32話 B12
ユリブラン学園では休みが明け、生徒たちは今日も勉強やトレーニングに励んでいた。
学園の壁と化した亜綿郎は学園内の全ての人の心や記憶を読む能力を持つ。逆に人間からは彼を読むことはおろか、知覚することもできず、圧倒的に優位な立場にある。人間としての焦りや恐れから解放され、悠久の時を優雅に過ごす彼にとって、情報を読み取っても自分を駆り立てるものはなく、穏やかな気分で面白く見ていられるものだった。
メランドもまた親の期待を受けている。その期待は家業を継ぐことだけではない。
彼女の両親は政略結婚であり、恋愛の末に結婚したわけではない。ただし幸運にも相性は悪くなく、滅多にドキドキしないが一緒にいて落ち着く相手であり、夫婦仲は良好である。
父親は責任感の強さ、母親は恋愛への興味の無さからドキドキするような刺激を求めて浮気することもなく、愛情の注ぎ先は子供たちへと向けられた。客観的に見ると上手く行っている。
しかし両親は、自分ではできなかった恋愛の成就を子供たちに期待していた。父親は自分のできなかった恋愛結婚をすること、母親は自分が魅力を感じなかった恋愛へ魅力を感じることへ期待していた。
メランドの恋愛の価値観にはその両親の期待も影響している。彼女の恋愛観は、恋愛を結婚に必要なステップとして考えるとともに、その恋愛対象というものは近くにいるとドキドキするもので、一緒にいて落ち着く人は対象外だと考えていた。恋愛対象であればドキドキしていて隣で眠れるわけがないという考えている。
ストライクゾーン内の男の人なら迫られればドキドキするのでそれは特別視せず、触れずとも近くにいるだけでドキドキするのが恋愛対象として見ているということだと考えている。その形に落ち着いたのは友達との話や見た作品によって影響された結果だ。
よって、両親のように上手く行く可能性はあっても現状では一緒にいて落ち着く人とはそれ以上の関係に進まない。
しかしメランドは自分の考えが絶対正しいとも思っておらず、修整することや天地が返るような衝撃を受けて考えが激変することはあるだろうと思っているので、絶対に恋愛対象にならないわけではない。
彼女にとって恋愛対象ではないはずだが、相手を求める思いで言葉と行動が矛盾することがある。ただの部活の延長というには気合の入った服装をして臨んだり、独り占めして2人で過ごそうとしていたりする。彼女の恋愛観が改められるのはそう遠くないかもしれない。
一方で、色恋沙汰にうつつを抜かしてはいられないと思いながらも心身が言うことを聞かない者もいた。パーリラ・ベルウッドがそれだ。
彼女は競技性ケンラン選手を目指して日々努力している。しかし万事上手くいくわけではなく、実力は伸び悩んでいる。これが限界だと思いたくなくてがむしゃらになり、寄り道は誘惑だと感じて拒絶しようとムキになる。そうして視野狭窄に陥っている。
競技性ケンラン選手の活動期間は概ね10年前後というのも焦りを増長させていた。この学園からプロ選手になる人は3年生の間にチームからスカウトを受け、4年生の時は研修が主で少しずつ試合に出るようになり学園という後ろ盾に守られながら慣らしていく。21歳か22歳くらいから活動を始めて30歳前後、遅くとも34歳で引退する。体力の問題と業界の新陳代謝のためだ。なお、ユリブラン学園のような教育機関経由ではなく、18歳で直接プロ入りする人もいるが稀だ。
引退後のキャリアは様々で、経験を活かして運営に回ったり指導者になったりする者もいれば、全く関係ない職種に移る場合もある。現役時代の稼ぎを元手に資産運用をして、後は配当だけで生きていける人も中にはいる。
加えて女性の場合、妊娠適齢期と選手の活動期間が重なり、どちらかを選ぶことになる。もし2年間休止すれば選手として活動する期間のおよそ1/5を失うことになる。一応、卵子の保存と代理出産制度により、子供と選手の両方を取ることは可能だ。エジンはその制度に加えて精子バンクからの購入で子供を作った。
