第9話「解放される呪詛」 - 4
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
トーマスは風吟の探索者たちによって無事確保され、カルメサス家に運び込まれた。
彼の体は冷え切り、包帯から滲み出す血が服をさらに濃く染めている。
その姿は生気を失いかけた彫像のようだった。
屋敷に到着するや否や僧侶が呼ばれ、祈りの言葉とともに治癒の魔法が施された。僧侶の詠唱に呼応するかのように淡い光がトーマスの体を包み込む。
その横では、オリビア侍従が冷静な手つきで傷口を拭い、薬を塗布し、新たな包帯を丁寧に巻いていく。
夜が明けるころ、ようやくトーマスの呼吸は穏やかになり、顔色にもわずかに血の気が戻っていた。部屋の外で待機していた風吟の探索者たちは、この報告を聞くと一様に肩の力を抜き、安堵の息を漏らした。
翌朝、部屋に射し込む柔らかな光の中、トーマスは静かな呻き声を漏らしながら意識を取り戻した。
「う…ううう…」
ベッドの傍らに座っていたオリビアが身を乗り出し、その顔を覗き込む。
「トーマス様、大丈夫ですか?」
「マリア…様…」
目を薄く開けたトーマスの掠れた声は弱々しいながらも、明確に伯爵の名を呼んでいた。
その報告を受け、マリア・カルメサス伯爵は部屋に足を踏み入れた。ナイトガウンを羽織り、疲れの色を隠し切れない顔に鋭い眼差しを宿している。
「もう大丈夫だな、トーマス。よく戻ってきた。ニコラスたちとははぐれたのか?」
その名前を聞いた瞬間、トーマスの中で蓋をされていた記憶が激流のように押し寄せてきた。彼の瞳は見開かれ、息が詰まるような音を立てながら震え始めた。
「あっ、あっ、ああああ…あああっ!!!」
トーマスは身体を小刻みに震わせ、やがて声にならない嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。その肩は波打つように上下し、指先がシーツをぎゅっと握りしめる。
「トーマス様! 落ち着いてください、大丈夫です。大丈夫ですよ」
「ど、どうしたんだ?」
オリビア侍従が震えるトーマスの肩を必死に押さえながら宥めようとする様子を見て、マリアは険しい表情で問いかけた。
その時、部屋のドアが音もなく開き、ロレンディスが静かに現れた。彼は冷静だが沈痛な表情を浮かべ、落ち着いた声で話し始めた。
「伯爵の部下があの建物にいたのだとしたら…生きている望みは少ない」
「どういうことだ」
マリアの声が低く響く。彼女の目はロレンディスを鋭く見据えている。
ロレンディスは一度目を閉じ、短く息を吐いた後、探索者たちが目にした光景を語り始めた。
焼け焦げた建物、黒く炭化した遺体、無造作に広がる血痕――それらが、そこで何が起きたのかを物語っていたという。
語られる惨状にトーマスの嗚咽は一層深まり、涙がシーツを濡らした。やがて、震える声で彼は口を開く。
「ニコラス…ジーナ…ヴェロニカ…」
その声は掠れ、彼らの名前を紡ぐたびに悲しみが滲み出ていた。
マリアはその名を一つ一つ繰り返すように呟いた。
「ニコラス…ジーナ…ヴェロニカ……」
普段は毅然としている彼女の目元がわずかに潤み、光を宿す。しかし、彼女はすぐに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。その仕草には、感情を押し殺す鋼のような意志が見て取れた。
◇ ◇ ◇
その日の午後、トーマスが発見されたとの報を受け、アンナが息を切らして部屋に飛び込んできた。
「トーマス!!」
双子の兄を見つけるや否や、アンナは迷うことなく駆け寄り、彼を力強く抱きしめた。その勢いにトーマスは短く息を呑む。
「痛いよ・・・アンナ・・・」
動揺していたトーマスはようやく落ち着いて話せる状態にまで回復していた。
体の痛みに顔を歪めながらも、トーマスはどこか懐かしい安堵を感じている。双子の特有の絆が彼女の抱擁から伝わってくるようだった。
アンナは目を潤ませながらトーマスを見つめ、声を震わせて問いかけた。
「あんた、大して戦えもしないのになんでそんな危険な所に行ったのよ! 何があったの?」
「はは…アンナは相変わらずだな…」
トーマスは苦笑したが、その顔には疲労の色が濃い。それでも、気遣う妹を安心させようとする微笑みを浮かべた。
「聖典が闇市場で取引されるという話を聞いて…でも全部ウソで罠だったんだ…」
そう語るトーマスの瞳が、突然何かを思い出したかのように見開かれる。
「そうだ! 姉さんは!?」
双子のやり取りを静かに見守っていたマリア・カルメサス伯爵が、重々しく答えた。
「タリーサはアビゲイル枢機卿と共に中央地域の村を回っている。2回目の巡業だ。アビゲイルも次期教皇を狙って必死だな…」
伯爵の冷静な声を聞いた瞬間、トーマスの表情は一変した。彼はベッドから身を乗り出し、焦燥に駆られた声を上げた。
「まずい、まずいよ! ボク達を襲った仮面の男はジーナさんを姉さんだと勘違いして『タリーサ』と呼んでいた。つまり、聖典流出のウソ情報でおびき寄せて姉さんを殺そうとしていたんだよ!」
その言葉にマリアの顔が険しくなる。
「聖典流出を疑っていることを、連中は既に把握していたというのか…」
「そう! しかもその仮面の男は拳銃を持っていた。あれは信徒自衛団に配られている新型銃なんじゃないか?」
トーマスの言葉を聞いたマリアの表情は一瞬止まり、鋭い沈黙が部屋を支配した。
「やはりそうか…あの銃が暗殺者の手に渡っているのか」
マリアの悪い予想は当たっていた。
新型銃はスカーレット枢機卿によって持ち込まれ、国境付近の村々に配備された。それは全てベレンニア王国が管理して行なったことだ。
いずれ外部に流出する懸念はあったが、早々に、しかも最初に暗殺者に使われるとは誰もが思っていなかった。
「持っていたんです。拳銃とは思えないほどの威力だった。アレに全員やられたんだ…」
トーマスは前世である程度銃のことを知っていた。
本物の銃に触れたことはないが、ドラマや映画では散々観たことがある。あの銃はショットガン、それもスラッグ弾というクマなどを一発で仕留める弾のような破壊力があった。
「姉さんが危ない。もしかしたら事件の黒幕と一緒に旅をしているのかもしれないんだ!」
「黒幕…アビゲイルなのか…しかしなぜ?」
保守派の代表格であるアビゲイル枢機卿が伝統的な剣や魔法を否定する銃兵器に興味を示すのは不可解な話だ。ましてやそれを市民に持たせて戦士にするという発想、武力の民主化を彼女が支持するとは思えなかった。
(続く)
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★あとがき★
トーマスは辛い記憶に激しく動揺しました。冷静になると仮面の男の発言や持っていた銃に恐ろしい推理が進みます。
次回、タリーサは再びアビゲイル枢機卿と巡業へ。




