サイドB-54 ファーム階層に姉妹を案内
「それでは行きますよ。しっかり座っていてくださいね」
マルティの掛け声とともに、ヘラジカタイプのゴーレム10頭に引かれた馬車は、こ気味よく上空へと滑空を開始した。
馬車に乗っているのは、マルティ、ミヤビ、マツリ、カエデ、ツバキの『アンバーチャイルド』パーティと、サーマルス・ロードのネネ、カロン、ルーバートの8人であった。
二度目でしかも今回は飛ぶことは前もって知っていたので、少しは緊張感がやわらいだものの、マルティとミヤビ以外は飛び立つ瞬間は腹に力がはいったものだった。
魔力炉の解析が終了後、母国まで短時間で送り届ける約束をしたマルティ=北斗は、準備に三日だけもらえるようお願いした。
最初は王女たちもマルティが何をもってして送り届けるといっているのか不明だったが、セント・ニコラス号のことを持ち出すとあまりいい顔はしなかったものの、納得した。
「まあ、2週間の洋上生活が省けるのであれば...いいんじゃないかな?ねえ、姉さん」
「...そうね。吉報は早く知らせたいのは事実ですし...」
なにか理由を探して自分を納得させるような、しぶしぶといった感じで合意したネネ王女であった。
「でもなぜ3日なのです?」
「セント・ニコラス号のいまの航続距離ではたどり着けない可能性があるので、ちょっと改良しようとおもいまして。せっかく効率の良い魔力炉の設計図もあるんで、それも組み込もうかと。あと、ちょっとどうしてもここでやらなくてはならないこともあって。じつはそちらがこのダンジョンに潜った理由でもあるんで」
そのどうしてもやらないことも聞かれたが、それは身内の用事と濁したマルティであった。
「まあここには温泉もあるんで、のんびりして長旅の疲れでも癒して待っていてください」
ネネ王女一行は自力ではこのダンジョンを抜けれないため、半分強制ではあったが、自分たちの旅の目的が達成できて気負いがとれたのか、快く承知してくれたのだった。
そう、北斗の本当の目的は、第79階層にカエデ・ツバキを案内して自分たちが行っていることを理解してもらうこと、ここのダンジョンマスターにふたりを顔合わせすることだった。
そのためにわざわざ首都イオシスから二人を連れてきたのだ。
サーマルス・ロード案件は:結果的には北斗にとってとても重要なものだったが、あくまでおまけである。
第79階層を階層入り口の洞窟を出た高台から眺めた姉妹は、お約束というか、自分たちの見ている景色が何なのかすぐには理解できなかった。
高台からふもとまでの100メートルをミヤビの短距離転移で移動し、目の前に広がる木々に鈴なりになっているビワの実にとりつく小型の羽虫タイプゴーレム達が実をつむいでところどころに設置されている小屋の方に飛んでいくのをみて、ここがマルティが言っていた農場であることに気が付いてやっと少し得心がいく。
と同時に眼下に見えていた無数の区画が何を意味するのかも理解して、愕然とする。
「ひょっとしてだけど、この階層が『カメヤマシャチュウ』商会におろす穀物類を育てているところかしら。あの見渡す限り見えた区画や森ががすべてその畑だったりして...」
「ご想像の通り、各区画で商会に出何しているすべての作物を作っているよ。畑だけではなく海とか鉱山もあってね。海産物や塩、鉱石なんかもここでとれたものをだしてるよ。魔道具はここじゃ作ってないけどね」
「ホクトさんが私たちに見せたかったものって、これなんですか?」
ツバキが改めて確認する。
「そう。ほら事前に『カメヤマシャチュウ』におろしているものは、ダンジョンで製作してるって伝えてたじゃない。言葉たげじゃ実感わかないだろうと思って、実際の畑たちを見せたかったんだ。どう?感想は?」
「感想って...あの地平線までずっと見えていたのが全部畑ってことよね?無茶苦茶広すぎない?」
「うん、広いと思うよ。この階層だけは半径100キロの円形の土地の7割くらいを平地の大フィールドタイプに作ってもらっていてその1/10くらいをあてているから。しかも第78階層とおなじく魔物未配置の異物のダンジョン取り込みもキャンセルしている。もちろんすべての土地をそういう風にはまだまだできてないけど、まあまあの数の畑とか牧場とかも展開できてるよ」
「牧場?」
「牛、豚、鶏、羊、ヤギ、馬、ガチョウて感じかな。肉食用にはもちろん、乳や卵を確保するために育てる施設のことだよ。あとで回るよ」
この世界は基本魔物で肉需要は事足りているものの、畜産が全くないわけではない。
乳と卵が魔物からはとれないからだ。
上級の魔物になれば、卵によって増える種類もあるが、基本的に魔物は樹海やダンジョンからの魔力によって生み出されるか、分裂するかもしくは変異されて埋まれるので、卵自体が魔物からはほぼとれない。
そしてこの世界の住人すべてが冒険者のように魔物を討伐して食材をとれるわけではないので、生活の糧として畜産を行っているものがおり、その少しの産物が高価で市場にでまわっている。
北斗もケーキや洋菓子に加えて、マヨネーズやチーズ、ヨーグルトなども欲しているため、どうしてもそれらを生み出す手段が欲しかった。
