第49話
蒸し暑い夏の気配が迫る、7月上旬。
地下の隔離教室『3年F組』では、1学期の締めくくりとなる『期末魔導テスト』が行われていた。
だが、ここは規格外のバケモノたちの収容所だ。静かな試験の空気は、突如として悍ましい魔力の暴走によって引き裂かれた。
「あ……あぁぁっ……!」
最前列に座る女子生徒・ココロが、突如として答案用紙に血の涙をポタポタとこぼし始めた。
彼女の全身から、異常な高熱とドロドロとした黒い魔力が噴き出している。
「……ココロさん。あなた、自分の魔力回路に何を流し込んでいるのですか!?」
試験監督を務めていたケンタロウが、青ざめて叫んだ。
ココロの腕には、スラムで出回る『違法な記憶抽出魔薬』の注射痕が無数に刻まれていた。自分の寿命と脳細胞を焼き切る代償に、強引に知識を脳へダウンロードする致命的な魔法的カンニング。
「不正行為……魔力ドーピングですか! 危険だ、回路が焼き切れるぞ!」
ケンタロウが後ずさる中、ココロは血を吐きながらペンを握り締め、虚ろな目で笑った。
「違うの……私……点数を取らなきゃ、またゴミとして捨てられる……っ! エリートの大人たちに、私には価値があるって証明しなきゃ……っ!」
F組という最底辺に落とされた劣等感。点数という呪縛に脳を焼かれ、命を削ってでも「正解」を書き殴ろうとする少女の絶望。
その時――。
ドゴォォォンッ!!
教室の扉を蹴り破り、白褌一枚の俺、坂本エルロンドが弾丸のように飛び込んできた。
「さ、坂本先生! 彼女がドーピングで不正を――」
「退いていろ!!」
俺は教卓を飛び越え、暴走するココロの前にドスンと仁王立ちした。
「ココロ! ペンを置け!!」
「いやだぁぁっ! 私から点数を奪わないでぇぇぇっ!!」
俺は白褌姿のまま、ココロがしがみつく答案用紙を強引に奪い取ると、彼女の目の前でバリバリと力任せに引き裂いた!
「ああっ!? 私の……私の点数が……っ!」
「目を覚ませ、バカヤローッ!!」
俺の雷鳴のような咆哮が、地下教室の空気を激震させた。
「たかが紙切れの上の点数で、お前の命の価値が決まるか!!」
俺は暴走するココロの肩をガシッと掴み、極東の『氣』を強引に流し込んで、彼女の体内の毒を中和していく。ジュゥゥッという音とともに、俺の腕の皮膚が焼け焦げる。
「いいかココロ! 点数や正解なんてものは、エリートの大人どもが自分たちの都合で作っただけの『見せかけの定規』だ! そんな定規で測れないバケモノだからこそ、お前たちはここにいるんだろうがッ!」
俺は己の分厚い胸を、ドスンと力強く叩いた。
「自分の命を削ってまで、他人の作った定規に媚びを売るな! 0点で上等だ! 他人に認められるためじゃなく、お前が『明日を生き延びるため』の知識だけを、その牙で泥臭く喰い破れ!!」
命を燃やした魂の叫び。
ココロの瞳から狂気がスッと消え去り、代わりにボロボロと大粒の悔し涙がこぼれ落ちた。
「先生……! ごめんなさい……っ! 私……嘘の点数なんて要らない……! 生きたい……っ!!」
ココロは俺の白褌にしがみつき、涙ながらに慟哭した。
俺はココロの背中を力強く叩き、静まり返ったF組の生徒たちを見渡した。
「お前らもだ! 紙切れの点数で人生が決まると思うな! テメェの価値は、テメェの流した血と汗で証明しろ!!」
――その放課後。
夕陽が差し込む学院の裏手。俺の足元を、用務室のシルバーパグが「フゴッ! フゴッ!」と激しく服の裾を引っ張ってきた。
「ん……? どうしたシルバー、いつもより呼吸が荒いぞ?」
シルバーは俺を見上げると、裏庭の廃棄物置き場へとトコトコと走っていった。
後を追った俺の目に飛び込んできたのは……血に染まった段ボール箱だった。
箱の中を覗き込んだ瞬間、俺は息を呑んだ。
中に丸まっていたのは……シルバーと同じ、銀灰色の毛並みをした小さな子パグだった。
だが、ただ捨てられているわけではない。子パグは「ヒューッ、フゴッ」と異常な呼吸音を立て、その小さな腹部は不気味な赤黒い光を脈打たせていた。
鼻が短く呼吸器がデリケートなパグが、極度の魔力ストレスに晒された時に見せる拒絶反応。
「こいつの腹の中に……何かが埋め込まれている……!?」
俺は子パグを抱き上げ、すぐさま丹田の『氣』を刃のように研ぎ澄ました。
「少し我慢しろよ……ッ!」
気功による無血切開。俺は子パグの腹部から、赤く明滅する小さな金属球を素手で摘み出した。
それは――カルロスが裏で製造を進めていた『魔力圧縮爆弾』の小型テストサンプルだった。威力実験の検体としてこの子パグの体内に埋め込まれ、不要になったため捨てられたのだ。
俺は抜き取った爆弾の信管を素手で握り潰し、小さな命を白褌の胸元で固く抱き締めた。
先代のシルバーが、よく頑張ったなと子パグの頭を優しく舐めている。
「……こんな悪趣味な真似をする奴は、この学園に一人しかいねえ」
俺の眼光が、かつてないほどの鋭い殺意と怒りを帯びた。
「ふっ……上等だ、カルロス。この小さな命への冒涜、この坂本エルロンドが絶対に許さんぞ」
新しい家族の命を胸に抱き、白褌教師・坂本エルロンドと、学園のすべてを吹き飛ばそうとするテロリストとの死闘の火蓋が、ついに切って落とされたのだった。




