30話 E9
日曜日の朝、天気は快晴で予想の最高気温は20度程度の行楽日和を迎えた。
メランドの家の玄関には花瓶に差した花によって薄っすらと芳醇な香りが漂っていた。
「お姉ちゃん、おはよー…」
メランドは玄関に腰かけて靴を履いていると、階段を下りて来た妹に声をかけられた。妹はメランドより背が高く髪も長い。
「今からお出かけ?」
「昨日言った通り友達と遊びに行ってくる」
「友達って…もしかして男の人?」
「うん。夕方には帰るから」
メランドは立ち上がって斜めにかけたバッグの位置を後ろから横にずらした。
「スカート短すぎない?」
「平気」
「平気って…」
「じゃあ行ってくる」
メランドは意に介さず扉を押し開けて外に出た。扉は自重で閉まっていき、差し込む光が徐々に細り、ついに消えて扉は閉まった。そしてサムターンが回って鍵がかかった。
妹は廊下を歩いて自室に戻る途中、姉の部屋の扉を見ていないうちに入ろうかと一瞬思ったが思いとどまり、自室のベッドに横になってクッションを抱いた。
妹は最近、姉がどんどんと離れて行きそうで寂しさや不安を感じており、クッションを強く抱くことで徐々に気持ちが落ち着いて行った。
10時少し前、リベンが学園前駅にやってくると道路の向かい側からちょうどメランドが歩いてきたのが見えた。彼女はリベンに気づいて笑顔で小走りして近づいてきた。
「おはよう。ちょうど来るところだったか」
「おはよ。すごい偶然だね。今日はいいことありそう」
メランドは嬉しそうに笑みを浮かべた。彼女の恰好は、ふわっとしたトップスとミニ丈のフレアスカート。彼女の豊かな胸で持ち上がる服を腹回りにピタッと巻かれたスカートで絞り、上下に広がるようなシルエットとなってくびれが強調されていて魅力的。ミニ丈のため、鍛えていて肉付きの良い腿やふくらはぎがあらわになり、足首より下はショートブーツが覆い、露出範囲が広すぎて視線が取っ散らかることなく上手くまとまっている。ノースリーブには手袋やグローブが合ったり、ロングスカートには足の出る靴が似合うのと多分同じ理屈。
「私服姿は初めて見たな。その服も似合ってるよ」
「ありがとう。リベンも男前な恰好だよ」
2人は並んで歩いて駅に入り、交通系カードを使って改札を通って電車が来るのを待った。電子案内板に電車がトラブルで遅れていることが表示されていた。
「遅れが出てるのか、ついてないな」
「いいよ別に、何時何分に間に合うように行かなきゃいけないなんてこともないんだから。遠足の日に地球の反対側で雨が降っていたって関係ないでしょ?」
「まあ、それもそうか。幸運でも不運でもない」
「そうそう。それでいいの」
メランドは上機嫌に相槌を打った。
何か違う気がするが、大して影響ないのに不運だと考えて陰気になるのも良くないからこれでいい。
「何事も計画通りにいかないものだよ」
「そうだな。そういうものだと思うしかない」
「計画の立て直しや修整は好き嫌いを超越して、無心でできればいいんだけど難しいね。邪魔が無かったらなあと怒りを感じることが時々ある」
「俺も無心でできない。なるべく落ち着いてやりたいものだな」
電車がやって来て2人は乗り込んだ。席は埋まっており、立って手すりを掴んで過ごした。窓から見える景色が林から海へと変わり、少し眺めていると駅に着いた。
駅を出ると目の前は開けた大通りで道沿いに10階ほどのビルが立ち並び、店の看板がいくつかあった。看板は出してない会社のオフィスも多々あり、多くの人がいる。表通りが歩道で、裏通りが車道となっていて、ビルへの搬入は主に裏口から行われる。歩道の中心には並んだ街路樹が繋がる木陰を作り出していて、角やモニュメントの近くには花壇があり、寄付した会社のプレートがある。
「この道を真っ直ぐ15分くらい歩くと海だよ。バスでも行けるけどどうする?」
「それくらい歩こうかな。行けるか?」
「うん、私も体力テストを合格したユリブラン学園の生徒だよ」
