26話 C5
リベンはアペソンと連絡を取り、明日の21時に2人で話す約束を取り付けた。そしてウィンドウを消して眠りに就いた。
翌日、リベンはいつも通り起きて、いつも通り学校に行き、教室で先に登校していたパーリラと会った。
「おはようリベン、昨夜のことだけど…」
「ああ。驚かせてごめん。夜だからか変なこと言っちゃった。あるじゃん?夜は理性ブレーキが緩んで言葉を選ばず過激なこと言っちゃうの。本気じゃないから」
「そ、そう…。そうだったならいいけど…」
パーリラは考えすぎだったかと笑いこそしなかったものの緊張は解けた様子だった。リベンはその様子を見て心が痛んだが、痛みを誤魔化すように話題を変えた。
「俺の家の道場は朝練が無いんだ。朝練よりも寝る方がいいという考えによるもの。朝練した方がいいのか逆効果か分からないけど夜型の俺には合っていた。あの家は夜型か中間型しかいなかったな」
「私も夜型よ。そういえば、あんたと仲のいい同じ部活のメランドはきっと朝型ね。高等部の頃同じクラスになったことあるけど、朝元気で夕方は比較的静かだったわ。だから…」
パーリラは「あんたとは相性良くない」と言いそうになって言葉を飲み込んだ。まるでライバルを蹴落とそうとする自分が嫌になった。一要素で相性が悪くとも他の要素では相性が良いかもしれないのに。事実、同じ部活で上手くやっている。
「ん?」
「えっと、だからきっと朝型よと言おうとしたけど、同じことの繰り返しになって変だと思ってやめたのよ」
「ふうん。まああいつは多分朝型だろうな」
そうして話していると予鈴が鳴り、生徒たちはそれぞれ席についた。
その後、リベンは演技の授業を受けながら疑問が浮かんだ。
そういえばアペソン先輩はどうしてこの学園に入学したのだろう。アペソン先輩は演技性選手コースの3年生。普通に考えれば演技性選手になりたいからだと思うが、そうとも言い切れない。というのも、そのコースに進むことはパーリラがエジンから望まれていることと、アペソン先輩というよりチェリィウェル家がエジンからお金を受け取っているからだ。
ん?そういえば先輩は2歳年上だけど学園に来たのは高等部から入学しているパーリラの方が1年早い。エジンは最初パーリラを入学させて順調に演技性選手の道へ進ませるつもりだったが、上手く行きそうにないから後になってアペソンを入学させたのだろうか。何か引っかかるがまだ仮定だ、先に行こう。
チェリィウェル家はエジンから契約の対価としてお金を受け取っていたが、おそらくビジネスだけの関係でなく人付き合いもあったのだろう。アペソン先輩を学園に入れてパーリラを演技性選手コースへ導くようにしたのかもしれない。
思えばアペソン先輩は不思議なところがあった。以前、彼女は主役になれずに困っていて、俺が脇役を目指せばいいじゃないかと言ったことであの人の悩みは解決した。
俺は演技のことをあまり知らないが、あんなにあっさり主役を諦めることができるものなのだろうか?劇が好きで関われればそれで十分ということか?それでも主役をやりたいものじゃないだろうか?そもそも本当に演技性選手になりたいのか?
