第39話
昨夜の暴風雨が嘘のように晴れ渡り、暖かな春の陽射しが王立ブロッサム学院の講堂を黄金色に包み込んでいた。
『三年B組・卒業証書授与式』。
静まり返った講堂の壇上。胸に真っ赤なコサージュをつけ、引き締まった顔で着席する三十人の生徒たち。
最前列には、誇り高く胸を張るガトーの姿があった。
隣には、調理学校への夢を掴んだヒカル、心の氷を溶かし温かい笑顔を見せるユウコ、父親との絆を取り戻したレオ、新しい命の誕生を見届けたヒロユキ、泥臭い職人の誇りを胸に抱くユウイチ。
全員が、この一年間で理不尽な世界とぶつかり合い、泥を舐め、自らの足で立ち上がった不滅の戦士たちだった。
教壇の上に進み出たのは――正装の黒紋付羽織袴ではない。
プラム校の魔力炉の暴走を素手で食い止めた代償として、両腕から上半身にかけて痛々しい火傷の包帯を何重にも巻き、その上に真っ白に洗われた白褌一枚を締めた俺、坂本エルロンドだった。
教頭や保護者たちから息を呑む音が漏れるが、誰一人として嘲笑う者はいなかった。
血の滲むその包帯と白褌こそが、三十人の命と心を命懸けで守り抜いてきた「真実の教師の正装」であることを、会場の誰もが知っていたからだ。
俺の脳裏を、この一年間の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
思春期内科で痩せ細っていたタカノを救い出したあの日。
サトルのいじめを打ち砕き、絶対的な命の境界線を引いた日。
ガトーという孤独な炎を自室に引き取り、正面から殴り合った日。
ユウコの絶対零度の氷の城を、共鳴で溶かした日。
地下の排魔浄化施設で泥と瘴気にまみれ、労働の尊さを知った日。
親のレールをぶち壊し、それぞれの切符をその手で掴み取った日。
あいつらは……全員、俺の命より重い、最高の宝物だ。
俺は目頭に熱いものを感じながら、教卓の上の卒業証書に焦げた手を置き、丹田の底から深く息を吸い込んだ。
「卒業証書授与……! 三年B組!」
俺の声が講堂の天井を震わせ、全員の胸に深く、重く響き渡った。
「一番……ガトー!」
「はいッ!!」
ガトーが地鳴りのような力強い返事とともに立ち上がった。
かつて「腐ったミカン」と呼ばれ、社会から捨てられかけた少年が、堂々と胸を張って俺の前へと歩み出てくる。
俺はガトーの真っ直ぐな目を見つめ、包帯だらけの手で証書を差し出した。
「ガトー……お前はもう、誰の同情も要らん本物の男だ。お前のその手で、自分の未来を切り開いていけ!」
ガトーは、魔導エンジンの油と無数の傷が刻まれた分厚い職人の手で、俺から証書をガシッと受け取った。
「……はい! 俺の炎はもう、何かを壊すためには使いません! 坂本先生……ありがとうございましたッ!!」
「二番……ヒカル!」
「はいッ!」
ヒカルは、包丁の切り傷とオーブンの火傷でボロボロになった両手を真っ直ぐに伸ばし、証書を受け取った。
「先生! 俺、絶対に世界一熱い料理人になります!」
「三番……ユウコ!」
「はいっ! 先生……もう絶対に、自分から一人にはなりません!」
分厚い魔導書を読み込み、インクで黒く染まった指先。
「四番……レオ!」
「はいッ! 父さんと街のインフラを支える、泥臭い技師になります!」
「五番……ユウイチ!」
「はいッ! 俺のこの手で、壊れた世界を直して生きていきます!」
一人ひとりの名を呼ぶたびに、俺の目からボロボロと大きな涙がこぼれ落ち、白褌を濡らした。
三十人の生徒たちが、それぞれの傷と泥にまみれた「生身の手」で、俺から証書を受け取っていく。
最後の三十番目の生徒に証書を渡し終えた時、講堂全体から割れんばかりの拍手と、保護者たちの嗚咽が巻き起こった。
生徒全員が壇上を向き、ガトーが一歩前へ踏み出した。
「三年B組……起立ッ!!」
三十人の戦士たちが、一斉に立ち上がる。誰一人として下を向く者も、ひれ伏す者もいない。
彼らはそれぞれの傷だらけの拳を、春の空に向かって力強く突き上げた。
「「「坂本先生ぇぇぇっ!! 一年間……俺たちの命を燃やしてくれて、本当にありがとうございましたぁぁぁっ!!」」」
腹の底から絞り出された、三十人の魂の咆哮。それは恩師への感謝であり、理不尽な世界へ立ち向かう絶対の宣戦布告だった。
俺は耐えきれず、包帯に巻かれた大きな腕で顔を覆い、子供のように声を上げて号泣した。
「うああぁぁぁんっ! バカヤローどもが……! お前たちは俺の、最高の誇りだぁぁぁっ! どこへ行っても……自分の足で立って、泥を舐めて、胸を張って生きていけぇぇぇっ!!」
春の温かい風が講堂を吹き抜け、舞い散る桜の花びらが三十人の未来を祝福するように降り注いでいた。
白褌の熱血教師・坂本エルロンドと、三年B組の三十人が紡いだ激闘の物語は、ここに堂々の完結を迎えた。
彼らが流した血と汗と涙、そして「裸の心」でぶつかり合った青春の誇りは、これからも王立ブロッサム学院の空に、永遠の炎として力強く燃え続けるのだった。




