第47話
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■メルトレーザ視点
ボクがジルと出逢ったのは八歳の頃。
病弱の弟の代わりとして、この頃から“アルトレーザ”としての仮面を被っていたボクは、お父様のお付きとしてフレイレ領へとやってきた。
何でも、お父様はどうしても海路を確保したいらしく、海岸沿いに領地を構えるフレイレ家と交渉をするというものだった。
そんなところに子どものボクを連れて行ってどうするんだろうと思っていたけど、そもそも弟のオマケでしかないボクに、選ぶ権利なんて何もないんだけど。
で、お父様がフレイレ男爵様とお会いされている間、私は屋敷内にある部屋で一人待っていた。
退屈、だなあ……。
ボクはそんなことを思いながら、部屋の中をキョロキョロと見回していた。
すると。
——コンコン。
突然、部屋の窓から音がした。
ボクは窓に近寄って開けてみると……
「やあ」
「ふああ!?」
なんと、そこには一人の男の子がニコニコしがら立っているじゃないか!
しかも、この部屋って二階のはず……一体どうやって!?
「ええと、俺も部屋の中に入っていいかい?」
おどけながら尋ねるその男の子に、私はポカン、としながらただ首を縦に振った。
「へへ、ありがとう」
そして、事もなげに部屋の中に入ると、ポスン、とソファーに腰掛けた。
でも……身なりも平民のソレだし。
「え、ええと、キミは……?」
「ん? まあまあ、俺のことはどうでもいいじゃん! それより、君はなんでこの屋敷にいるの?」
興味深々で尋ねてくる男の子。
そのキラキラとした瞳で見つめる彼に、ボクはなぜか分からないけど。
「あ、うん……お父様がフレイレ男爵様と面談されていて、その付き添いで……」
気がつけば、ペラペラと色々話してしまっていた。
来た理由だけじゃなくて、身の上の話やたった今退屈していることまで。
すると。
「だったらさ! 俺が面白いところに連れて行ってやるよ!」
「わわ!?」
そう言うと、ジルは私の手を引っ張って窓の傍まで連れて行く。
「ん? どうしたの?」
窓枠に手を掛けながら、キョトンとしてボクを見る男の子。
「こ、こんなところから部屋を出るなんてムリだよお! ボク、これでも女の子なんだよ!?」
あ……思わず女の子だなんてばらしちゃった……。
ま、まあ、平民の子だから、お父様や他の誰かに告げ口したりしないか……。
「えー、女の子なの? まあいいや、それより早く行こうぜ!」
「ボクの話聞いてる!?」
だけど、男の子はボクを見ながら首を傾げているばかりで……。
「聞いてるよ。だから、俺が君に手を貸してあげるじゃん!」
男の子はニカッと笑ったかと思うと、またボクの手を引いて……。
「わわっ!?」
「大丈夫だって! ほら、俺につかまって?」
ボクは下を見るのも怖くて、震えながら男の子にしがみつく。
すると、彼はボクを抱えたままヒョイヒョイ、と簡単に飛び移っていき、そして。
「ホラ、怖くなかっただろ?」
そう言うと、男の子はまたニカッと笑った。
「来いよ! スゲエとこに連れてってやるから!」
「すごいところ?」
「おう! スゲエとこだ!」
嬉しそうに話す男の子。
ボクはそんな彼の後を必死で追いかけた。
「あれがそうさ!」
「うわあああああ……!」
男の子が指を差しながら自慢げに語るのが、海に停泊している一隻の大きな船だった。
「来いよ!」
「ええ!?」
男の子はまたボクの手を引くと、桟橋から船の上へと続く板を渡って、ボク達は乗船じした。
「へへー! これ、俺の父ちゃんの船なんだ!」
「ふああああ……こんなお船を持ってるなんて、すごいねえ……!」
「おう! 俺も大人になったら父ちゃんみたいな船乗りになって、色んなところに行くんだ!」
鼻をこすりながら、嬉しそうに語る男の子。
そんな男の子を見て、ボクは。
「いいなあ……」
無意識に、そんなことを呟いた。
「だったら、俺が立派な船乗りになったら、君を乗せてあげるよ!」
「ホ、ホント? ……あ、でも……」
そうだった。
ボクはアルザの代わりでしかないんだから、そんな自由なんてないんだった……。
そう考えたら、悲しくなって、切なくなって、ボクは俯いてしまった。
すると。
「おいおい! なんだよそんなにしょぼんとしたちゃって! ……って、あー……さっき部屋で話してくれた、アレかあ……」
「う、うん……」
事情を察してくれた男の子は、少しだけガッカリした表情を見せ……なかった。
「だったら! その時は俺が、君を連れ出してあげるよ!」
「連れ出す……?」
「そう! 俺は父ちゃんみたいな船乗りになるんだから、君くらい、連れ出すことなんてわけないよ!」
本当に、そんなことできるのかな……?
