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『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

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第34話

 王立魔法高校の入試、そして各種専門学校の適性試験まで、残すところあと数日。

 極寒の冬風が吹き荒れる王立ブロッサム学院の三年B組の教室では、緊張で空気が張り詰める中、最後の仕上げとなる『面接リハーサル』が行われていた。

 教壇の上にドカンと据えられた一脚の椅子。

 面接官役を務めるのは、白褌一枚の俺、坂本エルロンドだ。だが、今の俺にいつもの教師の温かさはない。俺は冷酷な貴族の面接官を完璧に演じ切り、教え子たちの心を徹底的にへし折る『最悪のストレス・テスト』を敢行していた。

「下町のインフラ整備だと? 笑わせるな、三十一番」

 俺は冷たい眼光で、目の前のレオを見下した。

「君の優秀な魔力回路をそんなゴミ溜めの維持に使うなど、国家の損失だ。貴族の利益にならない仕事など、この国には不要だと思わないか?」

「思いません」

 レオはビシッと背筋を伸ばし、氷のような冷ややかな笑みで即答した。

「貴族の煌びやかな生活も、下町のインフラという『泥臭い土台』がなければ一瞬で崩壊します。私はその土台を支配する最高の技師になり、いずれ貴族どもを裏からアゴで使ってやるつもりです」

「……次。三十五番、ユウコ」

 レオと入れ替わり、ユウコが着席する。

「魔導福祉だと? 弱者をいくら助けたところで、そこから搾取できる利益などたかが知れている。君の知性は、もっと効率的に金を産む場所に投資すべきだ」

「お断りします。私はすでに、大人が押し付ける見せかけの点数や効率の空虚さを知っています」

 ユウコは揺るぎない瞳で俺を睨み返した。

「私は市民の痛みに寄り添う現場で、新しい魔力解析の独占技術を確立します。弱者と連帯し、泥の中から新しい覇権を握ることこそが、私の見つけた『最強の投資』です」

 かつて孤独や慢心に苛まれていた生徒たちが、冷酷な圧迫面接を前にしても一歩も退かず、自分の足で這い上がった強かなロジックで論破していく。

「……最後だ。三十番、ヒカル、前へ」

 静まり返る教室。クラスメイトたちの視線が、ヒカルの背中に集まる。

 かつて彼は、何をしても「無難」「どうせ意味がない」と冷めた瞳で下を向き、親の敷いたレールという特急列車に乗って、人生の終着駅まで窓の外も見ずにやり過ごそうとしていた少年だった。

 だが、教壇の前に立った今のヒカルの立ち姿には、太く、熱い一本の芯が通っていた。

「三十番、ヒカル。お前の志望校と、その志望動機を述べよ」

 ヒカルは深く息を吸い込むと、俺の目を真っ直ぐに見つめ返し、はっきりとした声で言った。

「私は……王立高等調理専門学校への進学を希望します。魔獣の肉や毒草を中和し、食べる者の魔力回路を修復する『魔導食医』になるためです」

 教室から、小さく息を呑む声が上がった。

 俺は表情を変えず、ペンを机に放り投げた。

「……正気か、ヒカル」

 俺は地を這うような声で、残酷なオッズ(現実)を突きつけた。

「お前の家柄なら、黙っていても名門魔法高校の切符が手に入ったはずだ。それを捨てて、油と獣の脂にまみれる底辺の職人になるだと? 一族から追放され、遺産も身分もすべて失う大穴の賭けだぞ。お前のような温室育ちのお坊ちゃんに、一生泥水すすって立ち続ける覚悟があるのか」

 ヒカルは少し照れくさそうに口元を緩めたが、その瞳には灼熱の火が灯っていた。

「……最初、俺は自分の人生に何の価値も見出せませんでした。何をやっても冷めていて、特急列車に乗っているだけの空っぽな自分を守るために、全力で汗をかく奴をバカにしていました」

 ヒカルは客席に座るユウイチへチラリと視線を送った。ユウイチが油だらけの手を固く握って頷く。

「でも、ユウイチが廃棄寸前の機械を自分の手で息を吹き返らせるのを見た時、雷に打たれたような衝撃を受けたんです。『自分の手で何かを作り、壊れたものを直す手応え』を知りました。……ユウイチが外側の機械を直すなら、俺は内側の『命(魔力回路)』を直す職人になりたいと思った」

 ダンッ!!

