24話 B10
朝、リベンが寮を出て校舎に向かって歩いていた。澄んだ空気の匂い、頬をじんわりと温める優しい日差し、脳に気持ちよく通り抜ける鳥の高い音の囀りがあった。
目の前の広場で朝から決闘をして相手に勝利し、校舎へ向かう途中のパーリラを見つけて声をかけた。
「おはようパーリラ。どうしたんだ?」
「順位を賭けた決闘よ。13位防衛」
「そうか、おめでとう」
「……」
パーリラは黙ったまま歩きリベンは横についていった。
「…昨日はごめんなさい」
「え?」
「あんたの順位が上がれば差が開いて嫌、あんたの順位が上がらなければあんたに負けた私は順位相当の実力と分かって嫌。どっちに転んでも気に入らないなんて私って嫌な奴ね」
「まあまあ、そう自分を追い詰めるなよ。お前の悪い癖だ」
「昨夜は先輩たちと話せてどうだったかしら?」
パーリラは余裕がないのか、聞く耳を持たずに自分の気になることを尋ねた。リベンは違和感を感じながらも、余計な負荷をかけないように普段の様子で接することにした。
「昔を思い出して楽しかったよ。それだけじゃなくて自分にはない考え方も知ることができた」
「そう、よかったわね」
パーリラは何か納得したような様子でそう言ったきり、黙々と歩いた。
拗ねているのか?そんな声色ではなかった。どちらかというと安心か諦めのような…。
「昨日は何か用があったようだけど何だった?」
「大したことじゃないわ。もういいの」
「そうなのか?まあ別件でもいいから必要な時は頼ってくれ」
「ええ…」
パーリラは投げやりに返事をして、2人は無言で教室に行き、それぞれ分かれて自席についた。
その日の午後のトレーニングの授業の一つに、剣術での防御の練習があった。二人組を作って、片方が打ち込み、もう片方がそれを受ける。最初はゆっくりとやって、弾き方や受け流し方を考えながらやり、段々とスピードを上げて実践レベルにする。
「パーリラ、俺と組まないか?」
「私?…いいわよ」
「よし。じゃあ先行は譲ろう。打ち込んできてくれ」
「分かったわ」
2人は雪剣を構えて立ち、パーリラはゆっくりと上から振り下ろしたり、斜め下から振り上げたり、胴めがけて突いたりし、リベンは相手の刃が体に触れないように剣で防いだ。
徐々にペースを上げて行き、素早い攻撃へとなっていった。相手を信頼してできるある種のコミュニケーションである。どう防ぐかという問いかけと、こう防ぐと答えを示すやり取りで、安心感や意外性がそこにあった。
「楽しいな」
「楽しいなんて、余裕そう、ねっ」
パーリラは鋭い突きを放ち、リベンは対応して横に弾いた。パーリラは会心の攻撃をあっさり止められて動揺して剣を下ろした。
「どうして楽しいの?昨日負けたのにどうしてそんなに楽しそうでいられるの?格下の私相手に余裕でいられるから?」
パーリラは悔しそうに剣の柄を強く握った。
「俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「じゃあどうして?」
「攻守交代だ。構えてくれ。そこで話そう」
「……」
パーリラは剣を構え、今度はリベンが打ち込んだ。最初はゆっくりと意図がしっかり伝わるように。
「昨日クロ…ミクロナに言われて思ったことがあるんだ。俺は視野狭窄に陥っていたと」
「?」
「競技性選手になりたければランキング上位を目指す。だから順位を気にするのは当然のことだ。だけどそれを重視するあまり、それしか見えなくなる」
リベンは大きく振りかぶって剣を振り下ろし、パーリラは斜め横へ受け流した。
「順位や勝ち負けしか見て無いと負けたらつまらなくなる。でもそれだけじゃない。俺が楽しいと思った剣術は勝ち負けだけじゃなかった。棒を振り回すだけでも楽しいよ。ああ、好き勝手に剣を振り回したら危険だから、道場で心構えはちゃんと学ぶから心配いらない」
打ち込みのペースを一段階上げた。
「勝負は勝つと嬉しい。でも勝敗に関係なくこうして剣を合わせているのも楽しい。思うに、剣術は楽しいから続けてこれたんだ。使命感や命に関わるからじゃない。そして継続は力だ。だからまあ、なんだ、勝ち負けから一旦離れて楽しくやろうぜ」
