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壁転生 壁になって悩める若者たちを高みの見物  作者: Ridge


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33/58

33話 B13

 決闘が終わり、ゴードンが立ち去ってリベンたちはパーリラの近くへ駆け寄った。


「お疲れさん。見ていたから何かアドバイスできるかも」

「…あんたが見てると集中できないからもう見に来ないで」


 パーリラは下を向いたままリベンに向かって話しかけた。


「俺がプレッシャーかけるようなことしたか?仮にそうでもプロ選手になったらもっとプレッシャーが…」

「いいから!」


 パーリラは痺れが残る体でよろっと立ち上がって去っていった。友達たちが後を追い、その一人が後ろを向いて「ごめんね」と手を合わせ、手を離して再び前を向いてついていった。


「あらら…」

「負けて機嫌が悪いのか?仕方ない、冷めるまで待つか」

「…まあ、そうかもね。それがいいと思うよ」


 リベンたちはパーリラを追うことはせず寮に帰った。



 リベンは風呂と夕食の後、共同談話室に来たがパーリラはいなかった。バルコニーに行けばいるかもしれないが、一人にしてあげた方がいいだろうと思い、行かないことにした。談話室にいるなら話しかけられるのは嫌じゃないだろうが、あのバルコニーの場合は一人で夜の街を眺めていられるのだから邪魔をしない方がいいだろう。


 女子寮の自分の部屋や女子談話室で友達と過ごしているかもしれない。その場合は俺は入れない。

 リベンがその場を去って自室に戻ろうとすると談話室の中から男に声をかけられた。


「おーい、リベン君」


 声のした方を向くと、椅子に座った男が微笑んで手を振っていた。若干の憂いを帯びた顔と余裕に満ちた所作から色気を醸し出している。机の上には読みかけの雑誌があった。セレネベセアに来ている有名サーカスの記事が書かれているページだった。


「ザーク先輩…」


 ザーク・スモルフィルド。演技性選手コース3年生。ランキング5位、一桁台唯一の演技性コースの人。女性経験の人数は3桁という噂がある。噂に尾ひれがついていると思うが、この業界では経験豊富なのは珍しくない。それにこの人から漂う色気は経験豊富なことに説得力がある。


 動画でこの人の決闘の様子を見たことはあるが話をするのは始めてだ。戦闘スタイルは緩急をつけて相手のペースを狂わせるもの。どちらかと言うとやや攻撃的スタイルだが、防御も結構使うオールラウンダーといった印象だ。


 リベンはザークの席の近くに来た。呼ばれて無視するのも良くないし、今はパーリラに対して何かできるわけではなく、新たな出会いで状況打破の何かヒントが見つけられるかもしれないという考えもあった。


「君がリベン君であってる?1年生でランキング8位の」

「はい、リベン・クースです。はじめまして」

「はじめまして。ザーク・スモルフィルドだ。最近一桁台に入って来た君とはいつか話をしたいと思ってたところでね。今いいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」

「良かった。まあそこに座ってよ」


 リベンはテーブルを囲む椅子に座り、ザークは雑誌を閉じて立ち上がって近くの棚に戻し、すぐにまた座った。


「あの、先輩は何か途中だったのでは?いいんですか?」

「心配ないよ。友人たちがいるサーカス団が雑誌に載ったと聞いて読んでいたところなんだ。それで読み終えて帰ろうとしたところに君を見かけて声をかけたんだよ」

「そうでしたか」

「じゃあ、まずはケンランをどう思う?」

「どうって…好きですよ。剣術が好きですから、雪剣で戦えるケンランというスポーツも好きです」

「実家は道場だっけか?」

「はい。弓術、鎗術、剣術を学べますよ。体術は先代の頃はやってましたが、ライバルが多くて客が取れないのでやめたようです」


 リベンが一番得意とするのは鎗術である。ケンランは剣の勝負のため出番はないが。


「成程。演技の方に興味は?」

「正直あまり…しかし、演技性ケンランの方が市場規模大きくて人気なんですよね」

「無理に合わせる必要はないよ。でも…ケンラン協会会長が言っていた星座の話を知っているか?」

「いえ。どんな話ですか?」

「曰く、星の配置を覚えるには単体で覚えるよりも、関連付けて覚える方が効果的だそうだ。繋げるとこんな形の星座になって、星の名前は端から順に何々、その隣の星座は…とやると覚えやすくなる。星座のエピソードも加えるとより覚えやすい」

