↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『エルフんどし先生の情熱授業 』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/50

第15話

 王立魔法高校の入試を明日に控えた、最後の登校日の朝。

 王立ブロッサム学院三年B組の教室は、まるで張り詰めた弓の弦のように、息を呑む静寂と殺気めいた緊迫感に包まれていた。

 教壇には、各教科の担当教師たちが代わる代わる立ち、最後の生存戦略(ブリーフィング)を早口で捲し立てていた。

「いいですか! 実技試験における『魔導重圧結界』において、貴族と同じ正面突破を図れば、君たちの魔力容量では三秒で内臓が破裂します! 私が教えた極東の身体力学を用いた『ベクトル逸らし』で耐え凌ぎなさい! 美しさなど不要、泥水に顔を突っ込んででも生き残る数式を組むのです!」

 数理担当のチャーリー教師が、黒板が割れんばかりの勢いでチョークを走らせる。その分厚い眼鏡の奥の瞳には、かつての冷酷さはなく、教え子たちの生還と勝利を祈る狂気にも似た光が宿っていた。

「筆記の『古代契約言語』では、王宮の気取った模範解答だけでなく、東方の現場の『血の誓約(もやい)』の概念を必ず叩きつけなさい! 現場のリアルを知る平民の底力を、採点官の貴族どもに見せつけるのです!」

 外国語担当のシルバ教師もまた、生徒たちを鼓舞するように語気を荒らげた。

 魔法社会のエリート選別という名の、理不尽で残酷な処刑場。

 その鉄火場へ向かう生徒たちの顔は、極度の重圧で蒼白になっていた。ケンは拳を固く握り締め、ユージは額に脂汗を浮かべ、ガブリエルすらも震える手で万年筆を握り壊しそうになっている。

 やがて、教科教師たちが去り、静かにチャイムが鳴り響いた。

 静まり返った教室の前扉が、ゆっくりと開く。

 入ってきたのは――いつものように極寒の気温をものともせず、白褌一枚で堂々と胸を張った坂本エルロンドだった。

 エルロンドは無言のまま教壇へと歩み寄り、生徒一人ひとりの顔を、静かに、そして深く見据えた。

「……みんな、よくここまで逃げずに刃を研いだな」

 静かな、しかしどこまでも重く温かい声。

 それだけで、カチカチに固まっていた三十人の肩の力が、ふっと抜けた。

「各先生方から、生き残るための戦術を聞いたと思う。……だがな、俺からお前たちに伝える『最後の命令』は、たった一つしかない」

 エルロンドは白褌の結び目にギュッと手を当て、丹田に深く息を吸い込んだ。

「明日、お前たちが試験会場で向かい合うのは……理不尽な魔力審査でも、貴族の試験官でもねえ。お前たち自身の『心』だ!」

 生徒たちが息を呑み、エルロンドを見つめる。

「血統の違いに絶望し、頭が真っ白になり、逃げ出したくなる瞬間が必ず来る! ……だがな、そんな時は思い出せ!」

 エルロンドは自分の分厚い胸を、ドスンと重い音を立てて叩いた。

「お前たちがこの教室で書き上げてきた、あの『原稿用紙』のことをな!!」

「原稿用紙……」

 ガブリエルが小さく呟いた。

「そうだ! 借り物の綺麗な嘘を捨て、泥を舐めて自分の本音を叩きつけたあの紙切れだ! お前たちはもう、自分の脆さも、弱さも、劣等感も……全部さらけ出して、それを武器に変えて立ち上がってきたんだ!」

 エルロンドの瞳に、熱い魂の業火が宿る。

「問題用紙の向こうに『答え』を探すな! お前たちが今日まで血反吐を吐き、理不尽に抗い、仲間と肩を組んできたその歴史の中に……真実の答えはすでに刻まれている! 自分を信じろ! お前たちが命懸けで生き抜いてきたこの一年間を、絶対に疑うな!!」

