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壁転生 壁になって悩める若者たちを高みの見物  作者: Ridge


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25話 B11

「殺したいかって?それはごめんね」


 パーリラはごく自然に、流れるように答えた。実感か遠く離れた空想上のありえない選択肢だという雰囲気だった。


「殺人の罪を背負うなんてごめんよ。なんで私がそんな目に遭わなきゃいけないわけ?割に合わないわ」

「結構冷静なんだな」

「嫌いではあるけど殺そうとは思わないわ」

「成程…そういう感じか」


 勝手に死ぬ分にはいいが、自分が殺人者になってまですることではないということか。じゃあ、代わりに殺人する人がいて、呼び出すのに手を貸すとか、その人に学園長の生活パターンを教えるとかはどうなのだろう。


「後のことを考える余裕がないほど追い詰められているわけじゃないの。今だって結構自由だし、暴力を振るわれてて殺さないと殺されるという状況じゃない。ただ嫌いな相手というだけ。だから心配いらないわ」

「そうか」


 リベンが上の空で考え事をしているとパーリラは彼の腕を掴んで引き、横に引っ張って正面を向かせて目を見た。そして両手でリベンの手を挟んだ。


「人殺しは大変よ。この国では正当防衛じゃないなら死刑か終身刑。手伝いをした場合はそこまでいかないけど、長いこと刑務所から出られないわ。仮にバレないようにしたって、人殺しの罪悪感に苛まれ続けたり、いつバレるのか心配と緊張で食事が喉を通らず衰弱したりしかねない。そんなのは嫌よ」

「なんで俺にそんなことを言うんだ?」


 リベンは勘づかれたのかと冷や汗をかいた。


「もしかしたら私のために排除しようとしないかと思って。トレアルの時、私が隠し事していると勘違いして突っかかったでしょ?今回も勘違いしてないか心配で…」

「ああ…。あれは早とちりしたと反省してるよ」


 そっちか…びっくりした。

 リベンの取り繕ったような表情にパーリラは不安を覚え、何とか説得しようと頭を捻った。


「…死刑のない国では、こいつは生かしておけないと義憤に駆られて殺すケースがあるみたいね。でもセレネベセアには死刑があるのよ。本当に酷い人は処刑されるから自分で何とかせずに法を頼ればいいの。だから変な気は起こさないで。お願い…」


 パーリラは本能的に何かを感じ取ったのか、リベンの手を強く握って懇願した。プライドの高い彼女が素直に頼み込むのは珍しい。それほどまでに本気だ。

 死刑があっても立証できずに逃げられそうなら自分の手で殺すと考える人がいないとは限らない。それでも自分の手を汚さなくていいと思い、殺人を未然に防いでいるケースも結構あるかもしれない。

 議論はこの際いい。重要なのは理論と感情の両方で訴えかけてきているパーリラの強い想いに応えるべきということ。だけど復讐は俺の生きる指針、暗闇に立つ灯台のようなもの。その灯を失えば迷う恐怖がある。簡単に手放せるものではない。だから悪いが言葉遊びに付き合ってもらう。


「分かってるよ。お前のために殺しなんてしない」


 嘘は言っていない。これは本当だ。俺のため、いや俺の母んのためなのだから。


「……」


 パーリラは信じきれずリベンの手を離さなかった。リベンはもう片方の手でパーリラの頭をポンポンと優しく叩いた。


「んっ…こんなことで私を騙せるとでも?」


 言葉に反して手を掴む力が抜けていくのを感じる。従妹のクレアには頭撫でるのが効く。同い年かつプライドの高いパーリラには効くか不安だったが効いた。


「本当だ」

「もう分かったから!」


 パーリラは手を離して後ろに下がった。


「一つ言えることはあんたがいなくなったら皆嫌だから、変な気を起こさないでってこと。じゃあね!」


 パーリラは逃げるようにバルコニーを出て行き、自分の部屋に駆け込んで鍵をかけ、壁にもたれて力が抜けて座り込んだ。


 彼女は他人に頭を触れられるのは基本的に嫌なことだったがリベン相手は嫌ではなかった。しかもまさか幸福感を感じて力が抜けていくとは思っておらず、自分自身の反応に戸惑って訳が分からずにイライラとした。


