第20話:レンズの悲鳴と、遠い目をした死神の残像
「離しなさいよ、この朴念仁!」
「……べ、別に、あんたのシャツを勝手に着たくて着たんじゃないわよ!」
「特殊スーツが洗濯中で、脱衣所にこれしかなくて……。安全管理の一環として一時的に徴用しただけなんだからね!」
小梅は耳の先まで真っ赤に変形させ、シャツの裾を必死に両手で引き下げながら、涙目で睨みつけてくる。
しかし、至近距離で交錯する熱い吐息と、男の長袖シャツに包まれた美少女の圧倒的な色香に、志明の若い肉体が過剰反応を起こした。
彼の左目の奥で、カチリと冷たい電子音が鳴り響き、深淵な青いレンズが鮮やかに発光する。
心拍数の急上昇に同期して、レンズの奥の幾何学ホログラムが『チチチ……』『チチチチチ……』と、焦りの悲鳴のような電子駆動音を響かせ始めた。
(落ち着け俺の理性。大人の魂を研ぎ澄ませ。……いや無理だろ、シャツが薄すぎて、彼女の微かに汗ばんだ肌の温もりと胸の輪郭が、ダイレクトに胸板に吸い付いてきやがる……っ!)
◆ ◆ ◆
小梅の華奢な手首を無造作に掴み、廊下でフリーズしていた志明の視線が、ふと、窓の外に激しく降り注ぐ台北の雨へと向いた。
ざあざあと世界を遮断するように打ち付ける雨のノイズが、彼の脳裏にある過去の絶対聖域――「結城遥」の最期の残像を呼び覚ます。
かつて銀座の冷たい路上で、自分の腕の中で、急速に体温を失っていった白いワンピースの少女。
幾多の死線を潜り抜けた死神の魂は、目の前のハーレム空間の熱気から一瞬にして切り離され、底知れない哀愁と孤独を瞳の奥に宿した。
志明は無意識のうちに、もう触れることすら許されない「過去の亡霊」を慈しむように、あまりにも遠く、そして酷く悲しそうな目をして佇んでいた。
目の前で恥じらっていたはずの小梅が、その志明の瞳に宿る圧倒的な暗闇に気づき、ハッと息を呑む。
熱帯夜のうだるような熱気のなか、二人の間には、一瞬にして冷たくて遠い、哀切な時間が流れ始めていた。
◆ ◆ ◆
**次回予告:第21話『胸を締め付ける見えない影と、群体AIの過剰なる忖度』**
**(次号、目の前にいるのに決して届かない志明の横顔に、小梅の胸の奥で狂おしい「嫉妬と寂しさ」が燃え上がる! 二人の重い沈黙を察知したお邪魔群体AI『D.O.G.E.』が、とんでもないお節介プログラムを起動させて――!?)
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