第9話「解放される呪詛」 - 8
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
馬車の中は、戦いを終えた疲労と静寂に包まれていた。
外の曇天から射し込む薄暗い光が揺れる馬車の中を照らし、揺れる影が二人の間に生まれる。
「見事な戦いでしたね、タリーサ」
アビゲイルが微笑を浮かべながら口を開いた。
「父上譲りの腕前というべきでしょうか。銃との戦い、そしてあの怪物のように変化してからの戦い。あのような窮地をも切り抜ける圧倒的な強さが貴女にはありましたよ」
「……そうですか…ありがとうございます」
タリーサはそっけなく答えるだけで、視線を窓の外に向けたままだった。
その反応に、アビゲイルは目を細める。タリーサの心に何か引っかかりがあることを察したのだろう。彼女はわざとらしくため息をつきながら、話題を変えるように続けた。
「これで村も救われました。皆が英雄の娘に感謝しているでしょう」
柔らかな声だったが、その裏にはいつもの計算高さが隠れていた。
「……そうですかね…アビゲイル様の奮闘にも皆さん感謝していたと思いますよ…」
タリーサの返事は冷たい。視線はなおもアビゲイルを捉えることなく外に注がれている。
アビゲイルは微笑を消し、わずかに表情を引き締めた。そして椅子の背もたれに体を預けながら、静かに言った。
「どうやら、あなたは私に何か言いたいことがあるようですね」
その言葉にタリーサははっとしたように顔を上げたが、すぐに真剣な眼差しをアビゲイルに向け直す。
少しの間、迷っていたが意を決して口を開いた。
「仮面の男が……なぜ私やアビゲイル様の名前を知っていたのか。それが分かりません」
タリーサの声には疑念がにじんでいた。
アビゲイルは冷静なまま、肩をすくめた。
「聖騎士団も枢機卿も、世間で知られた存在です。少し調べれば分かることでしょう」
「それだけでは説明になりません!」
タリーサが声を荒げる。
「仮面の男は『どうしてお前たちが一緒にいるのか』と言ったのです。我々が一緒にいることが彼にとって奇妙だった」
「そう言っていましたかね、狂人の言うことは分かりませんね」
埒が明かないと感じたタリーサは一番の疑念をぶつけた。
「他にも聞きたいことがあります!」
アビゲイルが興味深げに目を細める中、タリーサの声は強くなった。
「ラルフ団長は、アビゲイル様が父と最後に会った人物だと指摘したのですよね?」
アビゲイルはその問いを受けても驚いた様子はなく、代わりに柔らかく笑った。
「そんな昔のことを……」
彼女は小さく笑い飛ばしたが、その笑みにどこか鋭さがあった。
「私にとっては昔の話ではありません!」
タリーサの声は震えたが、その視線は真っ直ぐだった。
その一言で、アビゲイルは笑みを止めた。そして慎重に言葉を選ぶようにして話し始めた。
「確かに、私は彼に最後に会った人物の一人かもしれません」
「では、父の死に……!」
タリーサがさらに詰め寄ろうとするが、アビゲイルは遮るように続けた。
「ですが、その後彼がどこかに行き、誰かと会ったかもしれない。不確かな話です」
そして冷静な口調で切り捨てるように言った。
「では、この話はどう説明されますか?」
タリーサはそれでも引き下がらない。
「当時、枢機卿によって聖典が持ち出されて闇市場で売られているという噂がありました。父はそれを調べていたんです。そして……」
タリーサは声を震わせながらも、まっすぐアビゲイルを見据える。
「そのことを“彼女”に確認しに行くと言って、帰らぬ人となりました。当時の女性枢機卿はスカーレット様とアビゲイル様しかいません。そして、あなたは父と会っていた事を認めている!」
アビゲイルの瞳には、かすかな鋭さが浮かんだ。だが、それはすぐに冷たい静寂へと吸い込まれる。
車内に漂っていた疲労感はいつの間にか薄れ、代わりに重苦しい緊張が満ちる。
枢機卿は微笑を消し、背筋を正した。指先が無意識に肘掛けを軽く叩いた。そのわずかな音は、冷たい石の床に滴り落ちる水のように静かだったが、どこか不気味な響きを伴っていた。
「…私の後にスカーレットに会った可能性は考えないのですか?」
言葉は静かだが、その視線は鋭く、わずかに冷たい光が宿っていた。
「タリーサ」
アビゲイルは柔らかな口調に戻りながら告げた。
「過去ばかり振り返っても、前には進めません。父君の遺志を胸に、前を向いて生きていけば、あなたも立派な騎士になれたでしょうに…」
枢機卿の声は冷静だったが、その瞳にはまるで何かを見透かすような鋭い光が浮かんでいた。
タリーサはその言葉にかすかな怒りを覚え、思わず目を合わせてしまった。
その瞬間、息を呑む。
アビゲイルの体からわずかに魔力の気配が漂っているのを感じたからだ。かすかな空気の揺らぎが、鋭い刃が肌を撫でるような冷たい感覚を伴い、彼女の意図を暗示しているかのようだった。
それは静かに、確実にタリーサを包み込み、無言の圧力となってのしかかってきた。
(この人はいつでも私を殺せる……)
タリーサの全身がこわばる。
魔力が尽きたように見えたのは演技だったのか。そう思うと、体中に冷たい汗が流れた。
彼女は慌てて視線を逸らし、爪が手のひらに食い込むのを感じることでかろうじて意識を保つ。顔を上げ続ける勇気はなかった。目を合わせれば何かが終わる、そんな予感に背筋が震えた。
なんとか言い返そうと口を開きかけたが、車輪の音が鈍くなり、馬車が減速し始める。広場へ近づくざわめきが耳に届く中、馬車が王都の門をくぐる衝撃が足元に伝わってきた。
タリーサの言葉は飲み込まれたまま、馬車は広場に向けて進んでいく。
(続く)
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★あとがき★
タリーサとアビゲイルの2回目の馬車内での会話でした。疑念を態度で示すタリーサにアビゲイルは遂にその本性を現し始めました。未だにアビゲイルは何も認めていませんが、タリーサに圧力をかけます。
次回、王都に着いた2人のやり取りはさらに続きます。




