第37話
すべての入試、各種職業登用試験の合格発表が終わり、三月の暖かな日差しが三年B組の教室に注ぎ込んでいた。
過酷な嵐を乗り越え、全員が自分の進路を掴み取った教室には、どこか誇らしく、穏やかな空気が満ちていた。
「ふぅ……みんな、本当によく逃げずに戦い抜いたな」
教壇の上で、白褌一枚の俺、坂本エルロンドは、三十人の教え子たちを見渡して頷いていた。
まさにその時だった。
バンッ!!
「坂本先生! レオさんのご家族から緊急の連絡です!」
教頭が、血相を変えて教室へ飛び込んできた。
窓際の席で、魔導技師の専門書を読んでいたレオが、弾かれたように顔を上げた。
「お父様が……大商会の執務室で突然心臓の発作を起こし、緊急搬送されました! 今……王立総合病院の集中治療室で、意識不明の重体だと……!」
「なっ……!?」
レオの顔から、サッと血の気が引いた。
分厚い専門書が手から滑り落ち、床に重い音を立てて転がる。
「父さんが……? いつも完璧で……弱みなんて一つも見せたことのない、あの父さんが……?」
かつて、父親からの「完璧であれ」という強烈な重圧に応えるため、周囲を見下すことで自分を守っていたレオ。
ショックのあまり動けず、座席でガタガタと震え出した彼の両肩を、俺は力強くガシッと掴み上げた。
「レオ! お前はもう、親父の背中に怯えるちっぽけな子供じゃねえ!」
俺は白褌の結び目をギュッと締め直し、レオの瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「三年B組で泥を舐め、自分の足でインフラを支える技師になると決めた『一人の男』だろ! 今すぐ病院へ走れッ!!」
圧倒的な熱気。
レオの瞳から迷いが消え、代わりに強い覚悟の炎が宿った。
「……はいッ!!」
――王立総合病院・集中治療室。
けたたましい警告音が鳴り響く室内。レオと俺が飛び込んだ時、ベッドの上の父親は死の淵にあった。
「ダメだ! 患者の持つ高純度の貴族魔力に、病院の汎用生命維持装置(魔導心肺)の回路が耐えきれない! 魔力反発で機械が燃え尽きるぞ!」
医師たちが絶望的な声で後ずさる中、魔力管から激しい火花と黒煙が噴き上がった。このままでは三分と持たずに機械が停止し、父親の心臓は完全に止まる。
「退いてくれ!!」
レオが、エリートの医師たちを突き飛ばしてベッドの脇に飛び込んだ。
「き、君は息子さんか! 危険だ、離れなさい!」
「僕の父さんだ! 絶対に死なせやしない!!」
レオは躊躇なく、高級な制服の袖を破り捨て、火花を散らす生命維持装置のカバーを素手で引き剥がした。
「レオ! お前の計算速度で回路のバイパスを組み直せ! 暴走する熱は、俺が引き受ける!!」
俺は白褌姿のまま、高熱を発する機械のコアに両手を叩き込んだ。
ジュゥゥゥッ! という悍ましい音とともに、俺の皮膚が焼け焦げ、肉が爆ぜる。だが、俺が強靭な生体アースとなることで、レオが作業する数分間の猶予を強引にこじ開けた。
「……循環理論、第三式から第七式へ強制移行! 汎用フィルターを切断、直列で魔力を心肺機能に直接流し込む!」
レオの瞳に、かつてのエリートとしての『異常な計算速度』と、ユウイチたちと泥にまみれて学んだ『現場の修理技術』が完全に融合した光が宿る。
熱で溶けかけた配線を、油と血にまみれた素手で強引に捻り結び、己の魔力で新たな回路を物理的に構築していく。
「頼む……動いてくれ……! 僕は、父さんのインフラ(命)を支える技師になるんだからぁぁぁッ!!」
レオの魂の絶叫とともに、最後のジョイントが接続された。
ガキンッ……!
けたたましい警告音がピタリと止む。
代わりに、静かで、力強い魔導心肺の『脈動』が、病室に規則正しく響き始めた。レオの組んだ荒々しくも完璧な回路が、父親の強大な魔力を完全に制御し、命を繋ぎ止めたのだ。
「機械が……安定した……!? この少年が、たった一人で魔導心肺を再構築したというのか……!」
医師たちが信じられないものを見るように息を呑む。
レオは油と煤で真っ黒になった手を震わせ、父親のベッドに突っ伏した。
「はぁっ……はぁっ……! 父さん……っ」
静かな病室。
やがて、父親の閉ざされていた瞼が、ゆっくりと、ゆっくりと開かれた。
「……れ、お……」
酸素マスク越しに漏れた声。父親の視線が、高級な制服をボロボロにし、顔も手も油まみれにした息子の姿を捉えた。
「……なんて、汚い格好だ……。私の……完璧な跡取りが……」
父親はかすれる声で、相変わらずの厳しい言葉を紡いだ。
だが、その冷たかった瞳には、かつてないほどの驚愕と、圧倒的な実利を叩き出した息子への『畏敬』の色がはっきりと宿っていた。
「……だが。その汚い手が……大商会のトップの命を……救いよったか……」
父親の細く震える手が、レオの真っ黒な手を、不器用に、しかし力強く握り返した。
「父さん……っ! 父さんっ……!」
レオは父親の手に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
ガラス越しに見守っていた三年B組の仲間たちが、涙を流しながら安堵の歓声を上げる。
病室の隅で、俺は火傷だらけの腕で、白褌の帯をパチンと弾いた。
「ふっ……机上の空論を捨てた男の技術は、親父の命だって真っ正面から繋ぎ止める」
最大の試練を自らの手で乗り越え、親の支配から真の意味で自立したレオ。
そして物語は、泥と傷跡に彩られた奇跡の卒業式へと、力強く向かっていくのだった。




