28話 D2
翌日、リベンが教室で会ったパーリラはいつもと変わらない様子だった。昨日の今日で先輩から聞いていないか、聞いたにしても気にしていないか。いずれにせよ問題はない。
その後は自席について後ろの席のトモイと話をした。
「次のランキング戦はいつになりそう?」
「もっと鍛えないと7位は無理そう。まだ先になるよ」
「それは残念。そうだ、フランク先輩みたいに何人も彼女いたら強くなるかもよ」
「心の支えになったりカッコ悪いところ見せたくなくて練習に気合が入ったりとあり得なくはないが、何人もなんて俺には無理だ。そもそもよくそんなに惹き付けられるな」
「モテるからモテるということがあるよね。恋人がいる人は人に認められているのだから魅力的なのだろうと評価が上がるという具合に」
「確かにそれはあるな。ただし、付き合っては別れてを何度も繰り返している人はやばそうだと評価を下げる」
「あはは、確かに。まあ何にせよ、他の子に好かれているのを見て、その人は魅力的なのだろうと意識するようになることはあるかもね。おっと、もう時間だ」
予鈴が鳴り、リベンはトモイに手を振って前を向いて座り直した。そして朝礼が始まり、一日が始まった。
一方、高層ビル群の中の一棟、その一室、ケンラン協会の会議室では副会長や宣伝部長たち数名が新しく流すCMを見ていた。
上映が終わり、副会長たちはメモを書き終えて椅子にもたれた。
「いかがでしたでしょうか?」
「いい雰囲気だと思います。この子たちがこんなに好きなケンランはさぞ魅力的なのだろうという印象を与えられるでしょう。皆さんはどうです?」
「チームエンブレムや選手名はもう少し主張した方がいいのでは?」
「どうでしょう?あまり文字を詰め込むと雰囲気ではなく冷静に文字を読んで効果が薄れるのでは?今は選手名を調べようと思えば容易に調べられるわけですから、表示が無くてもいいくらいだと思いますよ」
「そうですか。まあ人に聞いてそれにファンが答えるというのは話題提供にもなりますね」
その後も意見が出て討論し、最終的に納得いく形に収まった。終了後に次の会議を待つ合間に副会長と技術部長が雑談をしていた。
「時々思うんです。我々の業界は無くなっても人は生きていけますが、食料供給は無くなると人は生きていけません。だからこそ安定した食料供給がされるように制度ができています。皮肉にもそれによって重要でありながら食料はありふれたものとして低く評価され、無くなっても生きていける我々の方が希少で高く評価されています」
「そうは言いますが副会長、私たちも生活がかかっていますから、ケンランにいかに価値があるかをCMでアピールして稼がなければ」
「そうですね。ただ、高い価値をアピールするのに慣れて我々が無くてはならない存在だと思い上がらないように気を付けたいものです」
会長も副会長もこの業界の価値は実態より高く評価されていると思いながらも対外的には分からないようにしているのだった。
戻ってユリブラン学園の放課後。リベンは順位を賭けた決闘で挑戦者を難なく倒して8位を防衛した。その日は2戦だけで3戦目は無かった。ランク戦のピークは過ぎたようだ。
その夜、リベンは自室で勉強を終えた後に気分転換に部屋を出て下に降りて行った。廊下で猫が歩いているのを見つけ、何となく後についていくと玄関に来た。
左右開きの自動ドアが動く音がし、顔を上げるとそこには学校の運動着とは別の私服のスポーツウェアを着たミクロナが寮に入ってきた。
「あっ、ベンちゃん。こんばんは」
ミクロナはリベンに気づいて小さく手を振った。
「こんばんは。どうしたんだ?」
「気晴らしに軽いジョギング」
「トレーニングの授業あるのにまだ走るのか。大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。経営コースはトレーニングの授業減るんだよ」
「へー、そうだったんだ」
「リベンはこれから出る…訳ではなさそうだね」
ミクロナはリベンの足元を見て館内用のスリッパを履いていることを確認した。もし外出なら部屋で靴に履き替える。
「机にずっと向かっていたからちょっと気分転換しようとあてもなく歩いただけ。猫を見つけて後をつけていたらここに来た」
「猫?いないよ?」
「どこか行っちまったか。まあいいや」