「成程…」


 元素周期表を単体で覚えるよりも語呂合わせやストーリー仕立ての方が覚えやすいのと同じか。


「競技性ケンランの選手は個人競技だけど単体よりも、星座を描くように繋がりやエピソードがある方が覚えやすく発展すると考えていると言っていた。要するに昔からやっていることを星座で例えて分かりやすく表現したわけだな」

「成程。ストイックに強さを求める競技性選手たちは、試合と関係ないことは嫌がりそうですものね。輝く星も星座じゃなければ多くの人に覚えてもらえないという例えは効きそうです」

「ふふ…話が分かるじゃないか」


 ザークは嬉しそうに微笑んだ。


「それだけじゃなく、星は晴れた夜空にしか見えないが、星座のエピソードについては日中にも語れるように、選手の関係性やキャラクター性は試合のない時にも語れるんだ。剣術に興味が薄いカジュアル層にも有効。星座に例えるとは流石会長、お見事」

「会長のことお好きなんですね」

「会長は俺の憧れだ。あの人の手腕は信用できる。現会長は過去の有名な会長のように売上を前年比2倍にした、といった派手なエピソードこそ無いが、堅実で強靭な経営体制を作り、観客への誠意ある対応で信用を得ている。ルール改定で勝手に自滅したライバル業界から客が離れてこっちに流れて来た話や、不況時に最高の物件を破格の値段で購入した話は、生きていればチャンスは巡ってくるんだと感じることができたよ」


 ザークは嬉しそうに早口で会長のことを語った。本当に憧れの存在のようだ。


「おっと喋りすぎた。君の話を聞きたいんだ。君が競技性選手を目指す理由は?実家の道場のためと噂で聞いたけど本当か?」

「はい。実家の道場を存続、発展させるためです。ケンランの選手になって実家の剣術をアピールして人を呼び込もうという理由です」


 本当は母の復讐のために学園に来たのであって、この理由は表の理由だが。


「しかし、その理論だと他の流派の剣術を学んで使えないんじゃないか?」

「ご心配には及びません。他の技を取り入れても、らしさは残るものです。他の技を取り入れて発展した歴史もあります」

「成程。そういうものなんだな」


 ザークは納得して椅子にもたれかかった。


「先輩はどうして選手になろうとしたんですか?それも5位の実力がありながら競技性選手ではなく演技性選手の道を」

「俺?俺にとって演技性ケンランは笑顔になれて生きる元気をくれたもので、俺も皆に笑顔を届けたいからだな。競技性ではなく演技性を目指すのはそのため。俺にとってケンランは心の栄養であり、無くてはならない存在なんだ」

「そこまで…」

「大失敗をして落ち込んだ時、体の力が抜けて、胃がきゅっとなって、頭はぼんやりとして、辛くて仕方ないんだ。眠ろうにも寝付けない。そんな時にケンランを視聴すると心が楽になる」


 今は余裕のある様子で想像しにくいが、この人も落ち込むことがあるんだな。意外だ。


「試合前のパフォーマンスは現実世界から離れて別世界へと誘ってくれる。一時でも現実を忘れることで心が軽くなる。光の軌跡が描く激しい剣戟、沸き上がる歓声や見ごたえのある派手な技、そして決着時の強烈なカタルシス。ストーリーのある劇あってこそだな。その刺激と情報量に大失敗のショックが薄まっていく。そして疲れ果てて眠りに就くことができる、生きていける。そして生きていればチャンスがある」

「成程、先輩の元気の源なんですね。確かに心の栄養です」


 パーリラも何かに励まされてしっかり眠れるといいが…。いや、不機嫌なままだと復讐計画に支障が出て困るからってだけだ。友達の心配なんかじゃない。

 心の中ではそう言いながらも心配するリベンであった。

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