第44話:突き抜けるような青空の下の銀座と、自立した社会学者の背中
雲一つない、突き抜けるようにどこまでも高く青い空。
眩しい太陽の光が、新しく生まれ変わった日本の首都・東京の銀座の交差点を鮮やかに照らし出していた。
歴史が完全に改変され、あの凄惨なテロの爪痕も、大陸の属国化へと向かう暗黒の未来の予兆も、すべてが跡形もなく消え去った二〇三〇年の世界。
俺――陸志明はテックウェアのフードを外し、全盛期の若くしなやかな肉体で、平和な人間の活気に満ちた街並みを見上げていた。
耳に届くのは、スクーターの大地鳴りではなく、日本の穏やかな都会の喧騒と、平穏を謳歌する人々の足音だった。
(ああ……本当に、世界は書き換えられたんだな。冷たい雨が降り注ぎ、すべての灯りが消えていたあの処刑台の景色が、まるで嘘のようだ)
◆ ◆ ◆
交差点の信号が青に変わり、無数の人々が波のように行き交う。
その雑踏のなかを、一人の美しい女性が堂々と歩いていた。
白いワンピースの上から軽やかなトレンチコートを羽織り、自立した凛とした大人の女性の雰囲気を纏った、結城遥の姿だった。
かつてのような儚い悲劇のヒロインではなく、彼女は自らの夢を叶え、社会学者としての道を前を向いて歩き始めていた。
彼女の記憶からは、「天野志郎」という男の存在も、彼と過ごした過去の全てのログも、システム上完璧に消滅している。
しかし、彼女の横顔には、二度と理不尽な暴力に怯えることのない、絶対的な平和の輝きが宿っていた。
「――ええ、次回の地政学リスクに関する論文ですが、予定通り提出できます」
「はい、未来の国際社会は、きっと私たちの想像以上に平和へ向かっていますから」
楽しげに通話しながら通り過ぎていく彼女の声を、俺は耳の奥で静かに受け止めていた。
(お前が俺を知らなくても、お前が自分の足で堂々とその未来を歩んでいる。……それだけで、俺の地獄の歳月は完全に報われたんだ、遥)
俺は彼女の後ろ姿へ歩み寄ることも、その名前を呼ぶこともせず、ただ遠くから静かに見届け、そっと視線を外した。
彼女を忘れるのではなく、美しい確定データとして胸の奥の絶対の聖域へと仕舞い込む、永遠の卒業の瞬間。
未練も後悔も、もうどこにも残っていない。
俺の贖罪と過去の亡霊からの完全な救済が、今ここで完璧に完成した。
「……さあ、俺の帰るべき場所へ行こう」
◆ ◆ ◆
次回予告:第45話『台北・李家食堂への凱旋と、ハーレム食堂の大団円の朝』
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