第23話
三年B組に転校してきて以来、荒れ放題だったガトーが、ついに学校に姿を見せなくなった。
彼が向かったのは、前の学院を追放される原因となった、下町の路地裏に潜む凶悪な半グレ集団――通称『黒排気』のアジトである地下廃工場だった。
「やはりダメでしたね、坂本先生」
校長室で、教頭が冷ややかな手つきで胃薬の瓶を置いた。
「魔力回路の不適合者を群れの中に放置すれば、その不規則な波長が周囲の正常なエリートたちの魔力まで狂わせる。彼が自ら姿を消した今、これ以上放置すれば三年B組全体が崩壊します。今すぐ治安維持騎士団に通報し、正式に退学処分とすべきです」
「……人間は、規格に合わないからと捨てる不良品じゃねえ」
俺、坂本エルロンドは静かに、しかし地の底から響くような低音で言い放った。
「波長が合わないから箱から叩き出すだと? そんなものは教育でもなんでもねえ……ただの『ゴミ捨て』だ!!」
「な……なにを言うんですか! 周りの優秀な生徒を守るための合理的な判断です!」
「黙って見てやがれ! 俺の生徒は、俺が白褌一つで連れ戻してやる!!」
俺は教頭の制止を振りのけ、夕闇迫る下町の地下廃工場へと単身爆走した。
――下町の地下深く。湿った鉄の匂いと、暗悪な魔導煙が漂う違法プラント。
そこでは、違法改造された『魔力強制抽出機』を手にしたギャングたちが、巨大な魔導爆弾のコアに魔力を注ぎ込んでいた。
その中央、幾重もの呪縛鎖に繋がれたガトーが、全身から黒い魔力炎を撒き散らしながら絶叫していた。
「ヘッ……暴れるなよガトー。お前のその周囲の魔力網を狂わせる『ノイズ魔力』は、反政府組織が高値で買う最高の攪乱爆弾になるんだからよ」
リーダー格の巨漢・ボルスが、魔力抽出のバルブを開きながら嘲笑う。
「あの気取った魔法学院も、結局お前を追い出しただろ? 俺たちみたいな社会のゴミはな、こうして裏社会に毒を売りさばいて生きていくしか居場所はねえんだよ」
「……黙れッ……!!」
ガトーは血走った目でボルスを睨みつけ、自身の魔力回路を限界を超えて逆流させた。
「俺を利用して……生き延びられると思うなよッ! テメェらも、この街も、俺ごと全部吹き飛べェェッ!!」
黒炎が臨界点に達し、巨大な爆発の予兆が空間を歪める。自らの命ごとすべてを焼き尽くす、絶望の自爆。
「チッ、イカレやがって! 呪縛網の出力を上げろ! 気絶させろ!」
ギャングたちが一斉に雷属性の麻痺呪具を構えた、その時――。
バカーンッ!!
廃工場の重厚な鉄扉が力強く蹴り破られ、轟音とともに春の夜風が吹き込んできた。
舞い散る埃の中から歩み出てきたのは――堂々と胸を張る白褌一枚の巨漢、坂本エルロンドだった。
「な……なんだこの変態は!?」
「不審者だ! 麻痺呪具で黒焦げにしろッ!」
ギャングたちが一斉に高圧の呪力波を放つ。
だが、俺は一歩も引かなかった。
「ぬあああああぁぁぁぁッ!!」
俺は白褌の『締込み』により丹田へ腹圧を極限まで高め、地を踏みしめた。
襲い来る呪力波に対し、俺は極東の理『合気』の円運動でその直進ベクトルを逸らし、すれ違いざまに生身の掌底をギャングの魔導具そのものに叩き込んだ。
バァァァンッ!!
