第46話
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「ジル!」
今にも飛び出そうとする俺を、ちょうど寮に帰ろうとしていたベルに呼び止められた。
「……ベル」
「どうした!? 一体何があったのだ!?」
こちらへと駈け寄り、心配そうな表情で馬上の俺を見上げる。
「……アル……いや、メルザ様がバルセロス領に戻られた」
「メルザ? メルザとは一体……?」
「悪いが今、それを説明している暇はないんだ! 俺は行……!?」
俺は今にも馬を走らせようとしたが、ベルがいつの間にか手綱を握っていてそれをさせなかった。
「ジル、落ち着け! お前一人でバルセロス寮に行ってどうするというんだ!」
「っ! 決まってる! メルザ様を連れて帰るだけだ!」
心配してくれているベルに向かって俺は声を荒げた。
自分でも最低だとは思うが、それでも、そんな余裕が俺にはこれっぽっちもないんだ!
早くしないと、メルザ様が……!
すると。
——トン。
「っ!? ベ、ベル!?」
「……私も一緒に行く。道中、詳しく教えろ」
何とベルは、俺の後ろに飛び乗ると、俺の胴に腕を回した。
「……駄目だ。お前を危険な目に遭わせられない」
「危険な目に……だと?」
俺はベルにそう告げると、ベルの口から聞いたこともないような低い声が返ってきた。
「ふざけるな! お前はこれから危険な目に遭うというのに、私にはそんなことを言うのか!」
背中越しに、ベルの怒声が響く。
「お前の……お前のことが、心配なんだ……お前のことが、大切なんだ……」
俺の口からは、この言葉を絞り出すのが精一杯だった。
ベルの気持ちが……ベルの、俺への想いが分かるから……。
「心配なのは! ……心配なのは、この私だって同じだ……私は、お前に何かあったらと思うと、それだけで、胸が張り裂けそうになる……!」
くそ……なんでそんなこと言うんだよ。
なんで……。
「だから! 私はお前と共に行く! たとえお前が止めようとも、私は必ずお前と一緒に行くんだ!」
ああ……もう……。
「なあ、ベル……」
「……何だ」
「アルザ様……いや、メルザ様ってさ……実は、“女の子”、なんだよ……」
俺は色んな意味を込めて、ベルにそう告げた。
つまり……俺は……。
だが。
「……それがどうした」
「……え?」
「それがどうした! 今は、アルザ殿……いや、メルザ殿を連れ出すことが先だろう! ……ここから先は、その後だ」
「ベル……」
俺は堪え切れなくなり、後ろへ振り向くと。
「あ……」
ベルは真っ直ぐに俺を見つめていた。
その、吸い込まれそうなほどの美しさをたたえた、深緑の瞳で。
「私は……負けない。バルセロス公爵家にも、メルザ殿にも」
ああ……本当に、ベルは……。
「……分かった」
「っ! ああ!」
俺には、ベルを止められない。
こんな俺なんかに、その全てを示してくれたベルを。
「さあ……「待った」」
覚悟を決め、馬の腹を蹴ろうとした瞬間、なぜかベルに止められてしまった。
「な、何だ!?」
「……一旦、寮に寄ってくれ。五分で支度する」
「あ、ああ……」
今すぐ向かいたいのはやまやまだが、俺に加勢してくれるベルが支度すると言ったんだ。
なら、僅か五分程度、待つしかないだろう。
ということで、俺達は新館の寮へと向かう。
そして、寮の入口で待つこと五分。
「待たせたな」
一頭の馬とともに、甲冑を全身にまとい、不釣り合いな大剣を携えてベルが戻ってきた。
「ベル、その恰好……」
「もちろん、戦だからな」
そう言うと、ベルはニヤリ、と口の端を吊り上げたかと思うと。
「ジル」
「わっ、とと……」
突然、ベルが放り投げたものをキャッチすると……ショートソードか。
「まさか、素手でやり合うつもりだったのか?」
「はは……」
そうだった……慌てていたせいで丸腰なのを忘れてた……。
「じゃあ、行こう!」
「ああ!」
俺達は馬の腹を蹴ると、一目散に町の外へと飛び出した。
バルセロス領を……メルザ様を目指して。
◇
急いで馬を走らせたおかげで、陽が沈む前にバルセロス領の境界付近まで辿り着いた俺達は、早速領主邸……へは向かわず、一旦馬を休めている。
ま、まあ、ここまで走らせ詰めだったし、いざメルザ様を連れ出す時に走ってくれないんじゃ困るしな。
「それで、どうやってメルザ殿を屋敷から連れ出すんだ?」
馬に水を飲ませながらベルが尋ねる。
「ああ、とりあえずは俺が屋敷に忍び込んで、メルザ様を探そうと思うんだが……」
「ふむ……だが、どうやって忍び込む?」
「それは屋敷の壁に張りついて、窓から侵入しようかって思ってたんだけど……」
ベルに話してみて気づいた。
それ、かなり無理があるんじゃね?