リベンは周囲を見回したが猫を見つけられず、壁にもたれかかって息を吐いた。正面にはガラス張りの出入口があり、外は暗く館内は照明で明るく、ガラス戸には館内の様子が反射して映っていた。
ミクロナはリベンの横にやってきて同様に壁にもたれかかり、ガラスには2人が並んで映った。
「ベンちゃんやシロちゃんみたいな同郷の人と話すと落ち着くなぁ。私普段こんなに饒舌じゃないもん」
「俺も落ち着く。たまには話相手になるよ」
「ありがと。そうだ、知ってた?スープを残すのが普通の料理があるんだよ。こっちと向こうの文化の違いだね」
「残す?本当に?そんな勿体ない…」
リベンの信じられない様子にミクロナはやっぱりそう思うよねと笑みを浮かべてウィンドウを出して何か操作しながら続けた。
「それがあるんだよ。こういう麺類がそうなんだ。全部飲むと体に悪いんだよ」
ミクロナはウィンドウを出して画面を共有してリベンに写真を見せた。そこには丼に入った何種類かの麺類が映っていた。
「へえー…知らなかった。でも残すのは悪いことしているようで気が引けるな」
「大丈夫、自然と慣れるよ。そうそう、他にもスパイスやハーブを残す料理もあるよ」
「残すったってあれ分離できるものなのか?」
リベンたちの故郷では粉末にするのが一般的で、彼にはスパイスやハーブを残すというイメージが湧かなかった。
「ちょっと待ってね…こういう感じ」
ミクロナはウィンドウを操作してまた違う写真を見せた。
いくつか料理の写真があり、へたった草や刻んだ実が料理に混ざっていた。
「このトウガラシとかタイムとか残して良かったんだな。あっちじゃ粉だったから気にせず食べてたけど」
「残していいよ」
「でもやっぱり残すと悪い事してる気分だな」
「鳥の骨や果物のヘタみたいに皿に残るものだよ。気にしない気にしない」
「成程、そう思えばいいのか…」
「食事のバランスやバリエーションを重視するのは向こうと同じだね。寮の食堂のメニューは沢山あって中々飽きないよ。毎日同じものだったら飽きて気が滅入ってた」
「毎日同じ物食べて平気な奴なんてそういないだろ」
「それがそういう文化もあるんだよ。世界は広いね」
「マジか」
栄養偏らないのか?それで生きているのだから意外と大丈夫なのか…。
「色々勉強になった。ぼちぼち部屋に帰ろうかな」
「そうだね。じゃあ途中まで一緒に」
ミクロナはリベンの右腕に抱きついた。
二の腕にスポブラ越しの弾力ある胸の感触がある。
「こっちではこうやって腕に抱き着くのは基本的に恋人以上だってさ。向こうじゃ仲のいい人にもするのにね」
「そうだけど…恥ずかしいから離れてクロちゃん」
リベンはミクロナの頭をポンポンと優しく叩き、スッと押して腕から離し、並んで歩いた。
「そうそう。こっちでは頭を叩いたり撫でたりするのも基本的に恋人以上、それから自分の子供くらいだって。格下にするものだと考える人もいるって」
「なに…?」
ちょっと待て。パーリラにやったがまずかったんじゃないか?
「向こうじゃ仲良い人や自分の子供に限らず子供相手に普通にするのにね。確かに子供相手には庇護対象として見るからある意味格下だけど、普通上や下なんて考えない」
「セレネベセア人の頭を撫でたら不味かったか。心の中では怒っているかもしれない…」
「でも怒っているとは限らないよ」
「そうかな?」
「外国人にキスされたら、仲良いとする文化なんだなと思って、私と結婚したいくらい好きなのかな?と思わないじゃない?同様に私たちもこの国の人にそう思われるかも」
「でも俺たちはキスされて下に見られたと思わないからな…」
「それにほら、ここには大きな港があって色んな人と交流があるから私たちよりも異文化に慣れてて悪意はなかったと分かってると思うよ」
「そうだといいな」
リベンは女子寮への階段前で立ち止まった。するとミクロナはつま先立ちして彼の正面から手を伸ばして頭を撫でた。
「大丈夫。きっとうまくいくよ」
リベンはその手を通じてミクロナの心の温もりを感じ、安心感が湧いて不安を払拭した。触れ合うというのは大きな効果がある。
ミクロナは最後にポンと優しく叩いて手を離した。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
ミクロナは階段を上っていって姿が見えなくなった。姿は見えなくなっても受け取った温もりはすぐには冷めず、その夜は安心してぐっすり眠ることができた。




