第9話「解放される呪詛」 - 9
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
馬車が王都の広場に到着すると、大司祭たちが列をなして待ち受けていた。
荘厳な石畳の広場は夕暮れの光に包まれ、空には曇り空が広がっている。広場を取り囲む大聖堂や宮殿の尖塔が、薄闇の中に沈み始めていた。アビゲイルが馬車から降り立つと、出迎えた大司祭たちは揃って礼拝の姿勢を取り、深々と頭を垂れた。
「アビゲイル様、お帰りなさいませ」
その荘厳な雰囲気に似つかわしい静寂が広場を満たす中、アビゲイルは威厳を保ちながら微笑みを浮かべ、一礼した。その背後で、タリーサが震える足を意識しながら馬車を降りる。
馬車の中で味わった恐怖がまだ心に重くのしかかっていた。だが、彼女の胸の中で燃える疑念は、恐れを越えて彼女を突き動かしていた。
(このまま引き下がるわけにはいかない…絶対にアビゲイルが黒幕だ)
タリーサは自らの拳を握りしめ、震える足に力を込めた。その感情が彼女を突き動かすように、タリーサは意を決し、一歩外へ踏み出した。
アビゲイルの背中に向けて、意を決した声を投げかける。
「待ってください! まだ話は終わっていません!」
その瞬間、大司祭たちが驚いた顔で声を上げた。
「なんですか貴女、無礼ですよ!」
「枢機卿様の御前で何を言うのですか!」
その中で、タリーサを迎えに来ていた老聖騎士マクスウェルが眉間にしわを寄せ、一歩前に出た。
「タリーサ!」
彼は優しいながらも毅然とした声で言った。
「どうしたんだ、お前らしくもない。皆様、申し訳ありません。ほら、下がれ!」
マクスウェルは謝罪しながらタリーサを引き戻そうとする。だが、彼女は唇を強く噛みしめ、視線を下ろそうとはしなかった。
そんな中、一人の黒いローブをまとった女性が人混みを掻き分けるようにしてアビゲイルの傍らに歩み寄った。
女性はアビゲイルに何かを耳打ちし、アビゲイルはわずかに頷いた。その口元に笑みが浮かぶ。満足げに顔を上げた彼女は、大司祭たちに囲まれながらも、少し離れたタリーサへと視線を送った。まるで世間話でもするかのような調子で、声を掛ける。
「そうそう」
彼女の声には軽やかさが漂っていたが、その言葉の中に含まれた意図は明確だった。
「ラルフ団長の御子息、オリバーさんという方をご存じですよね? 彼が最近旅に出られたそうです」
タリーサは瞬時に顔を強張らせた。アビゲイルの言葉の真意を理解したからだ。
「タリーサさんによろしく伝えてほしいと仰っていましたよ」
「き、貴様っ…!」
タリーサは怒りに駆られてアビゲイルに飛びかかろうとするが、マクスウェルがすかさず腕を掴んで羽交い締めにした。
「それはどういう意味だ! オリバーに何をした!!」
「落ち着け、タリーサ! これ以上の無礼は許されないぞ!」
だが、それでもタリーサは暴れるのを止めなかった。
「やめろ、タリーサ!」
マクスウェルは彼女を必死に押さえつけ、ついには床に倒し、後ろ手を極めるようにして身動きを封じた。
その様子を見たアビゲイルは柔らかな笑みを浮かべて近づき、タリーサのそばにしゃがみ込むと、囁くように言った。
「びっくりしましたよ…ラルフ団長のようにならなくて良かったですね」
その言葉が響いた瞬間、マクスウェルの動きが止まった。
一瞬、何を言われたのか理解できず、目を見開いたが、次第にその顔は怒りに染まっていく。
「……な…んだと?」
低く、押し殺した声。その響きには、かつての同僚であり友人だったラルフへの無念が滲んでいた。
アビゲイルはそんな彼の反応を見て、愉快そうに口の端を吊り上げる。
「おや、あなたも何か言いたいのですか?」
その挑発的な口調は、マクスウェルが反論できない立場にいることを承知してのことだった。
彼は拳を握りしめたが、口を開くことはできない。何も言えない自分への屈辱と怒りに耐えるしかなかった。
しかし、タリーサは違った。
「アビゲイル……貴様ぁああああ!」
その声は怒りに塗れ、荒々しく震えていた。タリーサは完全に逆上し、マクスウェルの拘束から逃れようと必死にもがく。
「タリーサ! ダメだ! それ以上は!」
マクスウェルの声は焦りに滲んだ。状況がこれ以上悪化すれば取り返しがつかない。そう直感した彼は即座に行動に出る。
すぐさま鎮静の魔法を唱えた。
詠唱とともに柔らかな光がタリーサを包み込んだ。
彼女の体はふっと力を失い、動きを止めると、そのまま床に崩れ落ちる。
マクスウェルは息を詰めながらも、気を失ったタリーサを支えると、そのまま彼女を横たえた。
顔を上げて枢機卿を見やるが、その瞳には怒りとも苛立ちともつかない感情が揺れていた。
「申し訳ありません、枢機卿様、皆様……」
言葉を絞り出すように謝罪するマクスウェルに、アビゲイルは何事もなかったかのように立ち上がり、スカートの裾を払った。
大司祭たちは、タリーサの無礼を非難し始めた。
「いったい何を考えているのですか!」
「英雄の娘だからといって、枢機卿様にこんな態度を取るなど許されません!」
マクスウェルは顔を歪め、ぐっと唇を噛みしめる。彼自身も何が起きたのか理解しきれておらず、ただ頭を下げるしかなかった。
だが、アビゲイルがゆっくりと手を挙げ、静かに大司祭たちを制した。
「やめなさい」
アビゲイルは手を軽く挙げ、大司祭たちを制した。彼女の声は穏やかで、まるで全てを包み込むような慈悲の響きを持っていた。
「彼女も疲れていたのでしょう。なにかの勘違いで感情的になることもあります」
微笑を浮かべながら、タリーサの方へわずかに視線を向けた。だが、その瞳の奥に宿る冷たい光は、タリーサを刺すように見据えている。
「命を救ってもらった身です。多少の無礼には目をつむりますよ」
彼女はそう言いながら、マクスウェルに向けて小さく微笑みかける。
そして、彼女は踵を返し、聖職者たちに囲まれながらゆっくりと歩き始める。
最後に、何かを思い出したように振り向き、意味深な言葉を残す。
「次にタリーサさんにお会いするのは、建国記念式典かしら?」
わざとらしく顎に手を当て、首を傾げながら続ける。
「いや、どうでしょう。もう会えないかもしれませんね。起きたら『お元気で』とお伝えください」
その言葉を受けながら、マクスウェルは倒れたタリーサを抱きかかえ、再び深く頭を下げた。
大司祭たちはなおも彼を責め立てるが、マクスウェルの耳には届いていなかった。
曇天の空を見上げながら、彼は唇を噛んだ。
「まったく……どうしてこんなことに……」
彼の呟きは小さく、誰にも聞こえなかった。
(第9話 完)
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★あとがき★
なおも食い下がろうとするタリーサにアビゲイルは、オリバーやラルフを持ち出して遠回しに脅し、皮肉をぶつけます。間接的な言い回しでどれだけ恐怖を煽れるか苦労した場面です。
次話、数日後に控えた建国記念式典に舞台は移り、アビゲイルの計画が始動します。