2人は大通りを南に歩いて海に向かった。通りには多くの人がいてぶつからないように歩いていた。地面は濃淡2種のグレーの光沢のないザラザラしたパネルが敷き詰められていた。淡い色のパネルが基本で、濃い色のパネルは横に伸びる雲のように所々にまとまって現れる。地面やビルは落ち着いた色合いをベースに、瑞々しさのある街路樹の葉、鮮やかな色と様々な形の花がある花壇、カフェやアクセサリーショップ、料理店や本屋など、様々な店が面していて、多種多様なデザインと色使いで彩られていた。そして頭上に占める澄んだ青空も綺麗だった。
リベンたちは周囲を眺めながら歩き、海沿いの公園に着いた。人は駅前ほどはおらず広々とした場所だった。地面にはゴミや目立つような汚れが一切なく、レンガが綺麗に水平に敷き詰められていた。建物は白い壁で日光を明るく反射していた。
海沿いには白い塗装の転落防止の柵があり、いくつかは縁の部分の塗装が剥がれて少し錆びていた。腐食はしていないため、即座にだめになるわけではない。しかし塗装が剥がれた部分は潮風の影響ですぐに錆びる。修繕や交換も早く、何年かすれば今日とは違うものになっていることだろう。
リベンとメランドは柵の前に来て海を眺めた。潮の香りがして、海から陸に吹く風が頬を撫でた。そよ風というには強く、強風というには大袈裟な、呼吸はできるが髪は風に揺られて動く程度の風が吹いていた。大小様々な波があり、動く波が日の光を受けて絶えずキラキラと美しく輝いていた。波は消えることなく、どこかしら代わる代わる光を反射してずっと光り輝いている。リベンたちの要る前の岩場には波が押し寄せてパシャッ、チャプン、と心地よい水音を立てていた。
水平線には船がゴマ粒のように小さく見え、流れる大きな雲と共に広大な海と空を感じさせた。非日常的な景色にリベンの心は高揚した。
「いいな…こういうのも」
「良かった。気に入ってくれて」
メランドは腕を上に伸ばして胸を張って伸びをし、周囲を見た。
「ほらあそこ。カモメっぽいのが沢山いる」
メランドがリベンの服の裾をくいくいと引っ張り、リベンは指さす方を見ると防波堤の上に海鳥が沢山いた。2人は柵の内側で出来る限り防波堤に近づいて見た。
横の船着き場前にある防波堤の上には撥水性のある羽毛に包まれた海鳥たちが歩いていた。一番多い鳥はカモメの仲間で、翼以外の体表部分は白くツヤツヤとした羽毛に覆われ、丸々として愛らしい姿をしていた。
「もう少し近くに来てくれたらな」
「この前来た時はこの柵の上に止まっているのを見たよ。そこで待っていたらもしかしたら来るかも。確実じゃないけど」
メランドは後ろの段差を示した。海に平行に3段の段差があり、ポツポツと人が座って海を眺めたり話をしたりしている。
「俺は座って待っててもいいけど、お前はそれでいいか?」
「いいよ?部活の時と同じじゃん?」
メランドは何を遠慮しているのだろうと不思議そうに答えた。2人の考えが若干かみ合っていない。果たしてズレは広がるのか、収まるのか。
「座る前に少し早いけどお昼ご飯を買いに行かない。ほら、向こうに屋台が出てるから」
公園の中心の方に屋台の車が複数停まり、その前に椅子と机を置いている店もあった。公園の横にはフェリーの発着場があり、多くのレストランが入っている建物が隣接していて多くの観光客で賑わっている。フェリーに乗りに来た観光客は公園側に行けば屋台、反対側に行けばレストラン街に行ける。
2人は屋台の並ぶ場所に来て、一通り見た後パン屋の前にやって来た。そこでは様々な種類のコッペパンのサンドイッチが販売している。
「リベンは何買う?」
「これとこれかな?こっちもいいけど、2つで十分かな」
リベンは商品の写真を指し示した。
「それ私も気になってた。じゃあ私がこっち買うから半分ずつ交換しない?」
「いいよ、そうしよう」
「やった!すみません、注文お願いします」
そうして2人はサンドイッチを2つずつ買い、隣の屋台でカフェオレを購入して、さっきの階段状の広場に戻って来て腰を下ろした。現段階では衝突もなく平穏そのものだ。




