第25話:かつての光たる絶対の聖域と、見えない裏からの遠隔守護
交差点の歩行者用信号が青に変わり、無数のカラフルな傘が波のように一斉に動き出した。
その雑雑とした人混みの向こう側――俺の左目の深淵な青いレンズが、一人の人物を捉えて静かに発光した。
冷たい雨が降るなかに浮かび上がる、白いワンピースの上からベージュの薄いコートを羽織った懐かしいシルエット。
友人と楽しげに相槌を打ちながら、花が咲いたように無邪気に笑い合うその少女は、間違いなく結城遥だった。
魏の独裁者が描いた最悪のテロ計画が、裏から完璧に狂わされているとも知らず、彼女は何不自由のない平和な日常の中にいた。
記憶の中のままの美少女は、突き抜けるような青空のように清廉で、触れたら壊れてしまいそうな無垢な光を放っている。
しかし、時間再起動の神であるイーロン・孔明との契約により、歴史から抹消された亡霊となった俺。
俺があの過去の絶対聖域へ歩み寄ることは、因果律のシステム上、絶対に許されない。
「……見えたわ。あの人が、結城遥」
「あんたがすべてを捨ててまで、地獄の底から救いたかった光なのね」
俺のすぐ隣で、雨に濡れた高めのポニーテールを揺らしながら、小梅がどこか複雑な、胸を締め付けられるような声で呟いた。
(遥。お前は今、確かに笑っているな。血の海に沈むこともなく、俺の指の隙間から温かい体温を流すこともなく)
(……それだけで、俺がすべてを差し出してこの時代へ回帰した価値は、一〇〇パーセントあったんだ)
一歩も近づけないもどかしさを冷徹に噛み締めながら、俺はただその眩しすぎる光を、死神の瞳で見つめ続けていた。
◆ ◆ ◆
だが、美しい静寂は、銀座の雑踏に紛れ込んだ不穏な三つの影によって引き裂かれようとしていた。
人混みのなか、視線を不自然に鋭く尖らせた、漆黒のトレンチコートの男たちが三名。
彼らは歩調を早め、無防備な遥の後ろ姿へ向けて、じわじわと不穏な距離を詰めようとしていたのだ。
大陸の絶対独裁者・習孟平が、この日本の首都に潜伏させていた、テロリストの残党どもの生き残りだった。
(二度と……その不浄な手で、あの衣服に触れさせるか)
俺は傘も差さず、遥へと視線を完全に固定したまま、右手の親指と中指を無造作に重ねた。
パチン、と。
激しい雨の音に紛れて、しかし明確に、小さな指の音が冷たい空間に響き渡る。
超未来ハッキング技術――『量子解体』のステルス最大出力。
遥に牙を剥しようとしたテロリストたちの、トレンチコートの内側に隠し持っていた暗殺銃、および衣服のナノ繊維セキュリティが一瞬にして一括掌握される。
一秒。たった一秒の暗号変換。
男たちのトレンチコートも、インナーも、下着も、凶悪な武器も、すべてがネオンブルーの光の砂となって冷たい雨の中に消滅した。
激しい雨が叩きつける銀座のど真ん中に、三人の屈強でむさい男たちが、完全なる全裸アバターの状態で呆然と取り残される。
「ぶ、武器が消えた!? 服も……な、なんだこれは!辞任しろ!!」
「警察を、誰か前を隠す服をくれええええええええ! 寒い、寒すぎる!!」
男たちはあまりの事態に脳がバグを起こし、涙目で股間を必死に両手で隠しながら、水飛沫を上げて右往左往し始めた。
周囲の歩行者たちが一斉に驚愕し、即座にスマホを向けてフラッシュの嵐が巻き起こる。
「え、何これマジック!?」「銀座のど真ん中で全裸集団www」と、瞬く間にSNSでトレンド入りする予兆の拡散が始まった。
(大自然の冷たい雨に打たれながら、無様に路地裏の泥水の中へ転がり落ちるがいい。お前たちにはそれがお似合いだ)
俺は一歩も動くことなく、左目の青い幾何学ホログラムを静かに明滅させながら、ステルス守護による圧倒的な全裸ざまぁを完了させていた。
◆ ◆ ◆
次回予告:第26話『後ろ姿へ告げる永遠の別れと、現在の居場所の確信』
(次号、全裸の不審者に驚く雑踏のなか、地下鉄へと消えていく遥の後ろ姿。それを見届けた志明の胸から、狂気的な未練が完全に霧散する。そして振り返った彼は、雨に濡れながら寄り添う小梅の体温を強く確信して――!?)
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