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『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン2

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第24話

 初夏の風が心地よく吹き抜ける季節。

 王立ブロッサム学院では、一ヶ月後に迫った『全校幻影演舞祭』に向け、校内全体が祭りの前夜のような熱気に包まれていた。

 三年B組の演目は、生徒たちが自ら魔力回路を編み込み、空間に幻影を具現化させる創作群像劇『希望の光』。

 クラスに戻ったガトーも、特殊効果の『炎』の術式構築を担当し、相変わらず苛立ちながらもヒロユキたちと不器用に魔力をぶつけ合っていた。

「おいガトー! 炎の出力がデカすぎる! これじゃあ背景の城が燃えちまうぞ!」

「うるせえ! 俺のノイズを抑え込める声帯(セリフ)を持ってる奴がいねえから、波長が暴走すんだよ!」

 衝突を繰り返しながらも、クラスの絆は形になりつつあった。

 だが――教壇の脇で白褌一枚で立つ俺、坂本エルロンドの目は、その熱狂の輪から遠く離れた席へと向けられていた。

 そこに、一人の女子生徒がポツンと座っていた。ユウコだ。

 魔力解析の成績は学年でもトップクラス。だが、彼女は入学以来、まるで透明な壁を隔てているかのように誰にも心を開かない少女だった。みんなが劇の術式構築で手を取り合う中で、彼女だけが冷ややかに微笑み、分厚い魔導書に目を落としている。

(あいつの心は……この教室の熱気の中にねえ。孤独という名の、絶対零度の城の中に引きこもっていやがる)

 放課後。劇の練習が終わり、生徒たちが下校していった後の大講堂のステージ。

「ユウコ。少し残れ」

 俺の呼び出しに、ユウコは静かに鞄を置き、無感情な瞳でステージへと上がってきた。

「なんでしょうか、坂本先生。何か提出物に不備でも?」

「お前はなぜ、あの幻影演舞の輪に入ろうとしない? なぜクラスの仲間と魔力を合わせようとしないんだ?」

「……バカバカしいからです」

 ユウコは吐き捨てるように言った。

「みんな、『僕たちは仲間だ』『魔力を重ねよう』なんて、見ていて吐き気がします。どうせ発表会が終われば、またお互いの魔力や特許を奪い合い、他人を蹴落とすのに。そんな不毛な『仲良しごっこ』に付き合う意味なんてありません」

 冷徹な拒絶。だが俺には分かっていた。

「ユウコ……お前、初等部の頃に何があった」

 俺の低い問いかけに、ユウコは息を呑み、自身の腕を強く抱きしめた。

「……信じていたお友達がいました」

 ユウコの手が、自分の腕を血が滲むほど強く握りしめる。

「『ずっと一番の親友だよ』って言ってくれたから……私は、何年もかけて組み上げた私だけの『オリジナル幻影術式』を彼女に見せたんです。……でも、彼女はその術式の設計図を大貴族である親に渡し、御用魔導師によって私の波長ロックを解除され……自家の開発技術として発表されました」

 ユウコの声が、怒りと絶望で激しく震え始める。

「彼女の家は天才の血統としてもてはやされ……奪われた私は、一族から『機密を漏らした無能』と罵られ、捨てられました。最初から誰も信じなければ、魔力も魂も大人に奪われることはない!『仲間』なんて言葉は、人を油断させて全てを搾取するための汚い罠よ! だから私に構わないで!!」

 少女の魂からの悲鳴に呼応し、ステージ上の魔力増幅器が暴走を始めた。

 パキキキィッ!!

 ユウコの無意識の防衛本能と拒絶の魔力が、大講堂のステージ上に『絶対零度の氷の城壁』の幻影を、物理的な刺すような冷気を伴って具現化させた。

「私を……あの熱苦しい輪に引き込まないで!!」

「バカヤローッ!!」

 俺の叫びが、氷の城を激しく振動させた。

 俺は白褌の帯を固く締め直し、極寒の猛吹雪が吹き荒れる氷の幻影の中へ、生身のまま踏み込んでいった。

「『仲良しごっこ』だと!?『汚い罠』だと!? ふざけるな! お前が心を凍らせて逃げ回っているのは……他人の裏切りではなく、もう一度傷つくことを恐れる自分自身の弱さだろうがッ!!」

