31話 E10
2人は間にカフェオレの入ったカップとサンドイッチを置いて座り、メランドは紙に包まれたパンの1つを半分に千切って別の紙に包んで渡した。
「食べさせてあげるのはまだ早いね。はい」
「ああ、ありがとう。こっちも渡すよ」
リベンはカップを置いてパンを受け取り、自分のも同様に半分にしてメランドに渡した。
「ありがと。じゃあ食べよう。いただきます」
2人は昼食を食べ始めた。カップを手に一口飲むとカフェオレのいい香りとコクのある味が広がるように脳に伝わった。サンドは芳醇な油の香りと食感や瑞々しくシャキッとした野菜の食感、パリパリとした香ばしい肉の表面とその奥にあるほんのりと甘みのある旨味、それらが塩気とスパイスで引き締まっていた。屋外の飲食で感覚が鋭くなり、開放感と相まっていつもの食事より美味しく感じられた。
「やっぱり外はいいね。うちのレストランも外の席は人気」
「メランドも屋台で買うとはちょっと意外だ」
「意外?もしかして社長の娘は屋台に縁が無いと?うちは小さい会社だからそんなことないよ」
「いや、そうじゃなくて…」
「何?気になるな」
メランドは片腕をついて近づきリベンの目をじっと見た。
「この前、自分で守銭奴って言ってたから外食するのが意外というか…」
リベンは言った後に、わざわざ言うことも無かったなと後悔した。彼女は折角いい気分なのに不機嫌にさせかねない。非日常に気分が高揚して口が滑った。
「そっか、不思議に思うかもね」
メランドは怒る様子無く、体を起こしてついた腕を離して食事を続けた。相手の立場からどう見えるか思い浮かべどう説明しようか考えながらパンを飲みこみ、カフェオレを一口飲んでカップを置き、答え始めた。
「理由を一言で言えば、買うだけの価値があると思うから。家で弁当を作って持ってくるのも悪くはないけど、負担や満足感などを考慮するとここで出来たてを買って食べる方が得に思えるから。それに何度も一緒に来て慣れているわけじゃなくて、初めてだから現地にあるものをなるべく使いたくて。分かった?」
「何となく。俺に遠慮して無理してるわけじゃなさそうでよかった」
「物事によるけど、この場合は我慢する前にまず甘えるよ」
「確かにそんな感じだな。妹っぽいもんな」
「私、姉妹の姉だよ。3つ下の妹が1人いる」
「えっ?」
「その反応、よくされるんだ」
メランドは空になった包み紙を畳んで軽く結んで小さくして紙袋に入れた。
「姉っぽくないのはあれかな?社員の皆にかわいがられてたからかな?一緒に遊んでくれたり、お菓子をくれたり、お父さんやお母さんに怒られた時に慰めてもらったこともある。お兄さんやお姉さんみたいな人たちもいた」
「成程…それでか…」
確かにそれなら妹っぽい性格になるのかもしれない。
その後、ゆっくりと食べながら海鳥が近くに来るのを待った。海から陸に風が吹いているが、日光がじんわりと体を温め寒くならなかった。穏やかでのんびりとした時間が流れていった。
リベンが食後に眠くなって横を向くと、メランドは眠そうに口元に手を当てて欠伸をしていた。
「本当にこれでいいのか?退屈していないか?」
「眠いのは食後だからだよ。ふわぁ…まだ動きたくない」
「本当に?遊園地に行って遊び回りたいとか無いか?」
「なあに?私が無理をしているとでも?」
メランドはむすっとして顔を近づけた。リベンが気圧されて後ろに下がるとメランドは顔を離して両手を後ろについて空を眺めた。頭上を遮るものはなく、青い空の中で黒い影のある白い雲が優雅に前から後ろへと流れていき、視界の外、後方にも空が続いていた。
「無理なんかしてないよ。本当にこうしてのんびりするのが好きだから。時々かわいい小鳥を見てのんびりするのが日常の癒しって昔言ったのは嘘だと思う?」
「…嘘とは思ってない。本当に好きなんだなというのは一緒に過ごしていて分かった」
「でしょ?」
「でもそれは部活の時の話。今日は違うじゃないか」
「確かに少し違うけど、部活の延長線上にあると思っているよ。学園内じゃなくて学園外、陸の小鳥じゃなくてそれなりの大きさの海鳥、夕方じゃなくて昼間という違いはあるけどね」
リベンはまだ納得できずに難しい顔をしていると、メランドがその様子を見て小首を傾げた。彼女は黙ってはいたが、その仕草と雰囲気は、何を考えているのか話してごらんと語り掛けているようだった。
「俺は男子だから女子を喜ばせて呆れられないようにしないと…」
