第8話「風吟ふたたび」 - 9
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
「やばい…血が…止まらない…」
トーマスはふらつく足取りで闇市場の細い脇道を進んでいた。
脇腹から血が滲み出し、床にぽたぽたと赤い痕跡を残していく。
「もう少しで表通りだ…」
霞む視界と耳鳴りに耐えながら、足を進める。それでも、追手の怒鳴り声が背後から迫る。
「ここに新しい血痕があるぞ! こっちだ!!」
咄嗟にトーマスは近くの物陰に飛び込み、壁にもたれて呼吸を整えた。しかし、そこには先客がいた。
薄暗い影の中、一人の老人が腰を下ろしている。
「あ、ごめんなさい…ちょっとだけここに隠れさせて」
息も絶え絶えにそう告げると、老人がゆっくりと顔を上げた。
「おや…あんたは、さっきワシを助けてくれた兄さんか?」
その声に、トーマスは老人を見つめ直した。月影乱華に露店を壊された老人だ。
「あ、あの時の、お爺さん…」
再会にわずかに緊張が和らぐ。しかし視界が闇に閉ざされ、彼はその場に倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
「エレサル、行こう」
宿の窓際で遊んでいた吟遊詩人ソフィアが、突然真剣な表情で向き直った。
ベッドの上で目を閉じていたエルフのエレサルは眉をひそめる。
「なんだ? ソフィア、何が見えたんだ?」
エレサルが弓を手に取り身支度を始めると、その様子を見た他のメンバーも次々に身支度を始める。
ソフィアは答える代わりにリュックを漁り、荷物を詰め始めた。
「うんしょ、うんしょ」
そこへ慌ただしい足音が近づき、扉が勢いよく開いた。
「ねえ、みんな! 闇市場でなんか大事件が起きてるみたい!」
現れたのはハーフリングのファエリエだった。
エレサルはファエリエに彼女の荷物を渡しながら頷いた。
「ああ、ソフィアがここに滞在し続ける事にこだわっていたのはそれのようだ」
「さすが、ソフィア。今回も未来がバラバラに見えてたんだね」
銀髪の吟遊詩人はその言葉に気づいた様子もなく、自分のリュックに入りきらない荷物と格闘している。
「これは俺が持つと毎回言ってるだろ?」
エルフの修道僧タラナーは、ソフィアの荷物を取り上げると自分のバッグに投げ入れた。
「そこに魔核がありそうだ…落ち着かなかったのはこれだったのか…」
険しい顔つきのエルフの魔法使いロレンディスが立ち上がり、杖を握りしめる。
ソフィアはやっとリュックの口を閉じると、ぱっと笑顔になり、「できた!」と一人で満足げに呟いた。
エレサルはその様子を一瞥すると、静かに部屋を見回して声を張り上げる。
「準備は整ったな? 行くぞ!」
冒険者パーティ「風吟の探索者」の面々は、数日間滞在していた宿屋を出ると、一気に闇市場へと走り出した。
◇ ◇ ◇
いつもの喧騒は消え、闇市場は閑散としていた。
普段の露店は片付けられ、通りは不気味に広く感じられる。漂う冷たい空気が寂寥感を増していた。
「少し前に、何回も物凄い音がしたらしいんだ。闇市場の一番奥のエリアで」
ファエリエはみんなを見上げながら話す。
「憲兵でもこんなに人が隠れない。よほどのことが起きたな」
エレサルは辺りを見渡しながら、矢を弓に軽く引き絞った。背筋を伸ばしながらも、常に一瞬の攻撃にも対応できるよう身構えている。
「よほどの用事がなけりゃ近づきたくない場所だ」
タラナーが呟き、そっと指を祈りの形に組む。ロレンディスも険しい顔で周囲を警戒していた。
◇ ◇ ◇
トーマスは地下室の硬いベッドに寝かされていた。
革鎧は脱がされ肌着姿。右脇腹の出血は止まらず、青白い顔に汗が浮いている。
階上から賑やかな足音と声が降りてきた。
「だから悪かったよ。縄張りの路地が一本違ってたんだ、ごめんよ」
「悪いと思ってるなら早く降りろ。大体なんで孫に足蹴にされなきゃいかんのじゃ」
「もお〜、許してよ〜」
扉が開き、派手な装いの月影乱華の3人が現れる。続いて老人が入ってきた。
「あー! こいつ、アタシらをボコボコにした奴だ!」
女の一人がトーマスを見て声を上げる。
「そんなことより早くせんか。このままだと死んでしまう!」
老人に急かされ、リーダーがしぶしぶトーマスの前に立った。
「癒しの神キラストリエ様、あなたの慈しみの…あれ、なんだっけ?」
「早くせんか!!」
老人がリーダーを思い切り蹴り飛ばす。
「痛っ! お前の爺ちゃん、荒くれ者じゃねーかよ」
赤髪の女がハッとした顔で呟く。
「そういえば小さい頃、父ちゃんが殴り飛ばされてるのを見たことある…」
「え…」
「もう一度蹴るぞ!!」
老人が再び怒鳴った。
リーダーは舌打ちして気を取り直し、ぎこちなくも真剣に祈りの言葉を唱え始めた。
「癒しの神キラストリエよ、あなたの慈しみの心を持って、傷つき倒れたこの者に再び命の躍動を授けたまえ!」
ぎこちない詠唱だったが、キラストリエは願いを聞き届けてくれた。
リーダーの両手が淡い青い光を放ち始める。その光が次第に広がり、トーマスの身体を包み込んだ。薄暗い地下室が、一瞬だけ温かな輝きに満たされる。
「すご、リーダーが魔法使えるの知らなかった」
驚いた赤髪が囁くと、青髪が肩をすくめた。
「僧侶の娘に生まれたけど、修行が厳しすぎて逃げ出したらしいよ」
光が収まると、老人が心配そうにベッドに近づいて覗き込んだ。
「どうじゃ?」
詠唱を終え、大汗をかいたリーダーは疲れた顔で振り返る。「たぶん、上手くいった」そう呟くと、その場にへたり込んでしまった。
「久しぶり過ぎて、体から魔力が全部抜けたみたい。完治はできてないけど、たぶんもう大丈夫。ごめん…寝る…」
リーダーは床に腰を下ろしたまま、ベッドに身体を預けるようにして眠り込んでしまった。
(第8話 完)
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★あとがき★
名前をつけずに登場した女ギャングは、次に登場した時に月影乱華というチーム名が付き、3回目に登場したら治癒魔法もできるリーダーがいることになってしまいました。ぼーっと考えていて「老人の孫が女ギャングにいる」「僧侶の修行をしていた女ギャングがトーマスを助ける」という設定をふと思いついてしまったらこんなことに・・・
次話、闇市場での事件は各所に波紋を広げます。




