第36話
雪が静かに舞い降りる、二月下旬の早朝。
王立魔法高校の入試、そして『魔導職人登用試験』の当日がやってきた。
校門前で、白褌一枚で仁王立ちする俺、坂本エルロンドは、受験会場へと向かう三年B組の生徒たち一人ひとりと力強い握手を交わしていた。
「行ってきます、先生!」
トモも、ヒカルも、レオも、晴れやかな顔で雪の街へと駆け出していった。
ガトーもまた、自分の腕一本で挑む職人登用試験の会場へ向け、鋭い眼光のまま力強い足取りで歩みを進めていった。
だが――生徒たちを見送り終えた直後、職員室の水晶通信機が激しく鳴り響いた。
「なに……!?『魔導具整備工房』の社長から通信だと!?」
受話器を取った俺の耳に、タマコのおじさんである社長の激しい怒号が叩きつけられた。
『坂本先生か! ガトーの件だが、今すぐ受験資格を剥奪し、出入り禁止とする!』
「な、なんだと!? 社長、一体どういうことだ! ガトーは今日のために死に物狂いで腕を磨いてきたんだぞ!」
『試験前の工具検査で、奴の工具箱の中から【魔力安定の腕輪】が発見されたのだ! 暴走を強制的に抑え込む高価なチート魔導具だ。現場の職人を舐めるな! 己の魔力を機械頼みで誤魔化そうとするような卑怯者に、うちの敷居は跨がせん!!』
通信が一方的に切られる。
「……魔力安定の腕輪、だと?」
ガトーがそんな小細工をするはずがない。雷に打たれたような衝撃が、俺の脳裏を駆け抜けた。
昼過ぎ。
筆記試験を終え、晴れやかな顔で学校へ戻ってきたタマコ。
そして同時刻――実技試験すら受けさせてもらえず、雪に濡れ、全てを失ったような絶望の表情で校門をくぐってきたガトー。
俺は二人を、誰もいない旧校舎の廊下に呼び止めた。
「ガトーちゃん……? どうしてここにいるの? 今は実技試験の真っ最中じゃ……」
不思議そうに首を傾げるタマコ。
ガトーは雪に濡れた前髪の隙間から、血走った瞳でタマコを睨みつけた。その手には、見覚えのない銀色の腕輪が強く握り締められていた。
「……タマコ。お前、今朝俺の工具箱に触ったな」
「えっ……」
「俺の工具箱から、このチート魔導具が出てきた。不正行為とみなされ、俺は試験会場から叩き出されたよ」
「あ……」
タマコの顔から、スッと血の気が引いた。彼女の足がガタガタと震え出す。
「タマコ」
俺は白褌の帯をギュッと締め直し、冷徹な声で真実を抉り出した。
「お前が自分の小遣いをはたいて、これをガトーの工具箱に忍ばせたんだな」
数秒の静寂の後、タマコはその場に崩れ落ち、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「……だって……だって……っ!」
タマコは顔を覆い、声を出して泣きじゃくり始めた。
「ガトーちゃん、『自分の力で合格する』って言ってたけど……もし本番でまた魔力が暴走して、不合格になったらどうするのよ……! また自暴自棄になって、ワル仲間のところへ戻っちゃうかもしれないじゃない……っ! 私、ガトーちゃんに絶対に笑ってほしかったの! だから……この腕輪でノイズを抑えて、安全に試験を受けてほしかったのよぉぉぉっ!!」
歪んだ優しさ。ガトーを想うがゆえの致命的なお節介。
だがそれが、ガトーが命懸けで守ろうとした「男の誇り」を最も残酷に踏みにじる行為になっていたのだ。
「ふざけるなァァァッ!!」
ガトーの咆哮が、冷たい廊下にこだました。
「俺は……自分のこの手と、この炎だけで勝負したかったんだ! 暴走を抑える機械なんかなくても、俺はもう逃げねえって……そう誓ったんだぞ!」
ガトーは悔しさのあまり、銀の腕輪を床に叩きつけてへし折った。
「お前がやったことはな……俺の炎を、俺が今日まで血反吐を吐いて身につけた制御の努力を、一ミリも信じていなかったってことなんだよぉぉぉっ!!」
タマコは自分のしでかした過ちの恐ろしさを知り、床に額を擦りつけて号泣した。
「ごめんなさい……ごめんなさいガトーちゃん……! 私……私、最低なことした……っ!」