 命の危機から助けられたり、政略結婚されそうなところを攫って行ってくれたり、奴隷から解放してくれたり、世界を敵に回してでも味方になってくれたりといった大きな出来事もなかった。目を背けていたものに向き合う機会を与えてくれたとはいえそれは比較的平凡なもの。それも一か月程度友達として過ごした相手、しかも初対面で裸を見られた相手にこんなに心許していたとは負けた気分で無性に腹が立った。


 何より、真剣な話をしているのにあの誤魔化しに惑わされて体が言うことを聞かず力が抜ける意志の弱さに腹が立った。

 そしてそんな怒りも思い出す幸福感によって薄まって消えていき、目を閉じて頭に触れた手の感触を思い出しながら物思いに耽った。



 一方リベンは一人残り、遠くの輝く街をぼんやりと眺めていた。大きいものを見ていると自分の小ささを感じてストレスが和らぐ。眺めるのは空や海の他、煌々と輝く夜の街もその一つ。


 さてどうするか。これでエジンのことを聞き出そうとするハードルが上がったように思える。聞き出そうとしたら殺す隙を探っているのではないかと疑われそうだ。少し時間を置いた方がいいだろう。明日会ったら補足しておこう。


 パーリラには法に頼れと言われた。だがそれでは母の願いを叶えられないだろう。自分を刺したように復讐対象を殺せという願いを。母を自殺に追い込んだことを立証して死刑台に送るのは不可能だ、無理だ。理由は何となく察しがついている。


「ごめん…」


 リベンは耐えきれずに独り言をぽろっと言葉に出した。気を抜いていたとはいえ、心の声で抑えることが出来ずに声に出たことに少し驚いた。腕を組んで口を閉じて鼻から息をゆっくり吐き、気を引き締めた。


 しかし俺とあいつには共通点があるんだな。母が精子を買って受精して生まれた子という共通点だ。俺は今知ったが、あいつは俺が話した時に自分と同じだと思って親しみを感じたのかもしれない。俺の母は自分で産み、あいつの母は自分で産んでいないという違いはある。


 リベンはこれ以上考えるのは危険かもしれないと思いながらもそれでも考えた。


 あいつの考えは要約するとこうだ。愛する相手と結ばれたわけでもなく、自分が産んだわけでもない、そんな愛情の希薄な人の作った子に対する愛情は当然希薄なのだと。

 もしかしたら俺に配慮して自分で産んだかどうかを付け加えたが本音は違うかもしれない。すなわち、愛するパートナーを作らなかった愛情の薄い人なのだから自分の子供に対しても愛情は薄いということ。


 俺にも当てはまる話だ。しかしもう母は死に、確かめる術はない。記憶を辿っても親子愛を感じていた気もするし、ただの道具として見られていた気もする。同じ行動でも好意的に見れば良い行動に見えるし、否定的に見れば悪い行動に見える。


 それを考えると、母は復讐の道具として俺を産み、育て、道具に向ける愛情程度しか持ってなかったのではないかと考えてしまう。親子愛がある人が息子に復讐を託すものなのかと。そんな相手に応える義理があるのかという疑問が生じてしまう。


 だから考えたくないんだ。でもうちはうち、よそはよそと言うじゃないか。親子愛があって復讐を託すことがある家庭だってあるだろう。

 駄目だ…今これ以上考えても視野が狭まっていて上手く行かない。復讐をやめる言い訳探しに利用するだけだ。一旦置いて別のことを考えよう。パーリラが選手目指す理由について更に詳しく知っておきたい。


 リベンはバルコニーを出て自室へと戻り、ベッドに仰向けになって天井を見た。


 そうだ、アペソン先輩に聞いてみよう。

 パーリラがエジンを嫌う理由は親らしいことをしていないのに親として振舞うからと言っていた。具体的にどういうことかパーリラからは聞いてないが先輩から聞けるかもしれない。


 前に先輩に聞いた話によればエジンは家にあまり訪れなかったようだから、パーリラはそのことを言っているのだろうか。お金は出していたようだが、ふれあいがなく愛情を感じなかったということだろうか。それとも他に何か出来事があったのか。とにかく聞いてみよう。

 アペソン先輩はパーリラが言わないなら私も言わないと言った。だが既に喋ったことに関しては先輩視点の話を聞かせてくれる。何か分かるかもしれない。


 リベンは宙にウィンドウを出してアペソンに話が聞けないかメッセージを作成して送った。

すみませんが今週は腰を痛めて1話分しか書けてないため、この続きはまた来週に。

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