3話
柏木にそう言われて顔を上げた直後、湊は違和感を覚えた。
視線の先──柏木たちの背後に、見覚えのない男が立っていた。病的なまでに白い肌。ひょろりとした長身。髪は鮮やかな金色だった。
湊と目が合った瞬間、男の口元が僅かに緩んだ。
そして、ふっと姿が消えた。
「えっ」
思わず声が漏れた。
湊の様子を見て、柏木と番場が背後を振り返った。
「ミナトン?」
柏木は訝しげに湊の視線を追ったが、そこには何もない。
軽く首を傾げ、湊へ向き直ろうとした瞬間、柏木の目つきが変わった。竜崎たちの方へ身体を向け、その場で身構える。
遅れて番場も同じ方向へ視線を向けた。
二人の視線の先に男がいた。
男はひどく緩慢な動きで両腕を広げ、ぱん、と手のひらを合わせた。
生徒たちの視線が一斉に男へ集まった。
「神である……」
ひどく静かな声音だった。
「えっ?」
一瞬、言葉の意味を理解できず、湊は間の抜けた声を上げた。
「おう、神だってよ」
「すげえ、すげえ。初めて見たわ」
周りにいた不良たちは、男を揶揄するような反応を見せていた。
対照的に、普通科の生徒たちは激しく動揺していた。
「えっ、誰?」
「なになに? もうやだ」
数人の生徒が声を上げ、男から距離を取ろうとする。
「どけっ」
そこへ竜崎と取り巻きたちが割って入った。
神と名乗った男の前に立ち塞がり、ニヤニヤと笑っている。
竜崎は、長身の男を下から上へ舐めるように見定めると、口を歪ませた。
「はっ、神とか笑わせんな。やばい薬でもヤッてんのか?」
そう言い放ち、どんと胸を小突く。
男の体は予想に反してグラリと揺れた。
それを見た取り巻きの生徒たちが一斉に囃し立てる。
「きもっ、こいつ、まじできもっ」
「なぁ、竜ちゃん、こいつ俺がヤッていい?舐めてっからよ」
「やっちゃえやっちゃえ」
「やめなさいっ!」
騒ぐ竜崎たちを一喝したのは湊たちの担任の田所だった。隣には人のよさそうな初老の男性と、バスの運転手が二人いた。どうやら、大人だけで集まって話し合っていたらしい。
「じっちゃん」
柏木はその男性を見てほっとしたようにつぶやく。彼が不良たちの担任らしい。
「うるせえぞ、てめ──」
振り返って言い返そうとした竜崎の言葉が途切れ、姿が消えた。
「えっ?竜ちゃ……」
次に取り巻きの男子生徒が。
「うそ……」
煽っていた女子生徒も。
そして、残された二人も、逃げようとした瞬間にその場から消えた。
「竜崎くん、高井君、青原さん、辺見……」
そこで田所の言葉は途切れた。
竜崎たちと同じように姿が消えた。
同時に隣りにいた不良たちの教師と、運転手二人も。
「おいっ、じっちゃん」
野地まで消えたのを見て、柏木が飛び出そうとした。
「おいっ、待て」
しかし、寸前で番場が取り押さえる。
「離せ、じっちゃんが消えたんだぞ」
「落ち着け。頭がすぐに突っ走るな。あいつらに任せろ」
番場が視線を送る。
「てめー、笑えねーぞ、コラッ」
「野地のじいさん、返せや、殺すぞ」
「おいっ! 囲め、囲め。やっちまうぞ、こいつ」
遠巻きに様子を見ていた不良たちが、いつの間にか男を取り囲んでいた。
だが、男は微動だにしない。
その態度が、なおさら癇に障ったのだろう。
「なんとか言えや、てめー」
金髪の不良が男の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとして、姿が消えた。
「不敬である……」
男がそう言って手を振ると、囲んでいた不良たちが、一斉にかき消えた。
周りにいた普通科の生徒たちは、声をあげて散り散りに逃げ出そうとしたが、男が縫うように生徒たちの間を通り抜けると、次々に消えていった。
悲鳴と怒号が途絶え、辺りは耳が痛いほどの静寂に包まれる。
気づけば湊たち三人を残して、この場には誰もいなくなっていた。
男は三人の前に来ると、下卑た笑みを浮かべ、手をかざそうとする。
その瞬間、番場が男に飛びかかった。
しかし、男に触れる前に姿が消える。
続いて湊も何かを感じ取る間もなく、意識を失った。
最後に残された柏木は獰猛な笑みを浮かべて、男の肩を掴んだ。
「てめー、その面覚えたかんな」
直後に柏木の姿も消え、神と名乗った男一人が残った。
恐れ入りますが、作品にご興味を持っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです!