 ヒカルは面接官の机に、自らの両手を力強く叩きつけた。

 その指先や手の甲には、これまでになかった無数の包丁の切り傷と、オーブンの熱で焼け焦げた火傷の痕が、痛々しく、しかし誇り高く刻まれていた。

「俺はもう、何をやっても無駄だなんて絶対に言わない! この傷が、俺が自分の足で途中下車して、本気で火の前に立った証明です!!」

 ヒカルは胸を張り、教壇に向かって深く頭を下げた。

「親が用意した特急券なんか、もういりません! 俺は自分の手で温かい飯を作り、疲弊した平民や、傷ついたエリートたちの心を内側から熱く燃え上がらせる……本物の『魔導食医』になりたいんです! それが、私が三年B組で泥を舐めて見つけた、俺だけの切符です!!」

 親の用意したレールでも、世間体の良さでもない。

 無気力だった十五歳の少年が、自らの血と汗と火傷で見つけ出した、世界でたった一つの「生の夢」。

 教室の最前列で、ユウイチが顔をくしゃくしゃにして涙を堪えていた。

 ガトーも、レオも、ユウコも、ヒカルの輝かしい変貌に息を呑み、静かに拳を握り締めている。

 俺は、面接官としての冷酷な仮面をかなぐり捨てた。

 目からボロボロと大きな涙がこぼれ落ちるのを止めることができなかった。

「ヒカル……ッ!!」

 俺は教壇から一歩踏み出すと、白褌姿のままヒカルの目の前に仁王立ちし、その火傷だらけの手をガシッと力強く握りしめた。

「よく言ったぁぁぁッ!!」

「先生……っ」

「教科書の丸暗記でもねえ! 面接用の小綺麗な嘘でもねえ! お前のその傷だらけの手と、熱く煮えたぎった言葉こそが……お前の『裸の心』そのものだ!!」

 俺はドスンと自らの胸を叩いた。

「人を熱くする料理人……最高じゃねえか! お前のその火傷と覚悟があれば、どんな理不尽な面接官だろうと……魂を揺さぶられて一発で合格を叩き出す!!」

「はいっ!!」

「自信を持って行ってこい! 親の特急券なんか破り捨てて、三年B組の誇りを胸に、お前の夢を面接官の目の前でぶちまけてこい!!」

 圧倒的な肯定。圧倒的な大絶賛。

 ヒカルの瞳から、ボロボロと溢れ出る感謝の涙。

 かつて「無気力」という冷たい氷の城に閉じこもっていた少年が、今、自分の手で大穴のオッズをひっくり返すために、堂々と胸を張って立っていた。

「私、絶対に合格してみせます!!」

 ヒカルの力強い叫びに、三年B組三十人全員から、地鳴りのような拍手と大歓声が巻き起こった。

「行けーっ、ヒカル!」「最高の飯作って、俺たちの魔力回路をパンパンにしてくれよな!!」

 仲間たちの熱いエール。全員の心が、ひとつの巨大な炎となって燃え上がった瞬間だった。

 教壇の上で、俺は涙を拭い、白褌の帯をパチンと弾いた。

「よし! 新・三年B組! 面接も筆記も恐るるに足りず! お前たちの血と汗の染み込んだ『生の言葉』をぶつけて……全員で未来の切符を分捕りに行くぞ、お前ら!!」

「「「おうッ!!」」」

 三十人の魂の叫びが、初冬の王立ブロッサム学院の空へと高く、高く響き渡ったのだった。

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