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『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン2

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第18話

 奇跡のようなあの卒業式からひと月。

 王立ブロッサム学院に新たな春が訪れ、俺、坂本エルロンドは、新進級した「新・三年B組」の担任として慌ただしい日々を送っていた。

 そんなある日の放課後。

 教頭がひどく強張った顔で、俺のデスクへ駆け寄ってきた。

「坂本先生……王立総合医療センターから緊急の連絡です。あなたの教え子だったハーフエルフの少女が、危篤状態で当院に搬送されたと」

 ――タカノ・グラン。

 雷に打たれたような衝撃が、俺の脳裏を駆け抜けた。

 俺が三年前、教育実習生として初めて受け持った生徒だ。魔力は弱いが絵を描くのが大好きで、誰よりも真っ直ぐな目をした心優しい少女。

『深刻な【魔力乖離症(マナ・リジェクション)】です』

 駆けつけた病院の廊下で、主治医は重々しく口を開いた。

『名門校での過度な魔力負荷と、一族の重圧……彼女の精神は完全に崩壊し、周囲の魔力粒子を「猛毒」と錯覚している。大気すら吸えず、食物も胃が受け付けない。今、彼女の病室は、彼女自身が暴走させて吐き出した致死濃度の毒魔力で満たされています。防護服なしでは入れません』

 俺は規定の分厚い【対魔力防護ガウン】と呼吸器を装着され、重厚な鉛の扉を押し開けた。

 夕陽が差し込む窓際のベッド。そこに、腕の骨が浮き出るほど痩せ細り、点滴の管に繋がれた少女がうずくまっていた。かつての美しい銀髪はカサカサに乾き、その瞳には一切の生の光が宿っていない。

「……タカノ」

 防護マスク越しに声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。

「……エルロンド……先生……?」

 肺から絞り出すような、ひゅぅ、という痛ましい呼吸音。

「タカノ! 俺だ、会いに来たぞ!」

 俺が歩み寄ろうとすると、タカノは激しく怯え、シーツを掻きむしった。

「……来ないで。……汚い魔力が、私を焼くの……息が、できない……」

「タカノ……」

「……私、出来損ないなんです」

 タカノはうつろな瞳のまま、自嘲気味に呟いた。

「名門校の周りの子は、みんなすごい魔法が使えた。私だけが、一族のゴミだった。お父様も、私を見る目が冷たくなって……。無理に魔力を合わせようとしたら、身体が全部壊れちゃった。ご飯の味も、空気の匂いも、もう分からないの……」

 タカノの瞳から、ツーッと血の混じった涙がこぼれた。

「もう、疲れたんです。完璧なエルフになれない私なんて、生きてる意味がない……。先生だって、こんな防護服を着なきゃ近づけないような私……気持ち悪いでしょ?」

 静かな、あまりにも深い絶望。

 血統という呪縛の中で、自らの生存本能すらも叩き潰されてしまった十五歳のSOS。

 俺の丹田の奥底で、激しい怒りの業火が燃え上がった。

「……バカヤローがッ!!」

 俺の喝が、静かな病室のガラスをガタガタと震わせた。

 ビリィィィッ!!

「せ、先生!? 何を!?」

 主治医が監視窓の向こうで悲鳴を上げる中、俺は自ら【対魔力防護ガウン】を素手で引き裂き、呼吸器マスクとともに床へ叩き捨てた。

 室内に滞留していた高濃度の毒魔力粒子が、魔力を持たない俺の生身の皮膚に容赦なく食い込み、ジュゥゥッ!と肉の焼ける悍ましい音と異臭が響く。

 だが俺は、眉一つ動かさず、白褌一つでタカノのベッドの脇にドスンと両膝をついた。

「俺を見ろ、タカノ! こんな分厚い防壁(よろい)を着たままじゃあ、俺の『氣』がお前に届かねえんだよ!」

「せ、先生……ダメ! 魔力が、先生を殺しちゃう……!」

「極東の禊――『毒吸(どくすすり)』ッ!!」

 俺は全身の毛穴という毛穴を全開にし、極限まで練り上げた『氣』で、病室内に充満する致死量の毒魔力を、己の経絡へと強引に吸い上げ、濾過し始めた。

「ガハッ……! ゴハァッ!!」

 内臓を刃物で掻き回されるような激痛。全身の毛穴から血の飛沫が噴き出し、白褌を赤く染める。だが、俺が自身の肉体を巨大な「浄化フィルター」として犠牲にすることで、タカノの周囲の空間から、確実に毒素が消え去っていく。

