第3話:南国の目覚めと、一秒の全裸化チート
圧倒的な白い光が視界を塗り潰し、次の瞬間。
俺の鼓膜に、凄まじい地鳴りのような音が飛び込んできた。
信号が青に変わった瞬間に、数千台のスクーターが一斉に放つ爆発的なエンジンの喧騒だ。
空気を震わせる凄まじいバイクのノイズと、どこかお気楽で騒がしい人間の活気が押し寄せる。
一歩、見知らぬアスファルトを踏み締める。
その瞬間、日本の爽やかな秋とは根本的に異なる、じっとりと湿気を含んだ生暖かい南国の夜風が肌を包み込んだ。
鼻腔を突き刺すのは、醤油が煮詰まった匂いと、八角の独特でスパイシーな熱気が混ざり合わさった濃厚な香りだ。
(嘘だろ……本当に戻ってきやがった。このうるさいほどの活気、南国の匂い。間違いなく過去の台湾だ)
そこは、歴史が激動を始める直前の過去の世界。
第一列島線の最前線、台湾・台北の公園だった。
驚いて足元の水たまりを見下ろす。
そこには、幾多の死線を潜り抜けた死神の魂はそのままに、限界までバキバキに引き締まった自分の姿が映っていた。
全盛期の若くしなやかな肉体へと、完全に回帰している。
(……ああ、間違いない。俺は本当に、戻ってきたんだ)
冷たい雨の処刑台、あの属国化された地獄の未来の記憶が脳裏をよぎる。
泥水をすすり続けた地獄のような歳月。守るべきものも、復讐すらも果たせなかった、無力な人生の最期。
だが、今の俺の目の前には、うるさいほどの生命のノイズに満ちた、愛すべき平和な混沌が広がっている。
「習孟平。あんたがこの街を恐怖で支配し、絶望の歴史を書く前に……俺がそのペンを折る」
「この世界の匂いも、音も、温もりも、すべてを守り抜くのは――俺だ」
全盛期の若くしなやかな肉体の奥底で、死神の魂が、静かに、しかし狂気的なまでの決意を持って滾り始めた。
平和な南国の空気に浸る間もなく、俺の左目がカチリと微かな電子音を立てて、鮮やかな青色に発光した。
超未来量子接続デバイスの強制起動。
その瞬間だった。
(ぐっ、あああああ……っ! 脳みそが、沸騰しそうだ……っ!)
脳の奥底を、直接マグマでドロドロに焼かれるような凄まじい激痛。
あるいは、凶悪な高圧電流で脳細胞を直接一括破壊されるような、圧倒的な熱量が頭蓋骨の内側を暴れ回る。
限界までバキバキに引き締まった全盛期の肉体が、本能的な防衛反応でガタガタと激しく震えた。
(あのクソ神……! 本当に呪いのチートを仕込みやがったな!? 普通の人間なら、一秒持たずに精神が崩壊するぞこれ……!)
だが、俺は奥歯が粉々に軋むほど強く噛み締め、その地獄の反動に耐え抜いた。
(上等だ。……泥水と血をすすり続けた、あの地獄のような歳月に比べれば、この程度の激痛、生温いくらいだ!)
痛覚すら麻痺した死神の魂が、狂気的な意思でその苦痛を完全にねじ伏せる。
ジ、ジ、チチチ……! と、左目の青いレンズが高速駆動の電子音を刻み続けた。
かつて破滅へと向かった歴史の全作戦コード、帝国の軍事動向、中枢システムの暗号キー。
回帰前の全ての記憶が、未来の全知知識の量子データとして脳内へと超速同期されていく。
網膜上に展開されたのは、数分後にこの公園を襲う帝国陣営の陰謀の全ログだった。
(習孟平。歴史の不確定要素を排除するための、台湾での暗殺工作か)
激痛の向こう側で、俺の死神の眼差しに、一切の慈悲を持たない冷徹な殺気が宿った。
ヤシの木が揺れる暗がりの公園に、殺気とともに漆黒の特殊戦闘服を纏った不審な男たちが次々と姿を現した。
大陸の帝国陣営が放った、最精鋭の暗殺工作部隊である。
(ほう……早速のお出ましというわけか。随分と物々しい歓迎だ)
十数人の工作員は、最新鋭のアサルトライフルやカスタム拳銃の銃口を、容赦なく俺へと向けた。
逃げ場のない、完全なる包囲網。
部隊を率いる隊長らしき男が、冷酷な眼差しで引き金に指をかけた。
「動くな! 北京の習孟平総統の命により、歴史の不確定要素を排除する!」
(歴史の不確定要素、ね。……独裁者にとって、自分の描いた完璧なディディストピアにノイズが混ざるのは、さぞかし不愉快だろうな)
幾多の死線を潜り抜けた死神の魂を持つ俺にとっては、この程度の包囲網は戦場にすら入らない。
銃口を突きつけられても、俺の心拍数は一ミリも跳ね上がることはなかった。
(かつて泥水をすすり、冷たい雨の処刑台に立たされたあの絶望に比べれば、こんなお遊戯、欠伸が出るくらいだ)
脳が焼き切れるような激痛を、冷徹な殺気へと変換する。
俺は完全な包囲網のど真ん中で、余裕の笑みを浮かべたまま一歩も動かなかった。
十数人の暗殺兵が一斉に引き金に指をかけた。
(魏の物量演算を無力化し、一兵卒にいたるまで完全に戦意を挫くには、生体ハックより人工物のセキュリティのみをピンポイントで量子解体するのが最も演算負荷が低く、効率的だ)
脳が焼き切れる激痛を冷徹な殺気へと変換し、俺は静かに右手の親指と中指を重ねた。
パチン、と。南国の乾いた空気に、小さな指の音が響き渡る。
俺の左目の青いレンズが、ハッキング完了を示すように妖しく発光した。
超未来ハッキング技術、発動。
「な、なんだ、これはっ!?」
次の瞬間、暗殺部隊の隊長が絶叫した。
敵が引き金を引くより速く、構えられていた最新鋭のアサルトライフルが、手元から一瞬で輝く光の砂となってサラサラと空中へ消滅していく。
武器を構えていた敵の手が、虚空を掴んだまま見事にフリーズした。
それだけではない。ハッキングの波は敵の全身へと一気に伝播する。
男たちが身にまとう強固な防弾装甲、漆黒の戦闘服、頑丈なベルト。
果ては肌に身につけていた下着に至るまでのすべてのセキュリティが一括ハッキングされ、分子結合を強制解除される。
一秒。たったの一秒。
すべての衣服が、一瞬にして分子の霧となってパッと弾け飛んだ。
「なっ……ななな、俺の服は!? 武器はどこにいったんだ!?」
「冷たっ!? 夜風が肌にダイレクトにっ……ウソだろ、何も穿いてない!?」
◆ ◆ ◆
次回予告:第4話『氷の美少女SPと、ゼロ距離熱暴走のオアシス』
(次号、全裸の暗殺兵の前に現れた紺色タイトスーツの美少女SP・李小梅。不審者として銃口を突きつけられた志明は神速の壁ドンを仕掛けるが、呪いの排熱バグが最悪の暴発を起こし――!?)
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