7話
キーキョキョキョキョーン。
森全体に響き渡るような、甲高い不気味な鳴き声をあげて、魔獣は闇雲に逃げ回っていた。
鶏型の魔獣だった。
背の低い、ずんぐりとした体つきだが、非常に素早く障害物を縫うようによけて駆け抜けていく。
その後ろを、足場の悪い森などものともせずに、木々をなぎ倒しながら追いかける不良たち。
「おいっ!そっち行ったぞ!」
「逃がすなっ!追えっ!」
「人の寝床ぶっ壊しやがって!待ちやがれっ!」
何度もあと一歩というところまで肉薄していたが、魔獣も必死に抵抗を見せる。
鋭い鉤爪を繰り出し、吹き飛ばしたかと思えば、減速もせずに方向転換をし、崖下へ誘導しようとしたりする。
その都度、不良たちは引っ掛かり、数を減らすのだが、少し経つと何事もなかったかのように戻ってくる。
決して知能の低くない魔獣は、猪突猛進で追ってくる、自分よりも知能の低い二足歩行の群れに、恐れを抱き始めていた。
そして、何度も追手を振り切りながら逃げ続けたが、それも限界を迎えつつあった。
もう、体力も底をつくという段階になって、魔獣は進路を森の深層へと変えた。
魔猪。
この森の深層をねぐらにする、憎き天敵。
そこへ、この二足歩行の群れを誘い込み、ぶつけるのだ。
間違いなく怒り狂って飛び出してくるだろう。
問題は、魔獣自身もそこから生還する可能性が低いことだ。
それでも足を止めることなく、魔獣は魔猪の住処へと駆けた。
その瞬間、全身がブワッと膨れたかのような違和感が走る。
ググッと前傾になり、全身の羽毛が逆立つ。
まるで飛ぶように、脚が軽々と前へ出る。
地面を蹴っているのか、中空を駆けているのか。
魔獣はこの境地で種族進化を遂げた。
これなら、羽毛一本ほどしかなかった生還の可能性も、鉤爪一本分くらいには膨らんだのかもしれない。
クワーキョキョキョキョーン。
さっきとは違う。
猛る雄叫びをあげながら、魔猪の住処──岩穴へと続く平地へ飛び出す。
しかし、そこで魔獣が目にしたのは、あの憎き巨体が仰向けに転がっている姿だった。
キョ?
腹が裂かれていた。
その傍らで、追って来た連中と同じような格好をした二足歩行が四肢を切り分けている。
キョ、キョキョ……。
プツン、と糸が切れたように魔獣は意識を手放した。
◇
明け方。
不良たちの拠点は、死んだように静まり返っていた。
昨晩から身体強化をかけっぱなしで、岩盤を砕き、山肌を削り、穴を掘り、木を薙ぎ倒して拠点をこしらえるのに奔走していたのだ。
並行して食料調達に向かう者、水場を確保する者もいた。
その間、何度も魔獣の襲撃を受けていた。
大半は威嚇するか石を投げれば逃げていったが、中には拠点を数度にわたって襲ってきたり、水場付近で待ち伏せし、突進してくるたちの悪い魔獣もいた。
とりわけ水場に居座っていた魔猪については、その夜のうちに食料班が巣穴を特定して討伐することになった。
討伐自体は難なくこなせたが、肉を解体し、拠点に持ち帰る作業に手間取った。
切り分けた大量の肉を引きずって戻ったせいで、そこら中に血の跡が残っていた。
けれど、それを気にする余裕はない。
帰ってきた頃には空が白んでいた。
疲労と眠気で、食事をする気力もなかった。
日向から貰った菓子を分け、口に放り込んだ途端、皆、糸が切れたようにぶっ倒れて、泥のように眠った。
◇
委員長の鏑木舞子は、異世界で迎えた初めての朝、これが夢ではなかったことに、若干のショックを受けながらも、有志の数名とともに水場の確保に向かっていた。
飲み水と一緒に魚でも取れれば、合わせて食料問題も解決できる。
そこに一縷の希望を抱いていた。
昨晩と違い、全身に陽の光を浴びていると、すさんだ気持ちも少しずつ解けていく。
これから色々なことが明らかになって、日本へ帰ることができるかもしれないし、田所先生たちが救助を連れて迎えに来てくれるかもしれない。
そう思うと、鏑木は自分でも不思議なほど心が軽くなった。
水場は昨日のうちに数名の男子が確認していてくれたらしい。
自分だけで何もかもを背負おうとしていた事に鏑木は僅かな罪悪感を覚えていた。
まずは、ここにいるメンバーとしっかりと生活の土台を整えて、誰も脱落することなく先生たちが来るのを待つのだ。
その言葉を、自分に言い聞かせるように何度も反芻した。
鏑木は晴々とした表情で、しっかりと確実に一歩を踏み出す。
先頭の男子が、鏑木たちのために草を踏み分けながら、前方を指さした。
「この先だな。あいつらも使ってるみたいだけど……」
彼の言う「あいつら」とは、分校の不良生徒たちのことだ。
鏑木がクラスの女子に迫られて、洞窟から追い出したのだ。
ただ、分校の噂を聞いていた鏑木も、彼らと狭い洞窟で生活することには怖さを感じていた。
かといって、自分一人の判断なら彼らをこの得体の知れない森へ追い出さなかったと、断言することもできなかった。
「何だよ、これ……」
先頭にいた男子が足を止めた。
「あ……」
目に飛び込んできた光景の異様さに、鏑木は言葉を失った。
足が自分のものではないみたいに震える。
すっと血の気が引いていくのが分かった。
とんでもないことをしてしまった。
全身から力が抜け、そのまま崩れ落ちそうになった体を、両脇から男子生徒に支えられた。
酷い有様だった。
水場の周辺には、巨大な何かを引きずったかのような轍が森の奥へと続いていた。
地面は大きく抉れ、岩は二つに割れていた。
どうしたら、こんなことになるんだろう?
その周辺を見渡して、鏑木の息は一層浅く、速くなった。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
口元を押さえた手の隙間から、切れた息が漏れる。
支えていた男子たちも惨状に目を奪われ、その腕が緩んだ。
鏑木の身体はずるりと支えから抜け、膝をついた。
水辺の周り。
割れた岩盤。
粉砕された木々。
鬱蒼と茂る草花の至るところに、大量の血液がこびりついていた。
くすんだ深い赤色の血から、錆びた鉄のような強い匂いが漂っていた。
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