第38話
三月中旬。暖かな春の陽射しが王立ブロッサム学院の校庭を包み、翌日に控えた『卒業式』の準備が着々と進められていた。
しかし、職員室の雰囲気は、飛び込んできた一報によって異様な緊迫感に包まれていた。
「坂本先生……! 隣接するプラム校で、武装蜂起です!」
教頭が血相を変え、水晶通信機の記録を俺に見せてきた。
「指導に反発した生徒たちが、地下の『魔力炉』を占拠して立てこもっています! 要求が通らなければ炉を暴走させて自爆すると……! すでに治安維持騎士団の完全武装部隊が包囲を完了し、強行突入の秒読み段階に入ったそうです!」
「プラム校が……」
俺、坂本エルロンドは白褌の結び目をギュッと締め直した。
プラム校――それは、かつてガトーが追放された、理不尽な管理教育で知られる荒れた学院。
「騎士団が動いたなら、主犯格は射殺される可能性が高い。……待て、ガトーはどこだ!?」
俺は校庭の窓を開け放った。だが、さっきまで片付けをしていたガトーの姿は、すでにどこにもなかった。
――プラム校・地下魔力炉。
薄暗い地下室で、主犯格の少年・ツトムが、血走った目で暴走寸前の魔力炉のバルブを握り締めていた。かつてガトーとともに暴れていた旧友だ。
「ケッ……学校の奴らが俺たちを『腐ったミカン』扱いして退学にしやがった……! どうせ俺たちの人生は終わりだ! なら、この気取った学校ごと吹き飛んでやる!」
自暴自棄の絶望。外からは、騎士団の強行突破を告げる重厚な足音と、破壊呪文の詠唱が響いてきている。
死のカウントダウンが迫る中。
バァァァンッ!!
分厚い地下扉を蹴り破り、息を切らせたガトーが単身飛び込んできた。
「ツトムッ!! 早まるな!!」
「ガトー……!? なんでお前がここに……!」
「お前らと一緒に死んでやるために来たんだよ!」
ガトーは一切の迷いなく、ツトムの隣に立ち、魔力炉のバルブに手をかけた。
「俺もあのままふんどし野郎に出会っていなきゃ、お前と同じように絶望してここを吹き飛ばしてた! お前たちだけを死なせて、俺だけがズルく生き残るなんてできねえんだよッ!」
「ガトー……お前……っ」
ツトムの瞳から涙が溢れる。
だが、無情にも地下室の天井が崩れ落ち、完全武装の騎士団の魔導小銃が一斉に彼らに向けられた。
『目標捕捉! 魔力炉の暴走を確認! 対象を危険分子とみなし、制圧(射殺)せよ!』
万事休す。ガトーとツトムが目を閉じた、その刹那。
ドゴォォォォンッ!!
崩れた天井の穴から、巨大な質量の塊が弾丸のように落下し、騎士団の銃口と少年たちの間にドスンと仁王立ちした。
全身から猛烈な『氣』の陽炎を立ち昇らせる、白褌一枚の巨漢。
「さ、坂本先生……!?」
「射撃待てェェェッ!!」
俺の地鳴りのような咆哮が、地下室の空気を震わせた。
「騎士団の隊長! 今ここで強行発砲すれば、漏れ出した高濃度の魔力ガスに引火し、あんたの部隊にも甚大な死傷者が出るぞ!」
「なっ……貴様、何者だ! 民間人が立ち入る領域ではない、退け!」
「王立ブロッサム学院三年B組担任、坂本エルロンドだ!」
俺は一歩も退かず、分厚い胸板を張った。
「俺が三分で、この暴走した魔力炉と生徒たちを無力化する。俺が失敗すれば……俺ごとこいつらを蜂の巣にして構わん。部隊の安全のために、三分だけ引け!!」
血の匂いがする極限の交渉。部隊の損害を天秤にかけられた騎士団の隊長は、舌打ちをして射撃の構えを解いた。
「……三分だ。それ以上は待たん」
「先生……! なんであんたが……!」
ガトーが叫ぶ中、俺は暴走して超高熱を発する魔力炉のコアへ、無防備な白褌のまま歩み寄った。
「バカヤローが! 俺の生徒が死のうとしているのに、黙って卒業式の準備ができるかッ!」
ジュゥゥゥッ!!
俺は素手で赤熱するバルブを掴み、極東の『氣』を強引に流し込んで炉の暴走を物理的に押さえ込み始めた。皮膚が炭化し、肉が爆ぜる悍ましい音が響く。
「先生ッ! やめろ、手が焼け落ちるぞ!」
「ガトー! ツトムと言ったな! お前たち、学校を壊して自爆することが復讐だと勘違いしてねえか!?」
俺は血みどろの腕で炉をねじ伏せながら、血走った目でツトムを睨み据えた。
「そんな真似をして死んでも、大人どもは『やっぱりあいつらは凶暴なゴミだった』と冷笑して終わるだけだ! お前たちがやろうとしているのは復讐じゃねえ……ただの『逃げ』だ!!」
「っ……! じゃあどうしろってんだよ! 俺たちはもう捨てられたんだぞ!」
「生き延びろ!!」
俺の叫びが、地下室を激震させた。
「不当な世界への本当の復讐はな……泥水をすすってでも生き延びて、自分の足で立派な大人になって、『お前たちが見捨てた俺たちは、こんなに輝かしい人間になったぞ』と、胸を張って見返してやることだろうがッ!!」
ガキンッ……!
俺の腕力と氣の圧力により、魔力炉の緊急停止バルブが完全に閉鎖され、暴走の光がシュンと消え去った。
俺は焦げた腕でツトムの胸ぐらを掴み、そのまま抱き寄せた。
「死んで抗議するな。生きて、這い上がって、その怒りをテメェの力に変えろ!」
圧倒的な命の説教と、自らの肉体を代償にして彼らの命を救い出した狂気。
ツトムの目から、溢れ出る悔し涙と安堵の涙が止まらなくなった。
「うああぁぁぁんっ……! 俺……俺だって、本当は死にたくなかった……っ! 見捨てられたくなかったんだよぉぉぉっ!!」
ツトムは路上に崩れ落ち、声を上げて泣きじゃくった。
ガトーも涙を拭い、ツトムの肩を強く抱いた。
三分後。魔力炉の安全を確認した騎士団が突入し、ツトムたちプラム校の生徒たちは手錠をかけられた。
退学と法的な処罰は免れない。だが、自爆テロによる「死」という最悪の結末だけは、完全に回避されたのだ。
連行されるツトムが、ガトーと俺に向かって深く頭を下げた。
「ガトー……坂本先生……! 俺、刑を終えたら泥水すすって、絶対にあいつらを見返せる職人になってみせるよ……っ!」
「おう! 待ってるぜ、ツトム!」
ガトーが涙まじりに力強く拳を突き上げた。
――そして、運命の卒業式の朝がやってきた。
朝陽が眩しく差し込む王立ブロッサム学院、三年B組の教室。
胸に赤いコサージュをつけた三十人の生徒たちが、引き締まった顔で揃っていた。
最前列には、旧友の命を救い、己の誇りを完全に取り戻したガトーが、晴れやかな顔で座っている。
ガラリ。
前扉が開き、重厚な足音が響いた。
教壇の上に立ったのは――両腕と全身に痛々しい火傷の包帯を巻きながらも、誰よりも力強く白褌一枚で胸を張る俺、坂本エルロンドだった。
いよいよ、涙と魂の卒業式が始まる。