最後の一太刀をパーリラは受け流しも弾く余裕もなく、剣を抑えつけて力押しで押し込まれて後退した。リベンは剣を下ろしたが、パーリラは体に重い感覚が残った。剣から離した右手はピクピクと震え、拳を握って力を込めて震えを止めた。
「…考えておくわ」
「それでもいいか。それじゃ攻守交替しよう」
「ええ」
2人は授業終了の鐘が鳴るまで交代しながら続けた。読み合いを通じて互いの考えが少し分かるようになり心の距離が少し縮まった。
その夜、リベンは寮の共有バルコニーに出た。乾いた風が頬を撫で、夜の闇の中、遠くに煌々と輝く摩天楼が見えた。
そしてバルコニーの手すりに頬杖をついて街を眺めているパーリラを見つけた。
「こんばんは」
「こんばんは。…何か用かしら?」
パーリラは一度横を向いて声の主がリベンであることを確認し、再び頬杖をついて街を眺めた。
「いや、別に。ちょっと外の空気吸おうと出てきたら偶然にね」
「そう…」
リベンが真ん中の方に移動しようとするとすると、パーリラの呟きを聞いて足を止めた。
「私が自分のことを全然喋らないから、あんたは私に飽きちゃって、他の子と仲良くするのよね」
「ん?」
パーリラは無意識に何を口走ったのだろうととっさに向こうを向いた。
「あんたは私に勝敗を一旦置いて楽しもうと言ったわよね」
「ああ、昼のことか。お前も楽しくてこの道に来たんだろ?」
「違うわ、誤解しないで。楽しいからやってるわけじゃないんだから」
「じゃあなぜ?」
「私が競技性選手を目指す理由、言ってなかったわよね」
「ああ」
「私が競技性選手を目指しているのは母への抵抗、嫌がらせ。遺伝子上の母へのね」
パーリラは体を起こしてリベンの方を向いて自嘲気味に笑った。
パーリラの遺伝子上の母とは学園長エジン・ベルウッドのこと。アペソン先輩の母が代理母としてパーリラを産んで育てていた。エジンは仕事が忙しくてあまり会うことが無かったとも聞いた。そしてパーリラをこの学園に入れて選手に育てることが条件でアペソン先輩の母にお金を出していて、できなければ契約違反でお金を回収するとアペソン先輩から以前聞いた。
「競技性選手になることがどうして嫌がらせになるんだ?」
「あの人は私に演技性選手になって欲しい。だけど私はそうはならない。そして競技性選手になって現役時代のあの人よりも優れた成績を収めてやる」
「選手を目指さない選択肢はないのか?」
「それだと契約違反でチェリィウェル家に支払われたお金が回収されてしまう。大好きなお母さんとお姉ちゃんに迷惑をかけたくない」
「そうか…」
それでできる範囲で抵抗か。でもその程度で満足するのか?他にも何かあるんだろうか?上手く行けば俺の母の復讐に役立つかもしれない。だが複雑な気持ちだ。本当に上手く行っていいのか。
「きっかけはなんであれ結果が出せればいいと思う。邪な理由で始めた選手エピソードは聞くし、個性的で面白い。だから競技性選手を目指す理由はいいとして、どうして学園長のことを嫌っているんだ?」
パーリラは溜息をつき、手すりに両手を置いて遠くの街の方を向きながら話し始めた。
「親らしいことなんてしてないくせに親ぶるからよ。縁が切れる友人じゃなくて血縁者、親子というのが質悪いわ」
その声にはイラつきがにじみ出していた。
「私もあんたと同じように、買われた精子と母親の卵子から生まれた子供。あんたと私の違いは、私は代理母から生まれたこと。あの人は愛する伴侶を作らず、自分で産んだわけでもない。だから子供に対する愛情が無いのも当然ね。私なんてただの道具。あの人から愛された記憶なんて無いわ。チェリィウェル家だけが私の家族」
「……」
成程。そういうことだったのか。同じ条件でも愛情を持つ人はいると思うけど、少なくともエジンはパーリラ視点では愛情のない人物というわけだ。これが嫌う理由。
「もしもの話だけど、学園長が死んでもお前は悲しまないのか?」
「そうね。悲しむことは無いと思うわ」
「じゃあもし…」
リベンは緊張で胸がドキドキし、苦いつばを飲み込んだ。
「もしも殺せたら殺したいか?」
空気が張り詰め、パーリラがどう答えるかその口を注視した。




