↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/52

第50話

 蒸し暑い夏の夜風が吹き込む、7月中旬の放課後。

 誰もいなくなった地下の『3年F組』の教室で、俺、坂本エルロンドは白褌一枚の姿で教卓に陣取り、血眼になって極小の機械部品と睨み合っていた。

 前日、校門脇に捨てられていた子パグの腹から摘出した『魔力圧縮爆弾』のテストサンプル。俺は極東の『氣』を指先に込め、カルロスが仕組んだ起爆術式の構造をミリ単位で逆算・解析し、学園に迫る本命のテロを阻止する糸口を必死に探っていた。

「フゴッ……フゴッ……」

 俺の足元では、腹部の切開創を包帯でぐるぐる巻きにされた小さな銀灰色のパグ――『ペス』が、荒い息を吐きながら丸まっていた。

 テロリストの実験台にされ、腹を割かれた小さな生存者。

「すまねえな、ペス。もう少しの辛抱だ。俺が必ず、カルロスの本命の爆弾を叩き潰してやるからな」

 俺はペスの頭を撫でながら、爆弾のコアへ意識を集中させた。

 ――その時だった。

「……坂本、先生」

 背後から、蚊の鳴くような、ひどく掠れた声が響いた。

 振り返ると、教室の隅の暗がりに、男子生徒のケイタロウがぽつんと立っていた。

 いや、「立っている」という表現は正確ではない。彼の身体の輪郭は陽炎のようにブレて、後ろの黒板が透けて見えていた。

「ケイタロウ! お前、帰っていなかったのか! その身体は……!」

「僕……今日、家に帰りたくないんです」

 ケイタロウの特異体質『存在消失の呪詛』。

 極度の孤独と自己否定に陥った時、彼は周囲の魔力を巻き込みながら、自らの存在確率を物理的に世界から消し去ってしまう。放置すれば、彼自身が完全に「無」となり、周囲の空間ごと不可逆の消滅を引き起こす極めて危険なバケモノ。

 その呪いが今、暴走の臨界点に達しようとしていた。

「家の中に、僕の居場所なんてどこにもないんです」

 透けゆく身体のまま、ケイタロウが虚ろな瞳で呟く。

「父さんも母さんも、優秀な兄さんのことしか見てない。僕はいつも透明人間みたいに扱われて……。学校でも、家でも、僕が何を考えているのか、誰も聞いてくれない……っ」

 ケイタロウの足元から、床のタイルが音もなく消滅していく。

「家に帰って透明人間になるくらいなら……このまま本当に、世界から消えてしまいたいんだよぉぉぉっ!!」

 少年の悲痛な叫びとともに、呪詛が爆発的に膨張し、ケイタロウの姿が完全に空間から消失した。視覚も、魔力探知も、すべてが彼を見失う。

「ケイタロウッ!!」

 俺が手を伸ばした瞬間。

「ワンッ!! フゴォォォッ!!」

 足元のペスが、腹の痛みを堪えながら猛然と立ち上がり、何もない空虚な空間に向かって激しく吠えたてた。

 魔力は消せても、生き物としての「匂い」と「微かな熱」は、動物の生存本能(嗅覚)を誤魔化せない。

「そこかッ!!」

 ペスの吠えた方角へ向け、俺は丹田から極限まで練り上げた『氣』を、目に見えないケイタロウの気配へ向けて叩きつけた。

 ドゴォォォォンッ!!

 極東の武術による圧倒的な「質量の圧力」。

 魔力という幻影を、生身の肉体の重力がへし折る。空間がガラスのようにひび割れ、悲鳴とともにケイタロウの実体が床に叩きつけられた。

「うあぁぁっ……! なんで……なんで止めるんですか! 消してよ……僕を消してよッ!」

「バカヤローッ!!」

 俺の雷鳴のような咆哮が、地下教室の空気を激震させた。

 俺は床に倒れ込むケイタロウの胸ぐらを、白褌の太い腕でガシッと力強く掴み上げ、その透けかけた身体に強引に『命の熱』を流し込んだ。

「親が見てくれないから消えるだと!? ふざけるな! 透明人間に扱われたなら、てめえのその重い肉体で、親の視界を物理的にこじ開けろッ!!」

 俺は自らの分厚い胸を、ドスンと叩き鳴らした。

「見てほしけりゃ、叫べ! 泣け! 足掻け! 自分がここに生きているという事実を、親の顔面に叩きつけてこい! 逃げて消えるような真似を、この坂本エルロンドが許すと思うかッ!!」

 圧倒的な質量。逃げ場を許さない、真実の生への執着。

「見ろ、ケイタロウ!」

 俺は足元で必死に吠え続けるペスを指差した。

「この小さな命はな、テロリストに腹を割かれ、使い捨ての爆弾にされても……こうして傷だらけで吠え、必死に生きようとしているんだぞ! 五体満足のお前が、たかが親に無視されたくらいで、自分の命をドブに捨てるなァァァッ!!」

 言葉ではなく、腹に包帯を巻いた小さな命の激しい咆哮が、ケイタロウの鼓膜と魂を強く打った。

 ペスがケイタロウの足元に駆け寄り、その冷え切った震える手を、温かい舌で必死に舐め上げる。

「あ……あぁ……っ」

 圧倒的な生身の熱と、決して消えることのない命の重さ。

 ケイタロウの身体から、存在消失の呪詛が霧散していく。

「先生……っ! ペス……っ! 僕……本当は……消えたくない……! 僕を見てほしいんだよぉぉぉっ!!」

 ケイタロウは俺の白褌の腕の中で、ペスを抱き締め、ついに声を上げて大泣きした。

 小一時間後。

 涙を拭い、確かな「質量」を取り戻したケイタロウが、しっかりと地面を踏み締めて教室の扉の前に立っていた。

「……坂本先生。ペス。僕、帰ります」

 少年の瞳には、もう逃避の影は微塵もなかった。

「透明人間にはならない。僕がここにいるってこと……親父と母さんに、正面から言ってくるよ」

「おう! 胸を張って、てめえの足音を響かせて帰れ!」

 ケイタロウは深く頭を下げると、力強い足取りで夜の学園を後にし、家庭という戦場へ自らの足で突撃していった。

「フゴッ……フゴッ」

 俺は膝元のペスの頭を優しく撫でながら、再び机の上の『魔力圧縮爆弾』のコアへと鋭い視線を戻した。

「ふっ……自分の存在を懸けて戦う男の背中は、重くてデカいな」

 生徒が己の戦場へ向かったのなら、教師もまた、己の死地へ向かわねばならない。

 ペスの腹を割いたカルロスの凶行。学園を巻き込む大テロルへのカウントダウンは、いよいよ最後の秒針を刻み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。