第40話
奇跡と感動に包まれたあの卒業式から、わずか数週間。
王立ブロッサム学院に新たな春の風が吹き抜けようとしていた三月下旬。俺、坂本エルロンドは、新年度の準備に追われる静かな校舎で、教頭から校長室へ呼び出されていた。
「……坂本先生。単刀直入に申し上げます」
教頭は冷や汗を拭いながら、分厚い魔法封印が施された『極秘指定』の書類束を俺の前に差し出した。
「今年度から、我が王立ブロッサム学院の旧地下区画に……これまで存在しなかった『特別監視学級』を設置することになりました。そのクラスの名は……『三年F組』です」
「F組……? 従来の編制からはみ出たクラスか。なぜ突然そんなものを」
教頭は眼鏡の位置を直すと、ひどく事務的で冷酷な声で告げた。
「ここに集められるのは、規格外の魔力や危険思想を持ち、他の担任たちが指導を放棄した『筋金入りの危険分子』たちです」
俺は差し出された調書をめくり、眉をひそめた。
感情の起伏で周囲の空間ごと建物を吹き飛ばす、制御不能の爆破魔の少年。
古代の呪詛と暗黒魔導に魂を侵食され、周囲の生命力を吸い取る少女。
スラムで育ち、貴族への憎悪から重傷沙汰を繰り返すストリートの無法者――。
「彼らは社会からも学院からも『Failure(廃棄品)』と烙印を押された、F級の生徒たちです。本来なら即刻退学ですが……彼らを野に放てば、裏社会のテロ組織に拾われ、国家の脅威になる。ゆえに上層部は、彼らを卒業まで地下の結界施設に隔離し、飼い殺すことを決定したのです」
「飼い殺すだと……?」
「ええ。そして、この手に負えない爆弾の集まりを監視し……万が一彼らが暴走して命を落とすような事態になった時、すべての責任を負って首を切られる『看守』として……白褌一つで無茶を繰り返してきたあなたが選ばれました」
エルロンドを体のいい捨て駒として扱う、大人たちの残酷な政治的判断。
俺の胸の奥で、静かに、だが底知れぬ怒りのマグマが沸騰した。
「……隔離だと?『F級の廃棄品』だと……?」
ダンッ!!
俺は分厚い無垢材の校長机を、素手で叩き割らんばかりの勢いで殴りつけ、教頭の前に堂々と立ち塞がった。
「生徒をアルファベットで選別し、臭い物に蓋をしてゴミ箱に追いやるのが……お前たちエリートの教育か!!」
「さ、坂本先生……! 断るのですか!? これは理事会決定で――」
「いいだろう、教頭! その『三年F組』、この坂本エルロンドが引き受けてやる!!」
俺は己の肉体美を誇示するように仁王立ちし、親指で自分の分厚い胸を力強く指し示した。
「世間や学院がいくら『F級のゴミ屑』だと笑おうが関係ねえ! 看守だの捨て駒だの、上等だ! 居場所を奪われ、暗闇に落とされた奴らの最後の砦として……俺がこの白褌一枚で、全員の命と人生を背負い込んでやる!!」
圧倒的な覚悟。狂気すら孕んだ白褌の気迫に、教頭は呆然と息を呑み、言葉を失った。
――数日後。新学期の始業式の日。
王立ブロッサム学院の旧校舎の最奥。何重もの『魔力封印結界』が張り巡らされた、地下の特別隔離教室。
窓もなく、冷たい石壁に囲まれたその部屋の黒板には、極太の筆跡でデカデカと文字が刻まれていた。
『3年F組・坂本エルロンド』
重厚な鉄扉が開き、集められた生徒たちが重い足取りで足を踏み入れてくる。
触れるものを拒絶する鋭い殺気を撒き散らす者。床だけを見つめ、光を恐れる瞳を持つ者。深くフードをかぶり、呪詛の気配を漂わせる者……。
誰もが「どうせここでも見捨てられる」「大人はみんな敵だ」という、分厚く冷たい絶望の鎧を纏い、死んだような目をしていた。
彼らが教壇を見上げた、その瞬間――。
そこには、地下の冷気をものともせず、全身から猛烈な『氣』の陽炎を立ち昇らせながら、真っ白な白褌一枚で仁王立ちする巨漢教師の姿があった。
「な……なんだこの変態は!?」
「白褌……!? ここ、なんの罰ゲームの部屋だよ……」
殺伐としていた生徒たちが、理解不能な光景に思わず毒気を抜かれ、どよめく。
俺は白褌の帯をパチンと弾くと、三十人の危険な問題児たちに向かって、地下室を揺るがす腹底からの雷鳴を轟かせた。
「ようこそ……3年F組へ!!」
俺の咆哮が、張り巡らされた結界の術式をビリビリと震わせた。
「お前たちをここに押し込んだ連中は、Fを『Failure(廃棄品)』のFだと言った! だがな、今日からこのクラスのFは……理不尽な世界に反撃の狼煙を上げる『Frontier(最前線)』のFだ!!」
呆然とする生徒たち。戸惑い、あるいは睨みつける無数の反抗的な瞳。
「今日からここが、お前たちの新たな城だ! 世間がお前たちをバケモノだと笑おうが、俺は絶対にお前たちを見捨てん! 裸の心でぶつかり合い、テメェらの力で最高の未来をぶん獲るぞ、お前ら!!」
傷つき、社会から弾き飛ばされた三十人の規格外のバケモノたちと、白褌の熱血教師・坂本エルロンド。
新たなる死闘の舞台となる『3年F組』が、今、ここに圧倒的な熱量とともに幕を開けたのだった。