「来ないで……っ! 私の世界に入ってこないで!!」

 極寒の冷気が俺の皮膚を切り裂き、白い息が凍りつく。

 俺はユウコを隔てる氷の壁に、己の両掌を叩きつけた。

 ジュゥゥゥッ! 掌の皮膚が瞬時に凍りつき、肉が張り付く悍ましい音が響く。

「他人に術式を奪われた過去は消せん! 人間は完璧じゃねえ、裏切り、傷つけ合うこともある! だがな……!」

 俺は丹田から極限の『氣』を練り上げ、氷の結晶構造の周波数(波長)に、俺自身の命の波長を完全に同調させていく。極東の理――『共鳴融解(きょうめいゆうかい)』。

「奪われるのが怖いからと心を凍らせて生きていく人生のどこに、本当の魔法(よろこび)があるんだよ!!」

 俺の掌から放たれる熱量と氣の波動が、ユウコの防衛本能が生み出した強固な氷の波長とハモり合い、物理的破壊ではなく、内部からの融解を引き起こしていく。

「三年B組の奴らを見ろ! ガトーだって、カズヒコだって、過ちを犯し、傷だらけになりながら……それでも泥を舐めて手を取り合おうとしている! あいつらの汗と魔力を『偽物』だと笑う奴を、俺は絶対に許さんぞ!!」

「でも……! でも私……また奪われるのが怖いの……っ! 信じて、またゴミみたいに捨てられるのが怖いのよぉぉぉっ!!」

 ユウコは溶けゆく氷の城の中で、ついに感情を爆発させて叫び、大粒の涙を流した。

 俺は凍傷で皮膚の剥がれた掌で、自分の分厚い胸をドスンと叩いた。

「お前が誰も信じられないなら……俺がお前を信じてやる!」

「え……?」

「お前がどれだけ心を閉ざそうと、何百回裏切ろうと……この坂本エルロンドは、お前を絶対に捨てん! お前の分まで、俺が白褌一つで、血反吐を吐いてお前を信じ続けてやる!!」

 圧倒的な熱気。

 大人から搾取され、孤独の城に閉じこもっていた少女の胸に、エルロンドの生身の体温と狂気が津波となって押し寄せた。

「自分を守るための冷たい氷なんざ溶かしてしまえ! お前が倒れそうになったら、三年B組の全員とこの俺が……何度でも受け止めてやる!!」

 パシャァァンッ……!!

 俺の言葉と氣の共鳴に当てられ、ユウコを囲んでいた絶対零度の氷の城が、音を立てて完全に水滴となって霧散した。

 涙と鼻水で顔を濡らし、初めて十五歳の素顔をさらけ出して泣きじゃくるユウコ。

 そこへ、大講堂の扉が開き、練習を終えて戻ってきたガトーが乱暴な足取りで歩み寄ってきた。

「おい、転校生」

 ガトーはポケットから、クシャクシャになった幻影演舞の『台本』を取り出し、ユウコの胸に押し付けた。

「お前、誰もいねえ教室で一人でこのセリフ読んでただろ。……お前のあの気味の悪い澄んだ声の波長だけが、俺の黒炎に干渉しやがった」

 ガトーは鋭い三白眼で、真っ直ぐにユウコを睨み据えた。

「気持ち悪りぃんだよ。俺はお前と仲良しごっこをする気はねえ。だが、俺の炎を完璧に制御して、全校の観客どもに恐怖(本物)を見せつけたい。だから俺のために歌え、ユウコ。お前のその声で、俺の炎を操れ」

 誰も彼女から搾取しようとはしていなかった。そこにあったのは、不器用で凶暴なはぐれ者からの、泥臭くも対等な「共闘」の申し出だった。

 ユウコは溢れ出る涙を何度も袖で拭い、押し付けられた台本をしっかりと両手で握りしめた。

「……うん……! 私……私、やる……! 私の声で、あなたの炎を完璧に支配してみせる……っ!」

 冷たい氷の城が完全に消え去り、少女の顔に、真実の泥臭い笑顔が咲き誇った瞬間だった。

 教壇の上で、俺は凍傷の癒えない腕で白褌の帯をパチンと弾いた。

「よし! 三年B組、三十人全員が繋がったぞ! 全校幻影演舞祭に向けて、最高の劇を作り上げるぞ、お前ら!!」

「「「おうッ!!」」」

 三十人全員の揃った力強い叫びが、夕陽に染まる王立ブロッサム学院の空へと高く、高く響き渡ったのだった。

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