第25話
初夏の風が心地よく吹き抜ける季節。
王立ブロッサム学院では、全校幻影演舞祭に向け、校内全体が祭りの前夜のような熱気に包まれていた。
三年B組の演目は、生徒たちが自ら魔力回路を編み込み、空間に幻影を具現化させる創作群像劇『希望の光』。
しかし、本番を『三日後』に控えた放課後、最悪の理不尽が三年B組を襲った。
「生徒会権限で、機材を全徴収だァ!?」
ケンが怒鳴り声を上げる。
「あぁ。エリートのA組が、舞台用の最新型『魔導投影機』を予備も含めて全台独占しやがった。規則の隙を突いた、合法的な嫌がらせだ」
ダイゴが壁を殴りつけた。
「ふざけんな! 俺たちに残されてるのは、倉庫で埃を被ってた出力不足のガラクタ一台だけじゃねえか! こんなんじゃ、どんな術式を組んでも舞台の上じゃ幻影がボヤけて見えねえぞ!」
絶望的な設備格差。
さらに不運は重なり、その重圧から主役の女子生徒が急性胃腸炎で倒れ、急遽、衣装係でおとなしいミナコが代役としてステージに立つことになってしまった。
「う……うぅ……私には無理だよ……! こんなボロボロの機材じゃ、よっぽど完璧な演技をして魔力を引き出さないと、他のクラスに笑われる……っ! 私のせいで、みんなの努力が……っ」
度重なる悪条件と重圧に耐えきれず、ミナコは台本を抱えたまま旧校舎の裏手へと逃げ出し、一人膝を抱えて泣き崩れていた。
そこへ、重い金属の擦れる音が近づいてきた。
「……ミナコ。逃げてんじゃねえよ」
現れたのは、三年B組の男子生徒・ユウイチだった。
実家は下町の貧しい魔導具修理屋で、日常的に油まみれの工具を握る男。来春の高等学院への進学は諦め、中学卒業後はそのまま家業を手伝うことが決まっている生徒だ。
彼の両手には、廃棄寸前だったはずのあの古い投影機が抱えられていたが――その姿は異様だった。周囲にスラムのジャンク部品が無数に増設され、今にも火を噴きそうなほど魔力線が剥き出しに束ねられている。
「ユウイチくん……それ……」
「A組の最新型? 知るかよ。俺が親父から仕込まれた下町の『継ぎ接ぎ(キメラ)技術』で、リミッターを全部外して魔力管を直列に繋ぎ直してやった。出力だけなら最新型の三倍は出る、文字通りの『化け物』だ」
ユウイチは油と傷で黒く汚れた自らの手を強く握りしめ、血走った目で笑った。
「俺な、家が貧しくて進学を諦めた時、自分が社会の底辺のゴミになった気がした。……でもよ、エリートどもの綺麗な機械がなんだ。俺のこの泥臭い技術(手)なら、ガラクタからでも最高の光を創り出せるんだよ!」
「ユウイチくん……」
「だからミナコ、お前も逃げるな。俺の組んだこのイカれた光のど真ん中で、堂々と主役を張れよ!」
ギリリリリッ……!
だが、ユウイチが気合を入れた瞬間、抱えていたキメラ投影機から不穏な異音が鳴り、外装の隙間から高熱の蒸気と火花が噴き出した。
「あちぃッ!?」
ユウイチが手を離し、機械が地面に転がる。
「ダメだ……! 出力が高すぎて、外殻が魔力熱に耐えきれねえ! これじゃあ本番中に爆発して――」
ドスン……!
火花を散らす機械の前に、白褌一枚の巨漢が歩み寄り、その分厚い掌で剥き出しの魔力管をガシッと鷲掴みにした。
「せ、先生!?」
ジュゥゥゥッ! と肉の焼ける悍ましい音が響く。だが俺、坂本エルロンドは顔色一つ変えず、丹田の『氣』を極限まで練り上げ、機械の熱と振動を己の肉体という強靭なアース(接地)で完全に押さえ込んだ。
「ユウイチ! お前の下町の技術と意地、しかと受け取ったぞ!」
俺は腕から血混じりの蒸気を上げながら、牙を剥き出して笑った。
「本番中、この機械の熱暴走と振動は、この俺が舞台袖で、生身の肉体と氣で完全に抑え込んでやる! だからお前は、爆発の恐怖なんざ忘れて、限界まで出力を上げろ!」
「先生……っ! あんたの手が焼け焦げちまうぞ!」
「進学のレールから外れたお前が、自らの誇りを懸けて組んだ『最高傑作』だ! お前の労働の熱を、俺の肉体が受け止めきれないでどうする!!」
圧倒的な覚悟と、命を懸けた等価交換。
進学を諦めたことで燻っていたユウイチの胸に、エルロンドの誇り高き魂が注ぎ込まれ、彼の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「俺の選択は……間違ってなかったんですね……。俺、職人になることに、誇りを持っていいんですね、先生……っ!」
「当たり前だバカヤローッ!! お前が現場で流す泥臭い汗を、この俺が一生保証してやる!」
その光景を見ていたミナコの瞳から、怯えの涙が完全に消え去っていた。
自分を輝かせるために、血反吐を吐いて機械を組み上げた同級生。そして、自らの肉体を焼いてまでその光を支えようとする狂気の教師。
(みんなが、命を懸けて舞台を作っている……。私だけが、逃げるわけにはいかない……っ!)
ミナコは立ち上がり、台本を胸に強く抱きしめた。
「ユウイチくん、先生……! 私、やる! 誰にも笑わせない、世界で一番の主役を演じきってみせる!!」
俺は焦げた腕のまま、白褌の帯をパチンと弾いた。
「よし! 新・三年B組! エリートどもの小綺麗な機材なんざ、俺たちの泥臭い執念でぶち壊してやれ! 全校幻影演舞祭、命懸けで最高の光を叩きつけるぞ!!」
「「「おうッ!!」」」
職人の誇りと、舞台に立つ覚悟。
血と油と汗にまみれた三年B組の力強い歓声が、夕陽に染まる王立ブロッサム学院の空へと高く、高く響き渡ったのだった。