「成程ね。責任感が強い…いや、強迫観念が強いのかな?そんなに深刻に考えることないよ。もし私に呆れられたってランキング一桁台なんだからいくらでも女の子は寄ってくるでしょ。よりどりみどりじゃない?」
「そんなことは…。いや、仮にそうだとしてもお前の代わりはいない」
「世界は広いし、まだ見つけてないだけでいるでしょ」
「そうかもしれない。でも一生で人との出会いは限られている。代わりになんか会えないだろう」
「ああ言えばこう言う。まあ、とにかく難しく考えることないよ。好みは人それぞれ。遊園地が好きな人もいれば、閑静な公園が好きな人もいる。私はこうやって贅沢に時間を使えるのが好きで、今こうして楽しんでいるんだから」
メランドは眠そうに目を細め、体を近づけてリベンにもたれかかって目を閉じた。
「これで信じてくれる?」
退屈で距離を取りたい相手にはこんなことはしない。また、退屈していて相手を煽るような意図もなく、声色も力の抜け具合も相手を信じ切っていると、リベンに伝わった。
「同じタイプの人に会えて嬉しかった。穏やかに眺めていられる人には中々会えなかったから。大抵は何かしなきゃ、盛り上げなきゃとそわそわし出して落ち着かない。今のあなたみたいに。いつも通りでいいよ、いつも通りがいい」
「すまん」
「分かってくれてよかった…」
メランドは安心して眠りに落ちた。外ですぐ横で無防備に寝ていると守りたくなるのが生物の性か、リベンは無意識にメランドの頭を撫でて周囲の警戒をした。警戒心は徐々に落ち着き、ぼんやりと海を眺めて波の音を聞き、腕によりかかる重みや温かさを感じているうちに自然に溶けるような多幸感に浸っていった。
15分程経ち、メランドは目を覚ました。
「あ、寝ちゃってた。ごめん」
メランドは体を起こして立ち上がり、体を捻って伸びをした。リベンは体にかかる重みと暖かな感触が消えたことで目を覚まし、口元に手を当てて欠伸をした。
「少し寝たから頭スッキリ」
「聞きたいことがあるけどいいか?」
「んー、難しくないことなら答えるよ」
メランドは横に座って海の方を向いたまま答えた。
「お前は家業を継ごうとしているんだよな」
「そうだよ、実家のホテルとレストランの経営を継ぐ」
「それは親の期待に応えるため?」
「まあ、それもあるかもね」
「嫌じゃないのか?」
「嫌々じゃないよ。私が望んでやってることだからね」
メランドは手を頭の後ろで組み、少し後ろに倒して空を見た後、息を吐いて吸い、腕を下ろしながら気合を入れて答え出した。
「お父さんはオジサン臭いし、お母さんは品格だ誇りだと口うるさいけど、仕事をしている姿はかっこいい。小さい頃からずっと見てきて、私もいつかああいう風になりたいなって思った。社員さんたちにかわいがってもらって、あの場所が大好きだから、私が継いで守っていきたい。経営の勉強が面白くて興味を持てたのもちょうどよかった」
「そうか…」
素直に褒めないが家族仲は良さそうだな。多くの人から愛情を受けて、家業に愛着を持っていて、自発的に継ぎたいと思っている。俺やパーリラ、アペソン先輩とも違う。そういうわけだったのか。
「リベンは違うの?人から聞いた話では実家の道場を盛り上げるために選手目指しているようだけど、嫌々期待に応えようとしているの?」
母の復讐という本当の目的は隠していて、人に知られているのは実家の道場のためという表の目的だ。本気じゃないから多く喋るとボロが出そうだ。早く切り上げよう。
「まあ、嫌と思うことが全くない訳じゃない。上手く行かなくて弱気になった時はなぜ俺だけこんな大変なことをと思う。でも気分転換すれば大丈夫」
「ふーん…」
メランドは疑っている様子だったが、折角いい気分なのに嫌な事を思い出させて水を差すのも良くないと思い、それ以上は聞かなかった。
「まあいいや。海鳥が全然近くに来ないね。ちょっと歩こうか」
「ああ」
2人は立ち上がって歩き、途中のゴミ箱に昼食で出たゴミを捨てた。
暫くすると路上を海鳥が歩いているのを見つけ、ゆっくり近づいて観察した。丸々でフワフワのかわいらしい姿で心を癒し、飛び立って群れで広い空に羽ばたいていく姿は開放的で爽快感があった。
「最後に綺麗なもの見えたし、そろそろ帰ろうか。あんまり長いと疲れちゃう。気分のいいうちにね」
「ちょうどいいか…そうだな。今日はありがとう」
「気が早いよ。まだ帰り道があるんだから」
メランドはリベンの腕を組んで引き、2人は駅に向かって歩き出し帰路に就いた。広々とした公園、それよりさらに大きな海からは2人は小さい存在だった。




