第29話
秋の足音が近づく中で始まった、『第一回・進路決定三者面談』。
王立ブロッサム学院の三年B組の教室に、一年で最も重苦しい嵐が吹き荒れていた。
教壇の上に白褌一枚で座る俺、坂本エルロンドの前に、生徒とその保護者が次々とやって来ては、ドロドロとした家庭の葛藤を爆発させていく。
「坂本先生! うちのユウコは王立第一魔法高等学院以外、受験させる気はありませんわ!」
高圧的な口調で言い放ったのは、ユウコの母親だった。
「お母様……私、第一高等学院ではなく、下町の魔導福祉の専門校へ進みたいの。そこで魔力障害の実務データを集めて――」
「バカなことをお言いなさい!」
母親はユウコの言葉を冷酷に遮った。
「そんな底辺の学校に行って、一族の顔に泥を塗る気!? あなたを純血のエリートとして育てるために、どれだけのお金をかけたと思っているの! 第一高等学院へ行って完璧な成果を出し、上位貴族に嫁ぎなさい。あなたの進路は私が決めます!」
――そして、激突はユウコ親子だけでは終わらない。
「俺は……『王立聖明高等学院』だけは絶対に行かねえ!!」
次に面談にやって来たタケシが、激しい勢いでデスクを叩いて叫んだ。
彼の隣には、パリッとしたスーツに身を包んだ、その『王立聖明高等学院』で教頭を務めるタケシの父親が座っている。
「タケシ、聞き分けのないことを言うな」
父親は冷徹な声で言った。
「私が教えている学校へ来れば、監視のもとで完璧な教育を受け直せる。お前が春にしでかした劇薬の事件も、私の威光で処分をもみ消してやったのだぞ。私の言う通りに進学し、私の権力の傘の下で生きるのが、お前の唯一の道だ」
「うるせえ! お前は自分の世間体を守りたいだけだろ!」
タケシは父親を激しく睨みつけた。
「俺の罪をもみ消すな! 俺は犯罪を犯したクズだ! だから自分の足で泥を舐めて這い上がるんだよ! お前の学校になんて行ったら、俺は一生お前のペットのままだろうが!」
「タケシッ! 親の恩情に向かってその言い草はなんだ!」
子供たちの悲痛な叫びと、親たちの「生存戦略」という名のエゴの壁。
退室しようとするユウコの母親と、タケシの父親。
二人の親は、生徒たちの覚悟を見ようともせず、冷ややかに吐き捨てた。
「坂本先生。学校側からも、うちの子が正しいエリートの道を選ぶよう説得しておきなさい」
「息子が私の学校を受験するよう、内申書を書き換えておいてください」
自分の都合だけを押し付け、教室を去ろうとする大人たち。
その背中に向かって――俺の魂の雷鳴が落ちた。
「待ちやがれぇぇぇッ!!」
ドンッ!! と教卓を叩き割らんばかりの音を立て、俺は白褌一枚で立ち上がった。
「さ、坂本先生……!? なんですのその不躾な大声は!」
「不躾なのは……子供の覚悟を踏みにじるお前たちの方だぁぁぁッ!!」
俺の怒号が、夕闇の校舎全体を激震させた。
「ユウコのおふくろさん! 説いてタケシの親父さん! お前さんたちは『エリートコースに乗らなければ一族が破滅する』と怯えているな!」
「当然です! 貴族社会は一度でもレールから外れれば――」
「だから温室の人形にしようってのか!!」
俺はユウコの母親の目の前に踏み込み、眼光鋭く睨み下ろした。
「その特急列車が脱線した時、お前たちは子供に自力で生き残る術を教えているか!? 嵐が来れば、温室の綺麗な花は真っ先に枯れるんだよ! だがな、こいつらは違う!」
俺はタケシの父親の前に立ち塞がった。
「タケシの親父さん! 息子の罪を権力でもみ消すことが愛か!? こいつらはな、自分の罪に絶望し、泥水をすすってでも自分の足で生き残る『野良犬の戦い方』をこの教室で身につけたんだ! 親の庇護がなきゃ生きられないペットにする気か!!」
圧倒的な熱量と、生存戦略としての『平民(泥臭さ)の強さ』の提示。
「お母様」
ユウコが静かに、しかし燃えるような瞳で立ち上がった。
「第一高等学院の特許は、すでに上位貴族に独占されています。ですが、下町の魔導福祉の分野は未開拓です。私がそこで、誰も見向きもしない魔力障害の実務データを解析し、新しい独占技術を確立すれば……一族に今の十倍の富と権力をもたらすことができます」
「っ……!」
「私は一族の着せ替え人形にはなりません。私の頭脳で、泥の中から新しい覇権を握ってみせます」
ただの綺麗事ではない。大人の社会で親を黙らせる、完璧な「実利と野心」。
母親の顔色が変わる。
「親父」
タケシも真っ直ぐに父親の目を見て告げた。
「俺の処分を軽減なんてするな。俺は犯罪者のクズとして、最底辺から這い上がる。お前の権力なんてアテにせず、いつか俺自身の力でお前を超えてみせる」
「……タケシ」
親に逆らうだけの子供ではない。
すでに自分たちの「武器」を持ち、親という壁を自力で乗り越えようとする、一人の戦士たちの姿。
ユウコの母親は、娘の底知れぬ野心に満ちた表情を凝視し、やがて力なく肩を落とした。
「……ユウコ。……あなた、そんな強かな目をするようになっていたのね……」
タケシの父親も、息子の固く握られた力強い拳を見つめ、深くため息を吐いた。
「……そこまで言うなら、お前の好きにしろ。ただし……途中で泣きついても、もう私は助けんぞ」
親たちの分厚いエゴの仮面が崩れ去り、子離れを覚悟した「一人の大人」の顔が戻った瞬間だった。
三者面談の終わる夕方。
完全に和解したわけではない。だが、はっきりと互いの「一人の人間としての境界」を認め合いながら、別々に校門へと歩いていく二組の親子の背中があった。
教壇の上で、俺は白褌の帯をパチンと弾いた。
「ふぅ……親の壁は高くて分厚いが、自分の足で這い上がれない壁なんてねえ!」
三者面談の修羅場を乗り越え、三年B組の生徒たちは、本当の意味での「自分の未来」に向かって一歩を踏み出し始めたのだった。