つか、壁にしがみついてるときに外の奴に見つかったら、間違いなく弓矢で狙い撃ちされるし、中からも応戦されちまうだろ
「ふむ……なら、私が正面から突入するから、その間にお前は中に侵入しろ」
「……は?」
俺はベルの提案に思わず短くて低い声を上げる。
だって。
「ダメに決まってるだろ! そんなことしたら、お前に危険が……!」
「ジル、お前はメルザ殿を助けに来たんだろう? なら、優先順位を間違えるな」
凛とした表情で、事もなげにそんなことをのたまうベル。
だけど、コイツは分かっちゃいない。
「優先順位だと!? そんなの、お前の安全とメルザ様の救出、どちらも最優先に決まってるだろ! ……お前だって、俺にとっては、その……メルザ様に負けないくらい、大切な女性、なんだから……」
「っ!」
俺がそう告げると、ベルが息を飲んだ。
俺だって、アルザ様の正体がメルザたんじゃなくて男のままだったら、間違いなくベル一筋になってたっつーの……。
「……嬉しい……嬉しいよ、ジル……」
そう呟くと、あのベルがぽろぽろと涙を零し始めた。
う、うう……俺って結構ヒドイ男なのでは……。
「ははは! よし、行こう! 今すぐ行こう!」
涙をグイ、と腕で拭うと、笑顔のベルが馬に跨った。
「あ、ああ……行こう」
俺も馬に跨ると、ベルとともに公爵邸を目指して走り出した。
◇
「ここが……」
「ああ……バルセロス公爵邸、だ」
俺とベルは暗がりの中、壮大にそびえ立つ公爵邸を見つめていた。
「それじゃ、俺は手筈通りに中に進入する。ベルはここで待機して、いつでもメルザ様とともに逃げ出せるよう、準備しておいてくれ」
「分かった」
俺の指示に、ベルが静かに頷く。
さあ……あとは俺がメルザ様を見つけ出すだけだ。
俺は馬を降り、暗闇に紛れて公爵邸に近づいて行く。
正面の門には……衛兵が二人。
俺は衛兵達の視界に入らないように外壁にピタリ、と張りつくと、壁の僅かなでっぱりや隙間に指を掛け、器用に壁を乗り越えた。
……庭には今のところ誰もいない、な。
俺は物音を立てないように、慎重に外壁から飛び降りると、すぐさま近くの木の陰に隠れた。
そして屋敷を見上げ、明かりのついていない窓を確認すると、そこを目指してまた壁を目指し……「誰だ!」……な、何!?
俺は慌てて声のした方向へと振り返ると……クソッ! 庭の中にまで見張りがいるのかよ!
「名乗れ! 貴様は一体何者だ!」
「そう聞かれて答えるバカがいるかよ!」
俺は見張りの衛兵に一気に詰め寄ると、その背後を取る。
そして。
「……悪く思うなよ」
「ぐが!?」
俺は衛兵の首を絞めあげ、意識がなくなったのを確認すると、他の連中に見つからないように木陰へと運んだ。
だけど……失敗した、なあ……。
「オイ!? アイツの姿がないぞ!?」
「クソッ! 侵入者だ! 侵入者がいるぞ!」
上手く処理したと思ったけど、どうやらここの衛兵達は思いのほか優秀だったようだ。
すぐに多くの衛兵がこの庭に殺到してきている。
このままじゃ……!
その時。
「うわああああああああ!?」
突然、男の叫び声が聞こえてきた。
「な、何だ!!?」
「正門前からだぞ!?」
声を聞きつけた衛兵達が、一斉に正門へと向かった。
「ふう……」
俺は安堵の息を吐いたけど……正門で何があったんだ?
そんなことを考えていたが、その答えはすぐに分かった。
「アロンソ家が長女、ベルナデット=アロンソ! 我が愛する人のため、私は喜んで彼の剣となり、盾となろう!」
おいいいいいい!? 何やってんのベル!?
しかも、そんな恥ずかしいことを大声でえええええ!?
そ、それよりも……。
「い、今のうちにメルザ様を見つけ出して、早くベルと合流しねえと……!」
それこそ、ベルに万が一のことがあったら……!
焦る気持ちを必死で抑え、俺は狙いをつけていた窓から中に進入し、慎重にメルザ様のいる部屋を探索した。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日の夜投稿予定です!
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