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アンチ異世界ヒーローズ  作者: 木戸健雄


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8話

 洞窟へ戻る間、誰ひとり口を開かなかった。


 ──あそこで見たものは、みんなには言わないでおこう。


 そう提案してきた男子たちに鏑木は無言で頷いた。


 気づけば洞窟の入り口まで戻っていた。

 入り口で魔法の練習をしていた男子たちから逃げるように奥へ入り、そのまま自分の寝床に突っ伏した。


 お気に入りのパーカーに頭から潜り込み、膝を抱えて小さくなった。


 ──あんた、それ気に入ってるんでしょ? 伸びるからやめなさい。


 ふいに、母親の声が聞こえた気がした。


「……っ」


 鏑木はパーカーの袖を口元に押し当て、声を殺して泣いた。


「舞ちゃん。舞ちゃん、大丈夫?」

「……ん」


 肩を揺すられて、鏑木はゆっくりと目を開けた。

 いつの間にか眠ってしまったのだろう。


 目の前には、友人の西園寺カナがしゃがみ込んでいた。


「あれ……寝てた? 今、時間は?」

「まだお昼くらいだよ。それより……大丈夫?」


 西園寺が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 けれど、その西園寺の目もわずかに赤く、瞼は腫れぼったかった。


「カナこそ。ひどいよ、その目」

「えへへ……昨日、いっぱい泣いたから。舞ちゃんこそ、ひどいよ」

「うん、ひどいね。私たち」


 二人でほんの少しだけ笑った。

 それだけなのに、胸の奥にのしかかっていた重い何かが、わずかに軽くなった気がした。


「そうだ。これ、男子から舞ちゃんにって」


 差し出されたのは、小さな包みだった。

 受け取って開いてみる。

 中に入っていたのは、食べやすい大きさに切られたテリヤキチキンのサンドイッチだった。

 その瞬間、鏑木の頭の中にあの光景が浮かんできた。

 胃液が喉元までせり上がってきて、慌てて口を押さえた。


「舞ちゃん?」

「ご、ごめん、カナ……今ちょっと、食欲なくて。トイレ……!」

「え? 舞ちゃん?」


 西園寺の返事を待つ余裕もなく、鏑木は洞窟を飛び出した。

 周囲に誰もいないことだけを確かめ、そのまま近くの藪へ駆け込む。


「う……っ、うぇ……!」


 胃の中にはほとんど何も残っていなかった。


「う、ぅ……うぇっ、えっ、えっ……」


 やがて、えづく声が嗚咽へ変わった。


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、鏑木はしばらくその場にうずくまっていた。


 ようやく吐き気がおさまり、立ち上がろうとした──そのときだった。


「よお、舞子」


 背後から、不意に声がした。


「昨日、寝れたか?」


 鏑木の身体が凍りつく。

 ゆっくりと振り返る。

 そこには、何事もなかったような顔で立っている、不良生徒がいた。


「え……?」


 鏑木の唇が震える。


「あ……ふ……」


 息がうまく吸えない。


「生き……て……?」

「は?」

「あんな……だって……血が、いっぱい……あんなに……もう……」

「う……うぅ……」


 両手でこぼれ落ちる涙を何度も拭う。


「……生き残り……?」

「いつ壊滅したんだよっ!」


 その一言で、鏑木の涙腺が決壊した。


「うわぁぁぁぁん!」

「ばっ!? 舞子!? 待て待て、なんで泣くんだよ!」

「うわぁぁぁぁぁん!」

「分かった! あれだろ! 洞窟の近くまで来たからだな!?」


 不良は露骨に慌てながら、両手を振った。


「ちげーちげー! こっちに水場があんだって! 洞窟には近づかねえから! な?」

「うぅ……ひっく……」

「あっち行くからよ」


 泣きじゃくる鏑木をなだめながら、不良は少し離れた場所を指さした。

 自分が泣かせたわけじゃなかったが、ばつが悪くなって足早に水場へ行こうとする。

 洞窟も近いし、だいぶ落ち着いたようだし、これなら一人でも大丈夫だろうと判断したのだが、何故か鏑木は不良の後を無言でついてきた。

 頭の中は疑問符でいっぱいだったが、まあいいかと、水場に向かって歩いていく。


「怪我人はいるけど、誰も死んでねーぞ」


 独り言のようにボソッと言った。


「えっ?」


 慌てて鏑木が顔を上げた。

 不良は髪をポリポリと掻く。


「まあ、ありゃあ、あいつらの自業自得だ。気にしなくていい」


 水場に着くと、不良は水筒に水を入れ始めた。

 鏑木は黙って立っていた。


 そこへ。


「舞ちゃん!」


 鏑木が振り返ると、西園寺が息を切らせて膝に手をついていた。


「カナ……」

「急に行っちゃうからびっくりしたんだよ。全然戻ってこないし」


 水筒に水を入れ終えた不良が振り返ると、西園寺は鏑木との間に入り、両手を広げて守るように立った。


「何だよ?」

「舞ちゃんに何をしたんですか!」

「何もしてねーよ、誰だ。お前」

「舞ちゃんの友だちです!」

「あー、もう大丈夫だな。俺は行くわ」

「えっ……」

「鳴上彬良だ」

「えっ?」

「名前だよ、舞子」


 そう言って鳴上は二人の前を歩いていった。


 西園寺が鏑木から事情を聞いて頭を抱えるのはこの直後のことだ。


 鳴上は、森の中を歩きながら独り言を言う。


「そういや、あいつ追い出したくせに何であんなに泣いてたんだ?まぁ、いいか」


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