 圧倒的な熱量。

 不安で凍りついていた三十人の胸に、不滅の勇気の炎が爆発的に燃え上がる。

「もし、どうしても手が震えて止まらなくなったら……俺のこの白褌を思い出せ!」

「「「え……?」」」

 意表を突かれた生徒たちから、小さな驚きが漏れた。

「俺は魔力もなく、世間から変態と嗤われても……明日も変わらずこの白褌一つでここに立っている! 試験に落ちたって命まで取られはせん! お前たちが何度破れようと、帰る場所はこの坂本エルロンドが白褌一枚で死守してやる! だから……安心して、貴族のど真ん中で思いっ切り暴れてこい!!」

 教室に、温かく力強い笑い声が広がった。

 緊張という名の呪縛が、綺麗に消え去っていく。

「よし! これにて三年B組、最後のホームルームを終わる!」

 帰りの鐘が、学院に重厚に鳴り響いた。

 生徒たちがゆっくりと席を立ち、荷物をまとめて教壇の前へと歩み出てくる。

 エルロンドは教壇の脇に立ち、戦場へ向かう生徒一人ひとりの目を真っ直ぐに見据え、その背中に檄を飛ばし始めた。

「ガブリエル。お前の素顔の強さで、完璧な貴族の仮面を叩き割ってこい。……行ってこい!」

「……はい! 行ってきます、先生!」

「ケン。親父さんの荷馬車の重みを胸に、お前自身の足で権力を轢き潰せ。……行ってこい!」

「へっ……言われなくてもやってやるよ! 行ってくるぜ、ふんどし先生!」

「ユージ。装飾を捨てたお前自身の『裸の言葉』で、採点官の心臓を貫け。……行ってこい!」

「はいっ! 行ってきます、先生!」

「ダイゴ。お前の打球は、どんな恐怖も吹き飛ばす。最悪のオッズをひっくり返してこい。……行ってこい!」

「エルナ。一族の点数に囚われるな、お前自身の言葉で新しい『舫い』を結んでこい。……行ってこい!」

「カズヒコ。過ちから這い上がったお前は、誰よりも泥に強い。……行ってこい!」

「イズミ。お前は一人じゃない。鈍行列車で培った泥臭い基礎点で、天才どもを追い抜け。……行ってこい!」

 一人、また一人。

 エルロンドは三十人全員の名前を呼び、その手を骨が軋むほど力強く握りしめ、背中をバシッと叩いて戦地へ送り出していく。

 生徒たちは泣き笑いの顔で「行ってきます!」「行ってきます、坂本先生!」と叫び、春の柔らかな光が差し込む廊下へと踏み出していった。

 最後に、教壇の前に立ったのはシルフィとシンゴだった。

 シルフィの腰には、シンゴが睡眠を削って極限まで小型化した『急造の魔力循環バイパス』が、痛々しくも力強く装着されている。

「先生……私達、二人で一つの命です。この機械(いのち)と一緒に、泥を舐めても合格をもぎ取ってきます」

「おう! お前たちが紡ぎ上げたその平民の技術で、血統至上主義の度肝を抜いてこい! ……行ってこい!!」

「「はいッ!!」」

 二人はしっかりと手を握り合い、誇り高く扉を出て行った。

 バタン……と、扉が静かに閉まった。

 誰もいなくなった三年B組の教室。

 夕陽が茜色に染め上げる静寂の中、三十人分の机と椅子だけが、戦いに挑む兵士たちの墓標のように、あるいは凱旋を待つ玉座のように、整然と並んでいた。

 エルロンドはたった一人、誰もいない教壇の上にぽつんと立ち尽くしていた。

 静まり返った室内に、窓の外から夕陽の中を戦地へと向かって歩いていく生徒たちの、遠い足音が、かすかに届いては消えていく。

 エルロンドはゆっくりと目を閉じると、白褌の結び目をギュッと、指から血が滲むほど固く締め直した。

 そして、茜色の空に向かって、誰もいない教室に向かって、深く、深く頭を下げた。

「……勝て……みんな……必ず生きて、勝てよ……っ」

 誰にも聞こえない、たった一人の将の祈り。

 目元からポロポロとこぼれ落ちる大粒の涙が、誰もいない教壇の床をぽつぽつと濡らしていく。

 教え子たちの未来を信じ、自らの魂のすべてを捧げて送り出した熱血教師。

 静寂の三年B組に、茜色の光と白褌の純白が、どこまでも神聖に、どこまでも熱く輝いていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。