父親のように接してくれた叔父さんがいたから父親を求めることはなかった。しかしパーリラは違い、特別強い思いがあるわけか。
「つまり…俺がお前の頭を撫でたことで、俺が父親のように感じられるようになった。お前にとっては父親は特別。それで俺が見ていると緊張して実力が発揮できない。距離を取って欲しいと」
「そういうこと!時間が経てば父親の偶像を見出している錯覚は収まると思うから、今は離れて欲しいわ」
「まあ、仕方ないか…でもいい感じに忘れて逆に偶像が強化されてしまわないか?」
「それは…ありうるけど、だからってお父さんじゃないと何度も接して気づかせるようなのは、ちょっと…」
パーリラは手の甲を口の前に持って来て目を逸らしつつ恥ずかしそうにそう言った。
「何度もが嫌なら、今ここでもう一度頭を撫でて違うと示そう」
「えっ、あ…。…あんたが嫌じゃないならいいわ」
パーリラは迷った末に恥ずかしそうに顔を伏せてリベンに近づいた。リベンは腕を曲げてポンポンと優しく前頭部を叩き、後頭部を優しく撫でた。
「俺はリベン・クース。お前と同い年の一年生で、お前と同じく競技性選手を目指す生徒だ」
「はい…」
何をやっているんだ俺は…。
パーリラは力が抜けて言葉がしっかり頭に入ってこなかった。幸福感でいっぱいでどうでもよくなり、今この時は悩みが吹き飛ばされた。そして夢見心地のまま、その場で別れて自室に戻っていった。
結局、解決したとは言い難いが、パーリラは少し耐性が付いて前よりは落ち着けるようになった。まだ時間はかかりそうだ。