最初は外部からそれらを集めてきて、ダンジョン内で繁殖させるつもりだったが、魔獣による被害のためか意外とそれら動物が少なく、畜産している人も少なくあきらめようかとも思った。
この世界で、塩や砂糖と同様卵やチーズが高価なのはこれに由来する。
数はあきらめていたところに、ダンジョン内の魔獣レシピにそれらが入っていたので、それはそれでうれしかったのだが、ちょっと北斗が思うものと異なっていたので、もっともそれらは君たちが知っている牛や鶏ではないよ、と心の中でだけつぶやいた。
「みてみて、おねえちゃん、ここから金色の草が永遠と生えてるよ!」
「ほんとう...見渡す限り永遠と続いてるみたいだけど、これって小麦かしら」
「似てるけどこれは米だよ。ほら穂先が垂れているだろう。麦だとあれがまっすぐになるから」
「ほんとうだ、米はこんな感じでとれるのね。それにしてもあきれるくらいたくさん実っているわね」
カエデはやれやれといった感じで目先の光景をみていた。
歩いていくと、その米の畑にひざ丈ぐらいの大きさの黒い物体が、うごめいている。
それらが通った後は稲が束になって刈り取られて、運ばれていく。
「あれが稲を刈り取っている専用のゴーレムだよ。刈り取られた稲はそのままこの先の脱穀場にて穂とわらという稲の葉茎に分離されて、穂だけ蓄積されるようになっている。ああいうゴーレムは管理人の判断によって、常時稼働していて稲が育つ過ぎず未熟過ぎない段階で刈り取りを実行しているんだ」
「管理人?それもあんたが言う本当の仲間ってやつかしら」
「そうだね。とくに紹介はしないけど、機会が合えば合わせるよ」
ゴーレムおよび畑の管理は、マーガレットを筆頭に若草姉妹があたっている。
意思のないサブ・キャラなので、カエデ・ツバキには本当の仲間といいながらもそこは紹介できない。
サブ・キャラが意思のない人形のような理由を、北斗はネオアンバーソメイユワールドのことをいわないでは説明できないし、したところで信じられるわけもない。
姉妹はゴーレムによって、次々と稲が刈り取られていく様子を興味深げに見ながらも、マルティたちに従った。
しばらく行くと前方に大きな建物が迫ってきた。
「あそこが牛乳用の牛のための厩舎だよ。ここのダンジョン・マスターともあそこで合流するから、紹介するよ」
昨日のやり取りやこのダンジョンの様子から、なんとなくは察していたらしいが、それでもここのダンジョン・マスターも仲間の一人ときいて、やはり驚いた姉妹であった。
と、厩舎の向こう側、放牧場の草原とおもわれる場所に鎮座するものを見て、姉妹が悲鳴を上げた。
「ひっ、な、なによあれ」
「なにって?」
「あれよ、あのでっかいの」
二人が指さしているのは、小山のような白時に黒のまだらのある物体であった。
見上げるほどにでかく、優に10メートルは越えていた。
「えーと、あれは乳牛だけど....」
「牛?あれのどこが牛よ」
やっぱりそう思うよなーとマルティ=北斗は、心の中で同意する。
どうみても普通の牛のそれではない。
サイズだけ見れば魔物である。
「いや、あれでもしぼれる牛乳は普通の牛乳でね。体が大きい分大量にしぼれるし、魔力依存なのでこの魔力の濃いダンジョン奥地では一日に数回搾乳できて、たすかっているんだよ」
おどろく姉妹の背後から男性の声がした。
ふりかえるとそこには、白髪で壮麗のエルフと茶ぶちの猫人がたっていた。
「初めまして。ここのダンジョン・マスターをしているエギルだ。二人のことはホクトからきいている。ようこそ、ファーラーンダンジョン、ファームエリアへ」
エギルは右手を差し出し、握手をもとめ、姉妹もたどたどしく挨拶をしてその手を取った。
「いや実際普通の牛にくらべて大きいし、びっくりするわな。作ったこちらだって、ときどきあのサイズはどうにかならんかとも思うんだが」
「作った、というのは...」
「ああ、あれは正式にはジャイアント・アース・カウといって、魔物なんだ。私の力のダンジョン操作で生成したものだ。性質や牛乳に肉の質なんかは牛のそれと全く同じでね。本物の牛が繁殖しにくいんで、ここではあれを牛の代わりに利用しているのだよ。それにね..マツリ頼めるか?」
隣に立っていた猫人は、こくりと無言でうなづくと、消えて見上げる牛の頭の高さの空中にいた。
そしててから何かを発すると、目の前にいた巨大牛がゆっくりと倒れた。
空中にいたはずの猫人は、いつのまにかエギルの横にたっていた。
「ダンジョンの魔力で生まれたものだから、討伐されるとああなる」
巨大牛が倒れたところには、すでにその姿がなく、その巨体には比例しないがそれでも家一軒分ぐらいの小山に積まれた各部位の牛肉と内臓、舌に角、折りたたまれた大きな皮に牛乳缶が10本ほど立っていた。
つまりはドロップ品になるということらしかった。
「とはいえ、牛乳に関して言えば毎回ドロップ品にして取り出すには非効率なんでな。討伐せず牛乳だけ搾乳してあとは放牧させている」
度肝を抜かれた二人ではあったが、それがダンジョンの魔物であることだけは理解できた。