極東の『浸透勁』が機械の装甲を透過し、内部の魔導回路のみを粉砕する。
「ひぇぇぇっ! な、なんだこの強さは……!? 俺たちの呪具が素手で……!」
次々と武装を破壊され、腰を抜かすギャングたち。
俺は荒い息を吐きながら、臨界に達して膨張を続けるガトーの黒炎の前へ歩み出た。
「……ガトー。迎えに来たぞ」
「あ……あんた……来るなッ! 俺はもう、止まれねえんだよ……ッ!」
ガトーの目が動揺と恐怖で激しく揺れる。
「ふざけるなッ! こいつは俺たちの商品だ!」
リーダーのボルスが、抽出器の銃口を俺に向けた。
「学校に戻したってどうせすぐ捨てるくせにッ!!」
俺はボルスに向かって一歩踏み込み、銃口を素手で力強く握り潰した。
「ノイズだと……?」
俺の怒号が廃工場の天井を突き破った。
「他人の魔力を啜って生きる寄生虫どもが、俺の生徒をゴミ扱いするな!!」
俺はドスンと己の胸を叩き、自爆寸前のガトーが放つ灼熱の黒炎の中へ、無防備な白褌のまま踏み込んだ。
「やめろ……死ぬぞッ!!」
ジュゥゥゥッ! 皮膚が焼け焦げ、肉が爆ぜる悍ましい音と激痛。だが俺は構わず、ガトーの呪縛鎖を引きちぎり、その身体を力強く抱きしめた。
「世間や学校は、お前を『不適合なノイズ』だと言って箱から投げ捨てようとする! だがな……お前は雑音なんかじゃねえ! まだ自分の魔力(音)の正しい鳴らし方を知らないだけだ!!」
俺は極東の『氣』を自身の丹田からガトーの経絡へと直接流し込み、暴走する回路を物理的な圧力で強引にエンストさせた。
「回路が暴走するなら、それを制御する術を命懸けで教えてやる! それが……教師の仕事だろうがッ!!」
圧倒的な熱量と、己の命を削って炎を抑え込む狂気。
黒炎が嘘のように収まり、気圧されたボルスたちは絶望して這いつくばった。
「ガトー! お前はもう、こんなゴミ溜めで自分を切り売りして逃げ込む必要はねえ!」
「せ……先生……っ」
「世間がお前をノイズだと笑うなら、俺がこの白褌一つでその世間と戦ってやる! 俺と一緒に、もう一度自分の足で立ち上がれ!!」
自分を拒絶してきた世界の中で、初めて出会った「自分を命懸けで守り、火傷を負ってまで抱きしめてくれる大人」。
ガトーの目から、溢れ出る涙が止まらなくなった。
「うああぁぁぁんっ! 先生……! 俺、本当は……学校へ行きたかった……! 自分の力をコントロールして……みんなみたいに、普通に笑ってみたかったよぉぉぉっ!!」
ガトーは俺の白褌にしがみつき、子供のように声を上げて号泣した。
俺はガトーの荒々しい頭を、焦げた腕で力強く、温かく撫で回した。
「よく言った、ガトー! 三年B組へ帰るぞ!!」
――翌朝。王立ブロッサム学院。
校長室に、教頭と学年主任が集まっていた。そこへ、俺とガトーが二人で足を踏み入れた。
「教頭。ガトーの退学処分は取り消していただきます」
「な……なんですと!? あんな危険なノイズを――」
「彼を裏社会へ追放すれば、そのノイズ魔力はテロリストの攪乱兵器として利用されます。学園の安全どころか、王都の治安を脅かす火種になる」
俺は冷徹に事実を突きつけた。
「彼をこの学院に留め置き、俺の『極東の身体操作と氣の修練』によって完全に制御させることこそが、最も合理的で安全な国家への貢献です。……学園の危機管理能力として、どちらが正しい判断かお分かりですね?」
政治的リスクと実利を突いた、完璧な交渉。
教頭は沈黙し、胃薬を握りしめたまま、深く重い吐息をついた。
「……分かりました。坂本先生の修練計画による完全な監視を条件に、退学処分は撤回します」
――三年B組の教室。
扉が開かれ、ガトーが少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな瞳で教室に入ってきた。
ヒロユキやレオをはじめとするクラスメイトたちが、それぞれのデスクの周りに、複雑な数式が刻まれた『逆位相魔力陣』を展開し、不敵な笑みで彼を迎えた。
「おかえり、ガトー! お前のノイズの波長、昨日の戦闘データから解析して、完全に中和れる逆位相の陣を組んでおいたぜ!」
「へっ……これならお前がいつ暴走しても、俺たちの魔力で相殺してやる。いつでも全力でぶつかってこい!」
ただの綺麗事ではない。数理と意地で仲間を受け入れる、三年B組の泥臭くも高度な絆。
ガトーは目元を赤くしながら鼻を擦り、「……上等だ、エリート気取りども」と笑って自分の席へと着いた。
教壇の上で、包帯だらけの腕の俺は、白褌の帯をパチンと弾いた。
「よし! 三年B組! 不適合なノイズなんて一人もいねえ! 全員の音をぶつけ合って、最高の和音を鳴らしてみせろ! 今日も魂を燃やして鍛え上げるぞ、お前ら!!」
「「「おうッ!!」」」
三十人の力強い返事が、初夏の王立ブロッサム学院の空へと高く、どこまでも響き渡ったのだった。