まあ聞いてみればいいか。答えてくれるかは分からないが、それを聞いたところで不利になるようなことではない。
その夜、リベンは部屋を出て共同談話室に来た。約10分前に着いて見渡したがまだアペソンは来ていなかった。
リベンは給茶機でお椀にお茶を淹れて空いている席につき、お茶を一口飲み、椅子のひじ掛けに頬杖をついてぼんやりと考え事をしながら待った。
21時3分。アペソンが小走りでやってきてキョロキョロとリベンを探して駆け寄った。
「ごめん、急に電話があって遅れちゃって」
「いえ、ちょっと過ぎた程度ですから問題ありません。電話の方は大丈夫ですか?」
「もう終わったから大丈夫」
「そうですか。ではお茶を淹れたら始めましょう」
「ごめんね」
アペソンは頷いて給茶機にお茶を淹れに行って、テーブルに戻って来てリベンの対面に座った。
「では早速ですが、パーリラから彼女が競技性選手を目指す理由を聞きました。ただ、彼女から見た学園長と先輩から見た学園長は違うようなので、先輩からもお話を伺いたくてお呼びしました」
このことは事前に伝えており、確認の意味で繰り返した。
「ですがその前に一つ。先輩はどうして演技性選手を目指しているのですか?」
「え?パーリラの話じゃなくて私?まあいいけど…」
アペソンは少し驚いたが関係ある話かもしれないと思い、話を始めた。
「私が演技の道を志望するのは、その絢爛豪華な世界に魅せられたから。華やかな衣装に身を包み、光る雪剣を美しく振り回し、話は単純だけど応援したくなる。自分もその舞台に立ちたくなったから」
「演技性ケンランをどのように知ったのですか?」
「エジンさんは忙しくて一緒に行くことはほとんどなかったけど、試合チケットをくれたからパーリラと何度か一緒に見に行ったの。映像を家で見たこともあるわ」
「成程…」
エジンがパーリラに演技性選手に興味を持ってもらおうとして、一緒にいたアペソン先輩の方が興味を持ったわけか。
「ちなみにパーリラの反応はどうでしたか?」
「そうねえ。演技性ケンランは基本的に、まず劇パートで因縁や苦しみが描かれてから戦闘パートで倒して解決、再び劇パートで解決したとはっきり証明するような描写、という流れだけど、あの子は劇パートは眠そうで、戦闘パートでは楽しそうにしていた。今も昔も劇には興味ないようね」
「それは親への反抗心からでしょうか?演技性選手になれと言われて嫌がっていたからか、それとも本人の好みによるものか」
「正直なところ、私にも分からない。あの子の好みじゃなさそうなことは何となく感じている。でも最初からそうだったのか、環境がそういう好き嫌いを作ったのか分からない。強要されて嫌だったから嫌いになったのかもしれない。はっきりと口に出さずとも子供には態度で分かるもの」
「…そうですか」
リベンはパーリラの言動の記憶を辿り、彼女の性格的にどちらなのか考えた。
リベンが難しい顔で考えこんでいるとアペソンはお茶を一口飲んでから声をかけた。
「私は劇パートで気分を盛り上げて戦闘パートで盛り上がりのピークに達し、その後の劇パートで余韻に浸る。まず女の子と仲良くなって、スカートがめくれてかわいい下着が見え、その後の会話で落ち着かせていくように」
「いきなりどうしたんです?」
「あ、あれ?ウケが悪い?」
アペソンは恥ずかしくなって目を逸らして頬を赤らめ、椅子にもたれて体を後ろに寄せた。
「難しい顔してたから空気を軽くしようと…」
「…はは、それは達成しましたよ」
リベンはバカらしくなって微笑み、アペソンはそっと目線をリベンに向けて様子を見て安心して息を吐いた。そして椅子に座り直した。
「あれ?男の人って女の人の下着好きなんじゃないの?」
「そうですか?男の人は女の人が気にしているほど下着のことを気にしないというものだと思いますが…。デザインのこだわりとか言われても分かりませんし」
従妹のクレアに説明されたが頭に全然入ってこなかったことがある。どれも女性用下着という括りで似たようなもので、変じゃなければ何でもいいという印象だ。
「ええー…そうなの?」
「まあ下着姿のような肌が見えて体のラインが分かる姿は魅力的ではありますが、魅力があるのは体の方で衣服自体に魅力は…。何を言わせているんです?話が逸れているのでここでおしまいです」
「私はもっと聞きたいな」
「クラスの男友達にでも聞いて下さい」
「しょうがないな…。でもクラスは演技性選手コースだから服飾にこだわりがありそう」
なぜか許してあげるみたいな雰囲気になっているが、話しやすい空気になっているからまあいいか。
「話を戻します。パーリラについて、普通は劇に興味なくとも生きていく上で困るものではないでしょうけど、あいつは親の期待を受けていますから困りましたね」
「別にいいじゃない。親の期待なんて応えなくて」
「えっ?」
「だって要求は青天井だもの。どこかで諦め…妥協してしもらうことになるよ」
「そうかもしれませんが…」
リベンは釈然とせず腕を組んで椅子にもたれかかった。
「そんな不思議なこと?親が子に期待することは大抵自分の失敗のリベンジじゃない?自分にはできなかったから、自分の子供が代わりに実現することで、スッキリしたいというもの。語弊を恐れずに言うなら、そういった期待は私には関係のないこと」
アペソンは言い淀むことなく自然体でそう言い、リベンの表情は変わってなかったが内心驚いていた。