崩壊した信頼。
俺は二人の間に進み出ると、力強く床を踏み鳴らした。
「二人とも……行くぞ」
「え……?」
「社長の工房へだ! お前たちのこんがらがった糸は……俺が白褌一つで解きほぐしてやる!!」
――下町・『王立魔導具整備工房』。
俺は泣きじゃくるタマコと、唇を噛み締めるガトーを引き連れ、社長のいる巨大ガレージへと乗り込んだ。
「坂本先生! 言ったはずだ、受験資格は白紙だと――」
「社長!」
俺は一歩踏み込み、社長を鋭い眼光で睨み据えた。
「ガトーの工具箱に腕輪を入れたのは、この大バカ娘だ! ガトー自身は一切関与していない! こいつの処罰は学校で必ず行う!」
「なに……タマコ、お前がやったというのか!?」
社長が驚愕に目を見開く。
「この娘は、ガトーの『ノイズ』を欠陥だと思い込み、機械で抑え込もうとした。……だがな、社長!」
俺はガトーの背中を、ドカンと力強く叩いた。
「こいつの本当の技術は、その制御されたノイズ(狂気)の中にこそある! タマコの身勝手なお節介のせいで、こいつが今日まで油と塗料に塗れて磨き上げてきた『生の努力』を、無かったことにしないでくれ!!」
俺はガトーのゴツゴツとした、タコだらけの両手を高く掲げた。
「ガトーを見ろ! こいつの手を見ろ! 己の実力だけで立ち上がるために、毎日毎日、極東の修練で己の魔力と向き合ってきた職人の手だ!!」
社長は息を呑み、ガトーの火傷と傷だらけの手を見つめた。
「ガトー! 社長の目の前で……腕輪なんかなくてもやれるってことを、完璧に証明してみせろ! 同情もコネもねえ、お前の『本物の腕』を叩きつけろ!!」
「……おうッ!!」
ガトーは涙を拭うと、作業台の上に置かれていた廃棄寸前の魔導エンジンの前に立った。
タマコが息を呑んで見守る中、ガトーの手が目にも留まらぬ速さで動き始めた。
腕輪などない。己の丹田に集中し、かつて周囲を焼き尽くした黒炎のノイズを、針の先ほどに極小に研ぎ澄ます。
チィィィィッ……!!
スパナが走り、触媒の奥底にこびりついた魔力錆だけを、黒炎が精密に蒸発させていく。
そこにあったのは、コネやアイテムにすがる不良の姿ではない。己の力で立ち上がり、技術を磨き抜いた「一人の若き本物の職人」の姿だった。
ガチリ――。
エンジンが重厚な音を立てて始動し、綺麗な青い魔導光が部屋中に広がった。
完璧な修理。完璧な職人技。
社長は呆然とエンジンを見つめ、やがて深く、深く息を吐き出した。
「……見事だ、ガトー。お前の腕には、そしてお前の心には……一切の偽りはない」
社長はタマコへ向き直った。
「タマコ。お前のやったことは試験の公平性を汚す愚行だ。……だが、ガトーのお前への怒りと、この洗練された技術を見れば……お前たちがどれほど真剣に向き合い、そしてすれ違ってしまったのかは理解できた」
社長はガトーに向かって、力強く手を差し出した。
「ガトー。アイテムでも同情でもない……お前のその実力と誇りを買って、我が工房に正式に採用する! 春から、よろしく頼むぞ!」
合格。自らの力で勝ち取った、本当の内定。
ガトーの瞳から、張り詰めていた糸が切れ、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「はいっ……! よろしくお願いしますっ……!!」
タマコも涙を拭い、ガトーに向かって深々と頭を下げた。
「ガトーちゃん……本当にごめんなさい。私、あなたの力を信じていなかった。……そして、本当におめでとう!」
「……おう! もう二度と、あんな余計な真似すんじゃねえぞ、タマコ!」
ガトーは照れ隠しにそっぽを向きながら、力強く頷いた。
過ちを乗り越え、本当の意味で結ばれた二人の信頼と絆。
夕陽が差し込む工房で、俺は白褌の帯をパチンと弾いた。
「ふっ……自分の足で掴み取った未来は、どんなチート魔導具よりも強くて尊いんだよ!」
不正の暗雲を実力で吹き飛ばし、三年B組はいよいよ、感動の卒業式へと向かうのだった。




