第30話
秋の気配が深まる週末の夕刻。
王立ブロッサム学院の旧校舎の一角で、この春にここを旅立っていった『旧・三年B組』の同窓会が催されていた。
「やあ、ガブリエル! 王立魔法高校の制服、似合ってるじゃないか!」「ケンこそ、親父の運送屋で随分たくましくなったな!」
教室には、久々の再会を果たした卒業生たちの弾んだ歓声が響き渡っている。名門高校で花形として活躍するガブリエル、家業の荷馬車を引いて腕っぷしを増したケン、夜間学校に通いながら愛娘を育てるシンゴとシルフィ。
それぞれが新しい環境という戦場で、確かな足跡を刻んでいた。
だが、その賑やかな輪から逃げるように、一人夕闇の旧グラウンドへと足を向けた少女があった。エミコだ。
彼女は地元の中堅魔法学校へ進学した。エリートコースという特急列車に乗った仲間たちとは違い、目立たない鈍行列車の旅。忙しい日々に追われ、結果を出せずに途中下車を繰り返すような自分と比べ、仲間たちが眩しく大人びて見えることに、言いようのない孤独感と焦りを覚えていた。
(みんな……すごいな。あの頃みたいに、泥まみれになって必死に足掻いていた気持ちなんて……もう私しか引きずっていないのかな……)
変わっていく月日の中で、自分だけが取り残されていく恐怖。エミコは悔し紛れに、グラウンドの片隅にあった古い標的に向かって、初級の魔力弾を力なく投げつけた。
パンッ、と乾いた音が響き、標的がわずかに揺れる。
「おいおい、エミコ。せっかくの同窓会だってのに、そんな湿気た魔力を撃ってどうした?」
背後から響いた重厚な足音。
振り返ると、そこには――いつもの通り、白褌一枚で堂々と胸を張る坂本エルロンドの姿があった。
「坂本先生……」
「どうした。みんなが遠くの終着駅へ行っちまったみたいで、寂しくなったか」
図星を突かれ、エミコは息を呑んだ。数秒の静寂の後、彼女の目からボロボロと大きな涙が溢れ出してきた。
「……うん……っ。先生……私、怖かったの……っ!」
エミコは標的の前にへたり込み、震える声で本音を吐き出した。
「ガブリエルちゃんは高校で大活躍してるし、みんな新しい世界でどんどん強くなっていく……。私だけ中堅校で、毎日地味な基礎ばっかり。みんなの気持ちが、あの熱かった三年B組の頃から変わっちゃったんじゃないかって……私だけが、置いていかれてるんじゃないかって……っ!」
大人になっていく過程で誰もが直面する、「変わっていくことへの恐怖」と劣等感。
俺は白褌の帯をギュッと締め直すと、エミコの目の前に歩み寄った。
「バカヤローッ!!」
俺の一喝が、秋のグラウンドに雷鳴のように響き渡った。
「形が変わることと、心が冷めることは別物だ! お前は今、自分が鈍行列車に乗っているから価値がないと思っているのか!?」
俺は自分の分厚い胸をドスンと叩いた。
「特急列車に乗った奴には、見えない景色がある。途中下車を繰り返し、地味な基礎を泥水すすって叩き込んできたお前にしか出せない『音』があるはずだ! 置いていかれたと泣く暇があるなら、お前がこの半年間で培ったその『泥臭い魔力』を、俺のこの胸に全力で叩き込んでみろ!!」
圧倒的な熱気と挑発。
エミコは涙を乱暴に拭い、立ち上がった。
「……置いていかれてなんか、ない……っ! 私も、必死で戦ってきたんだからぁぁぁッ!!」
エミコの両手から、中堅校で何万回と反復練習を重ねた、無骨で飾りのない高密度の魔力弾が放たれた。
ドゴォォォンッ!!
俺は一歩も引かず、極東の『氣』を練り上げた生身の腹筋で、その魔力を真っ向から受け止めた。
「ガハッ……!」
白褌が焦げ、分厚い皮膚にミシミシと衝撃が走る。
「……ふっ、ハハハハハ!」
俺は腹から煙を上げながら、豪快に笑い飛ばした。
「素晴らしい! エリートどもには絶対に出せない、泥臭くて重い、最高の魔力弾じゃねえか!!」
「先生……っ!」
「お前が三年B組の絆と意地を忘れていないのと同じように……あいつらだって、お前を忘れるわけがねえ! 自分を疑うな! お前たちがこの白褌の目の前で一枚の通し切符に刻んだ絆はな……一生モノの宝なんだよ!!」
エルロンドの言葉と、自分の魔法が確実に通用したという絶対の実感。
エミコの胸を覆っていた不安と寂しさが、一気に自信の炎へと変わっていく。
その時――。
「ちょっと先生! エミコを連れ出して何やってるのよ!」
グラウンドの入り口に、ガブリエルが呆れ顔で腰に手を当てて立っていた。その後ろには、ケン、ユージ、ダイゴ、そして赤ちゃんを抱いたシルフィとシンゴの姿があった。
ケンが笑いながら、エミコに向かって拳を突き出した。
「探したぞ、エミコ! お前、あっちの学校で随分重てえ魔力を練り上げられるようになったじゃねえか。今度俺の馬車ギルドの護衛で雇ってやるよ!」
シンゴも温かい笑顔を向けた。
「エミコちゃん、昔みたいにまたみんなで戦術の話をしよう。僕たちの三年B組は……ずっとここにあるんだからさ!」
誰一人として、エミコを忘れてなどいなかった。そして、誰も彼女を見下してなどいなかった。そこにいたのは、あの頃とまったく変わらない、互いの実力を認め合う対等な戦士(仲間)たちだった。
エミコは溢れ出る大粒の涙を拭い、ケンの拳に自分の拳を力強く打ち合わせた。
「……うん! みんな……覚悟しててよ! 私、絶対にみんなを追い抜いてやるんだからッ!!」
夕陽が差し込むグラウンドで、旧三年B組の三十人が再び肩を組み、大きな笑い声と歓声を響かせた。
過去から未来へ。形を変えても絶対に解けない、本物の絆がそこにあった。
教壇……ではなく、思い出のグラウンドのど真ん中で、俺は焦げた白褌の帯をパチンと弾いた。
「よし! 旧・三年B組! お前たちの絆は永遠だ! 新しい場所でも、自分だけの切符を握りしめて、泥を舐めて走り続けろよ、お前ら!!」
「「「おうッ!!」」」
旧・三年B組三十人の力強い叫びと、白褌教師の高笑いが、秋の夕空高く、どこまでも、どこまでも響き渡ったのだった。
(シーズン2、完)




