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『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

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第43話

 新緑の葉が風に揺れる、5月の初旬。

 王立ブロッサム学院の隔離教室『3年F組』が、また一つ校内に致命的な危機を巻き起こしていた。

「坂本先生! あなたのクラスのシンイチ君を今すぐ物理的に拘束しなさい!」

 旧校舎の裏手。教頭が真っ赤な顔をして俺に向かって怒声を浴びせていた。

 その視線の先――立ち入り禁止のフェンスの向こう側で、男子生徒のシンイチが、虚ろな瞳で一人ポツンと立ち尽くしている。

 彼はスコップなど持っていない。だが、彼が絶望に沈んだ瞳で足元を見つめるだけで、校庭のコンクリートと土がドロドロに溶け、音もなく『底なしの深穴』が形成されていた。

「彼の『虚無の浸食魔力』のせいで、すでに校庭の地盤が直径十メートルにわたって崩落しかけているんですよ! これ以上放置すれば、校舎の基礎まで溶かされて倒壊します!」

 感情の欠落とともに周囲の物質を無に還す、極めて危険な特異体質。それこそが、シンイチがF組に隔離された理由だった。

「シンイチ君! なぜ校庭の地盤を溶かすのです! 理由を言いなさい!」

 教頭が安全な距離からメガホンで問い詰めるが、シンイチは唇を固く結び、一言も喋ろうとしない。ただ無表情な瞳で、自らが作り出した底なしの穴の奥を見つめていた。

「もういい、教頭。……俺が行く」

 俺、坂本エルロンドは制止を振り切り、白褌一枚の姿でフェンスを飛び越えた。

「シンイチ!」

 俺の声に反応したのか、シンイチはビクッと肩を震わせると――あろうことか、致死性の魔力瘴気が渦巻くその崩落の穴の底へと、身を投げたのだ!

「なっ……! シンイチ君が飛び降りたぞ! 自死する気か!」

 パニックに陥る教頭たちを背に、俺は一秒の躊躇もなく、崩れゆく大穴の底へ向かって真っ逆さまに飛び降りた。

 ――泥と瘴気が充満する、地下十五メートルの穴の底。

 ドゴォォォンッ!!

 俺は極東の『氣』で着地の衝撃を殺し、崩落する土砂を分厚い背中で受け止めた。

 むせ返るような死の匂いの中、シンイチは土砂に塗れながら、泥の中から『古びた木製の小箱』を必死に掘り出し、抱きしめていた。

「……シンイチ。お前、そのために自らの魔力で地盤を溶かして、こんな場所まで掘り進んでいたのか」

 俺はシンイチの前に、ドスンと重い音を立てて両膝をついた。

 シンイチが抱きしめている小箱。そこからは、周囲の土を黒く腐らせるほどの『強烈な呪詛の瘴気』が漏れ出していた。

 数年前に亡くなったという彼の妹の形見。彼女が病床で遺した魔導オルゴールだ。妹の死の間際の無念と孤独が魔力残滓となって蓄積し、呪いの塊と化している。

「お前は……この呪物が学園を汚染する前に、誰にも言わず、たった一人で回収して抱え込もうとしていたんだな」

 シンイチは目を見開き、息を呑んだ。

 周囲の土砂がミシミシと音を立て、今にも二人を生き埋めにしようと崩れかかってくる。

「先生……来ちゃダメだ……っ!」

 シンイチの無表情だった瞳から、ポロポロと大きな涙がこぼれ落ちた。

「このオルゴールは、妹の無念そのものなんだ! 大人はみんな『危険だから焼却炉で燃やせ』って言うから……っ! 妹の残した最後の声まで燃やされたら、妹が本当にこの世から消えちゃう気がして……怖かったんだよぉぉぉっ!!」

 少年がたった一人で抱え込んでいた、命懸けの孤独。呪われてでも、妹の記憶を守りたかったという血を吐くような愛。

「うああぁぁぁっ……! 僕が……僕の魔力と一緒に、ここで全部消えれば……っ!」

 自暴自棄になったシンイチの虚無の魔力が暴走し、穴の底がさらに崩落しようとしたその瞬間――。

「バカヤローッ!!」

 俺の咆哮が、地下の底から地上の空までを激震させた。

「一人で抱え込んで、自分ごと呪いに押し潰されることが、お前の妹への愛かッ!!」

 俺は白褌姿のまま、致死の瘴気を放つオルゴールごと、シンイチの身体を強引に抱きしめた。

「先生ッ!? ダメだ、先生の体が呪いで腐っちまう!」

「黙って見ていろ!」

 ジュゥゥゥッ!!

 白褌から露出した俺の皮膚を瘴気が焼く。だが俺は一歩も引かず、丹田から極限まで練り上げた極東の『氣』を、シンイチとオルゴールに直接流し込んだ。

 生命の熱。圧倒的な陽のエネルギーが、死の呪詛と真っ向から激突し、中和していく。

「お前の大切な思い出を、誰がゴミだなんて言うものか! 誰が焼却炉で燃やすものかッ!」

 俺は血の滲む腕で、シンイチの背中を力強く叩いた。

「過去の呪いに縛られて死ぬな! 妹の記憶を、テメェが明日を生き抜くための熱(エンジン)に変えろッ!!」

 ガキンッ……!

 俺の氣の圧力によってオルゴールの呪詛が完全に浄化され、中から、優しく澄んだ本来の美しい音色が、地下の穴の底に響き渡った。

 それは、死の呪いではなく、確かな『生きた記憶』の音だった。

「あ……あぁ……っ! 妹の、大好きな曲だ……っ!」

 シンイチは浄化されたオルゴールを胸に抱き、俺の白褌に顔を埋めて、子供のように声をあげて泣きじゃくった。

「先生……っ! ありがとう……ありがとう坂本先生ぇぇぇっ!!」

 逃げ場のない絶望の中にいた少年が、初めて生身のぬくもりを知り、魂の叫びを上げた瞬間だった。

「よし、帰るぞシンイチ! しっかり捕まれ!」

 俺はシンイチを背負い、崩落しゆく土の壁を強靭な脚力で蹴り上げ、一気に地上へと跳躍した。

 ドッシャアァァァンッ!!

 俺たちが地上へ着地した直後、教頭たちが腰を抜かす前で、穴の底は完全に崩落し、静寂を取り戻した。

「さ、坂本先生……! 無事だったか! しかし、校庭にこんな大穴を空けて、どう責任をとるつもりだ!」

 青ざめる教頭に対し、俺は白褌の帯をパチンと弾き、ニヤリと笑った。

「教頭! ガタガタ騒ぐな! こんな穴、俺がこの手で山から土を運んで、明日の朝までに全部元通りに埋め立ててやる!!」

「えっ……先生一人で、人力で埋める気ですか!?」

「当たり前だ! 生徒のやらかした泥を被って労働するのが、担任の仕事だろうが!」

 圧倒的な熱量と、物理的な実証。

 背負われたシンイチの顔には、もう虚無の影は微塵もなかった。

 夕空へ響き渡る熱き師弟の笑い声。

 危険なバケモノの集まりである『3年F組』は、また一つ、誰にも奪えない不滅の絆と、人間の心を手に入れたのだった。

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