第2話:現代の三顧の礼と、亡霊の契約
放たれた無数の弾丸が、俺の目の前でピタリと動きを止めた。
世界から色が失われ、冷たい雨の滴さえもが虚空でクリスタルのように静止する。
(なんだ……? 死の瞬間の走マ灯にしては、ずいぶんと静かすぎる)
そのモノクロの静止空間のなかで、コツン、コツンと乾いた足音が響いた。
近未来の超高級炭素繊維で作られたスタイリッシュな黒のロングコートを風になびかせ、一人の男が歩いてくる。
(誰だ……? 帝国の工作員じゃない。こんな絶望の最期に、あんな余裕な笑みを浮かべている奴など見たことがない)
男は、人を食ったような底知れない不敵な笑みを唇に浮かべていた。
そして手にしたホログラム光波で形成された透明な『サイバー羽扇』を、優雅にあおいでみせる。
天才起業家にして時間再起動の超越者であり、この世界のゲームマスター――イーロン・孔明。
彼は静止した処刑台の前に立ち止まり、面白そうに目を細めた。
「バッドエンドのログは堪能したかい? キッド」
飄々としたその声が、静止した空間に奇妙なほどはっきりと響き渡る。
「……やり直したいかい? キッド」
「過去に戻り、あの守れなかった女の子を守れるように――絶望の歴史を書き換えたいか?」
(過去に戻る……? 歴史を書き換えるだと……?)
その言葉は、完全に死に絶えていたはずの俺の心臓の奥底を、狂気的な熱量で鷲掴みにした。
イーロンの言葉に、俺の脳裏へ強烈なフラッシュバックが駆け巡った。
突如として鳴り響いた爆音と、無差別掃射の悲鳴。
自分の腕のなかで、指の隙間から温かい血を溢れさせ、急速に体温を失っていった結城遥の姿。
彼女の儚くも無垢な白いワンピースが、無残に紅く染まっていく凄惨な残像。
すべての光が消え去った、あの裏切りの夜の記憶が鮮明に蘇る。
(……そうだ。俺はあの時、彼女を守れなかった。俺の人生は、あの日からずっと泥水をすするだけの地獄だった)
完全に死に絶えていたはずの死神の魂に、ドス黒い執念の炎が再燃する。
絶望に澱んでいた俺の瞳が、強烈な熱を帯びてイーロン・孔明の不敵な笑みを鋭く射抜いた。
「……当たり前だ。お前がその力を貸してくれるって言うなら、喜んで乗ってやる」
(悪魔の契約だろうが構わない。あの大陸の独裁者に、彼女の未来を二度と奪わせはしない)
「なら、俺の『軍師』になれ。世界をひっくり返す盤面をよこせ」
俺の傲岸不遜な即答が、冷たい雨の止まったモノクロの空間に力強く響き渡った。
俺の傲岸不遜な即答を聞き、イーロン・孔明は透明なサイバー羽扇を突き出し、大袈裟なハンドサインで狂喜してみせた。
「最高にクレイジーな答えだ!」
(こいつ、本物の狂人か……いや、その瞳の奥には神のように冷徹な光が宿っている)
「いいよ。でも、タダじゃない」
イーロンは不敵な笑みを浮かべたまま、俺に対して時間回帰の過酷な契約を提示してきた。
「君には代わりに三つのものを差し出してもらおう。僕に対する、現代の三顧の礼だ」
「一つ、君の戸籍。二つ、周囲の記憶。三つ、未来の栄誉だ」
「サインすれば、君は誰にも認知されないGHOST(亡霊)になる。……覚悟はあるかい?」
(歴史から存在を完全に抹消され、誰の記憶にも残らない透明な亡霊になるだと?)
擦り切れた死神の魂にとって、そんなものは迷う理由にすらならなかった。
「……安いもんだ。彼女が生きている世界を作れるなら、俺がゴミ箱に捨てられるくらい、安すぎる代償だ」
「契約成立だ!」
「3秒での即答に、ボーナスをあげよう。僕のシステムと直結する『イーロン・リンク』だ」
(ボーナスだと? この得体の知れない超越者が、そんな気の利いたものをただでくれるとは思えないがな)
イーロンは目を細め、底知れない悪ふざけの笑みを浮かべた。
「……使うたびに脳が焼き切れる痛みをともなう、呪いのチートだがね」
「契約成立だ。生まれ変わる君に、新しい名前をプレゼントしよう。――『陸志明』。歴史の暗闇から、志を明らかにする亡霊(GHOST)だ」
(なるほど、やっぱり悪魔の契約ってわけだ。……だが、上等だ。陸志明、悪くない名前だ)
強烈な白い光が俺の全身を包み込み、死神の意識は時空の彼方へと跳躍した。
◆ ◆ ◆
次回予告:第3話『南国の目覚めと、一秒の全裸化チート』
(次号、目覚めた先は過去の台湾! 全盛期の肉体を取り戻した志明に襲いかかる、中国軍最精鋭の暗殺部隊。包囲された死神が放つ、一秒無双の量子解体ハックを見よ!)
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