おずおずと男の子を見つめると、彼は何一つ疑っていないかのような、真っ直ぐな瞳をしていた。
「……じゃあ、その時はボクを連れてってくれる?」
「! もちろん! 俺と一緒に行こう!」
男の子は、ボクに向けて嬉しそうに右手を差し出す。
「うん……!」
ボクも男の子の手を差し出し、思い切り握手をした。
本当に……素敵な男の子、だなあ……。
気がついたら、ボクは男の子をジッと見つめていた。
すると。
「おお! ここにいましたか!」
少し恰幅のいい身なりの整ったおじさん……来た時にお会いした、フレイレ男爵様が手を振りながらこちらへと駈け寄ってきた。
「あ……フレイレ男爵様」
「いやいや、バルセロス公がお待ちですぞ! さあ、私と一緒に屋敷に戻りましょう」
そう言うと、なぜか男爵様は男の子をジロリ、と見た。
「ジル……お前、勝手にアルトレーザ様を連れ出したな?」
「~~♪」
ジト目で見る男爵様の視線をまるで気づかないかのように、明後日の方向を見ながら口笛を吹く男の子。
だけど……“ジル”っていうのかあ。
「全く……うちの“息子”がすいません……」
頭を掻きながら、ペコペコする男爵様。
「い、いえ! シルくんのおかげで楽しかったです! それに……約束も、しましたから……」
そう言うと、ボクはちょっとだけ恥ずかしくなって俯いてしまった。
「はあ……ジル、お前、ちゃんと責任取れよ?」
「もちろん! 分かってるよ!」
ジルは、男爵様に向かってサムズアップした。
「全く……しょうがない奴だ……」
やれやれといった表情で肩を竦める男爵様。
だけど、ジルを見つめるその瞳はすごく優しかった。
「さあさ、戻りましょう! ほらジル、お前も一緒に帰るんだ」
「へーい」
面倒くさそうに返事をすると、ジルは僕の隣にやってきた。
「へへ」
「あはは」
その日から、ボクはジルと一緒に船に乗ることだけを夢見ていた。
あの、未来になにも希望が持てなかったボクに、こんな素敵な夢を与えてくれたジルと一緒に……。
でも、そんな夢は十四歳を迎えたあの日、一瞬で崩れ去った。
お父様から聞、アルザに命を差し出すように言われたあの日に。
だから……せめてその日が来るまでって、最後の我儘を言って、学園でジルと同じ寮に迎え入れて……そして、成長したジルに出逢って……。
久しぶりに見たジルは、想像した通り……ううん、想像以上に素敵になっていて、ボクは自分の心を抑えるのに必死だった。
本当は、すぐにでもジルに抱きつきたかった。
ジルに、あの日の思い出を一緒に語り合いたかった。
だけど……そんなことしたら、ジルに迷惑が掛かっちゃう。
だからボクはずっと我慢して、でも、ジルともっと一緒にいたくて……。
でも。
結局ボクは、ジルの前から消え去ることを選んだ。
ジルはバルセロス家なんかに負けないって言ってくれたけど、それでも、ジルのご実家も少なからず被害を受けるから……下手をしたら、ジル自身にだって……。
そして今、ボクはバルセロス家に戻って、最後の時をただ静かに待ち続けている。
「イヤだよお……ジルと、一緒にいたいよお……!」
諦めたはずなのに。
受け入れたはずなのに。
ボクの口からは、そんな呟きばかりが漏れる。
——コンコン。
突然、窓をノックする音が聞こえた。
一体なんだろう……というか、ここって三階なんだけど!?
そう思いながらも、ボクには予感があった。
あの日、ボクに夢を与えてくれた時のように、あの窓からあの男の子が颯爽と現れる、そんな予感が。
「あは……まさか、ね……」
ボクはかぶりを振りながらゆっくりと窓へと近づくと、静かに窓を開けた。
すると……ボクの瞳から涙が溢れ出す。
だって……だって……!
「お迎えにあがりました、メルザ様」
——そこには、ボクが世界一大好きな、あのジルがいたんだから。
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次回は明日の夜投稿予定です!
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