しかし、パーリラはその制度を使う気はない。そもそも子供も要らないと思っている。その制度を使い、子供に構わずにずっと仕事をしている母親を見て、自分はああはなりたくないと思った。
子供は作らないにしても恋人や家族を作るのは別と思われるが、パーリラにとっては家族についてはもし作るにしても選手引退後にでいいことで、恋人については今はそんな余裕がないものだと考えている。今は恋愛どころじゃなく、もっと鍛えなければ選手になれないという焦りが彼女にある。
そんな彼女だが、最近は気になる人がいて、もっと鍛錬に集中したいのにそれができずにイライラしている。彼のことが思い浮かんできて、今何しているか何を求めているかなどを考えてしまう。そのたびにこんなことしている場合じゃないのにとイライラが募っていた。
いっそ希望が残らないくらいの失恋をすればすっきりするが、それはそれで嫌だという思いもあり、彼女は自然の成り行きに任せた。
朝、登校中のリベンは学園の廊下でメランドと会った。
「メランド、おはよう。昨日はありがとう。いい気分転換になったよ」
「おはよう。こちらこそ楽しかったよ、ありがとう。また行きたいね」
「ああ。来月くらいにまた天気いい日があったら」
「来月かあ、そうだね」
「じゃ、またな」
「うん」
リベンは手を小さく振って別れ、朝の挨拶をしながら自分の教室に入った。
教室に入ると扉近くの席にパーリラが座っていてリベンに声をかけた。
「おはよう。メランドと2人で出かけたの?朝帰り?」
「いいや夜になる前に帰った。残念ながらそういうのじゃない」
「そうなのね」
パーリラは諦めかけていたのが希望に変わり、声のトーンが高くなった。しかし同時に終わらずに引き続き苦しむこととなる。
「残念なんだ」
「ああ、いや、言葉のあやだ。深い意味はない」
リベンはうっかりと口を滑らせて逃げるように自分の席へと去っていった。そしてトモイと話をした後、朝のホームルームが始まり、学園の一日が始まった。
そしてその日のトレーニングが終わり放課後になると、パーリラはランキングが1つ上の12位相手に順位を賭けた決闘を申し込んだ。
相手は挑戦を受け、広場に移動して決闘が行われた。リベンやトモイ、パーリラの友人たちは決闘を見に行った。
「パーリラが上の順位持ちに挑戦か」
「相手は2年競技性選手コースのゴードン・フォレストリバー。基本的に防御して相手の隙を待つタイプだね」
「ということは戦闘タイプの違う対決か」
パーリラたちの周囲にARの線が浮かび上がり、観客たちは線の後ろに下がり、決闘準備が整うとカウントダウンが始まった。
そして3カウントを終え、パーリラが一気に距離を詰めてゴードンに斬りかかった。ゴードンは剣で受け、パーリラは斬りつけや突きを織り交ぜて次々と攻めた。
「パーリラが押してるように見えるけどどうだい?」
「んー…」
パーリラの方が手数は多くて前に出ることも多くて一見すると押しているように見える。しかし、時々の反撃で連続攻撃が崩されて押し戻されている。相手に防がせて死角を作らせるための連続攻撃が途中で中断されるということは、決定打が無くなるということ。
ゴードンの反撃からの連続攻撃で今度はパーリラが押された。
「ああっ!…でも防ぎきってる」
「いや、あれでは手数が足りな…あれ?」
ゴードンは攻撃を最後まで踏み込まずに止め、再びパーリラが攻撃に転じた。リベンなら押すところをゴードンは防御を優先して引いた。
うーん…押すところだと思うけど、まあ外から見ているから分かっても本人には分からないかもな。俺が見落としただけでパーリラがそう仕向ける圧をかけたのかもしれない。それにあそこでは引くという流派かもしれない。
そして勝負所で、ゴードンはパーリラの攻撃を受けると思わせてかわし、空振った相手の剣を自分の剣で押しのけ、腕を斬りつけ胸を斬りつけた。パーリラは体が麻痺して膝をつき、ゴードンは決闘に勝利した。宙に浮かんだウィンドウに記された順位に変動はない。残念ながら下克上ならず。