「タカノ、深呼吸しろ! 俺が空間をこじ開けた、今なら息が吸えるはずだ!」

「あ……ぁぁ……」

 タカノが大きく息を吸い込む。数ヶ月ぶりに肺を満たす、刺すような痛みのない、澄んだ空気。

 俺は血だらけの腕で、白褌の帯の間から一枚の古びた紙切れを取り出した。

 それは、木炭で力強く描かれた『教壇に立つ白褌の男』のデッサン。

「タカノ! お前は覚えているか!? 三年前、魔力で美しい幻影を描く授業で俺たちが落ちこぼれた時……お前が俺に、何をくれたか!」

「あ……それ、私の絵……」

「そうだ! 木炭ってのはな、一度火に焼かれ、生命も魔力もすべて失ったただの黒い炭(焦げカス)だ! だがお前は、魔力で描かれた幻の絵なんかより、この真っ黒で泥臭い木炭で、無魔力の俺の姿を真っ直ぐに描き出してくれたじゃねえか!!」

 俺は血を吐きながら、自分の胸を拳で叩いた。

「魔力で綺麗な幻が作れないから無価値だと!? ふざけるな!! 一度燃え尽きようが、焦げカスになろうが、この紙に焼き付いた『黒の熱量』は絶対に消えねえ! お前のこの絵が、無魔力の俺に『裸一貫で立つ誇り』を教えてくれたんだ!」

「先生……っ」

「一族の期待なんて知るか! 学校の評価なんてドブに捨てろ! 魔力がないなら、俺と同じように泥水をすすってでも生き直せばいい! お前がただ泥だらけで生きて、そこにいてくれるだけで……俺は、めちゃくちゃ嬉しいんだよ!!」

 圧倒的な血の熱量と、己の命を削ってまで自分を生かそうとする狂気。

 完璧であることを求められ、暗闇の中で息を止めていた少女の瞳から、凍りついていた感情が一気に溶け出し、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。

「うああぁぁぁんっ! 先生……! エルロンド先生ぇぇぇっ!」

 タカノは点滴の管を引きちぎらんばかりに細い腕を伸ばし、血まみれの白褌の胸にしがみついて、獣のように声を上げて泣きじゃくった。

「私……苦しかった……っ! みんなの期待に応えられなくて……自分が消えちゃいそうで、怖かったよぉぉぉっ!!」

「泣け! 喚け! 全部俺の身体に吐き出せ!!」

 俺は、魔力の痛みに内臓を焼かれるのも構わず、タカノの痩せ細った背中を力強く抱きしめた。

「何度でも立ち上がれるまで、俺が裸一貫で、お前の盾になってやる!!」

 病室に響き渡る少女の慟哭。その涙が、彼女の心臓にこびりついていた分厚い氷を、少しずつ、確実に溶かしていった。

 ――数日後。

 王立総合医療センターの病室。

 夕陽が差し込む室内で、タカノは震える手でスプーンを持ち、温かいスープを一口、口に含んだ。

 ゴクリ、と喉が鳴る。だが次の瞬間、長年食物を拒絶していた胃袋が激しく痙攣を起こした。

「うっ……! ゲホッ、ゴホォッ……!」

 タカノは洗面器に顔を突っ込み、飲んだばかりのスープを激しく嘔吐してしまった。

「……ごめんなさい、先生。……やっぱり、私、ダメみたい……っ」

 涙目で自嘲するタカノ。

 だが俺は、彼女の背中を力強く、何度もさすりながらニヤリと笑った。

「何を言ってやがる。吐く胃液が出るようになっただけでも、立派な『生命活動』だぞ、タカノ」

「……え?」

「一発で治る魔法なんてねえ。吐いて、泣いて、それでももう一度スプーンを握る。その泥臭い反復だけが、お前の身体を本当の意味で作り直すんだ。……もう一口、いけるか?」

 俺が白褌の帯をパチンと弾くと、タカノは涙を拭い、力強く頷いた。

「はい。……私、もう一度、泥水すするみたいに食べてみます」

 再び震える手でスプーンを握った少女の瞳には、弱々しくも確かな「生き直すための業火」が宿っていた。

 かつての教え子に真実の生存戦略を叩き込み、俺は再び、新・三年B組の待つ王立ブロッサム学院へと足を進める。

 シーズン2の幕開け。

 白褌の熱血教師・坂本エルロンドの命を懸けた、新たな泥臭い戦いが始まろうとしていた。

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