16話
四つん這いになって打ちひしがれるカールを見ていた。
その様子を見れば、察しの悪い大上であっても流石に理解した。
「わりぃ、つけたら駄目だったか?」
「……駄目とかそういう問題ではないです。なんで出来るんですか?普通は出来ないんですよ。魔素が逆流してのたうち回って気絶するか、死ぬんですよ!」
「生きてるじゃん」
「普通はって言ってますよね!」
「ああ、悪かったよ。で、なんか問題あんのか?」
「問題ですか?初めてなので確信はないですが、私の所有権が大上殿に変わったかと。」
「は?いらねーけど。」
「ぐっ」
おかしなことにカールは少し傷ついた。
獣人の中でも狼族と言えばかなりの高値で取引される。
最低でも、金貨三枚は必要だった。
中でもカールは様々な能力査定の結果、金貨七枚で落札されている。
そんなカールを少しも迷う事なくいらないと切り捨てた。
思わずどう自分を売り込もうかと悩み始めて、ふと我に返る。
奴隷根性が染みついたわけではない。
目の前にいるこの少年に認められたいと思っているのだ。
まだ出会って数刻も経っていないにも関わらず。
「俺、犬も飼ったことねーし……」
大上は聞こえるかどうかの声でぼそっと言う。
「聞こえましたよ。犬ではなく狼です。それから飼うというのはやめていただけませんか?」
「お、おぅ、わりぃ」
大上がカールの剣幕に押されて詫びを言う。
そこで、またカールは自身がおかしなことを口にしていると気づいた。
奴隷は獣人だろうと人であろうと匹で数えるのが常識なのだ。
飼うというのも間違っていない。
間違っているのはカールの方だった。
裏表がなく、言いたいことが言えてちゃんと会話ができる。
そんな人族は大上が初めてだった。
そして、そこにカールが人族で最も醜いと思っている二人のうちの一人が姿を現した。
西洋の騎士のような豪奢な白磁の鎧を身に纏っている。
胸の中央には、拳ほどの大きさの宝石が嵌め込まれていた。
金髪のガタイの良い男だった。
「かあぁぁーるぅぅぅぅ
ここにいたのかー、生きててよかったなぁー!
キマイラを巻くとはやるじゃないか……」
「ん?カール、あれはどういうことだ?」
「キマイラです」
「そうではない。動いてないではないか。まさか、死んでるのか?」
「そう、思います」
「かあぁぁーるぅぅぅぅ。嘘は良くないな。貴様にキマイラをどうこうできる実力はないはずだ」
「あいつ、一人で喋ってやがんな。カール友だちは選べよ」
大上が呆れたように言ってカールを見た。
「違います」
カールが食い気味に否定する。
「そうか、良かったぜ、あれをダチだって紹介されたら付き合い考えるとこだったぜ。」
大上は立ち上がって言った。
「やったのは俺だ」
「なるほど、それで?」
「それで?」
「下賎なものが、たまたま弱った魔獣に攻撃を通したとしてだ。それの権利を主張したいのではないのか?」
キマイラを指差して男が言う。
いちいち尊大な動きを見せてうっとおしい。
「いらねーよ、こんなの」
「ほぉ、殊勝な心がけであるな。しかし、貴様がいるここは王国の領土内である。許可なく立ち入ることは禁じられている魔の森だ。悪いが同行してもらおう」
「ああ?何を言ってやがる。帰るに決まってんだろ。舐めてんのか。てめー」
「やはり、下賎なものは躾が必要であるな。命がいらんと見える」
「おい、カール、こいつぶん殴るぞ」
「大上殿、気をつけてください。ああ見えて実力は相当なものです」
「かあぁぁーるぅぅぅぅ。分かっているんだろうな。貴様の主人であるオロンゾ卿は森の外で待機されているが、覚悟しておけ。帰ったら特別なフルコースだ!私が直々に手をかけてやる!蛮族っ!まずは貴様からだっ!」
「うるせー、なっ」
そう言って大上は足元の石を手に取り男に向かって勢い良く投げつけた。
見事、頭部の左の眉尻辺りに直撃し、血が吹き出す。
「ぐはっ」
「おぉ、当たったぜ」
大上は嬉しそうにカールを見る。
カールは目を丸くしていた。
人族は戦いに名誉を重んじる。
一対一であれば尚更である。
仕掛けた側からの名乗りから始まり、相手も自身の名乗りを交錯させる。
それぞれの得物を上に掲げてぶつかり合うのだ。
これがカールの知っている戦いというものだ。
それが、名乗りもせずに、初手で投石は初めて見た。
しかも、見事頭部に命中させている。
反応に困ったが、尻尾は正直で、ブンブンと左右に振れている。
男は額に手を当てたまま、顔を上げた。
憤怒の表情を浮かべている。
「貴様、名乗りすらせずに、あまつさえ、ものを投げつけ戦いを愚弄するとはこの卑怯者めっ!」
「テメーも名乗ってねーじゃねーかよ」
「貴様が、名乗る前に石を投げつけたんだろうがっ!」
「いちいちうるせーな。仲間のとこへ帰りてーんだよ。早くしろっ。」
「アライマン・ハインリヒである。貴様が仲間のところへ帰ることはない」
そう言ってアライマンは大ぶりの剣を掲げて、構えた。
大上は武器を持っていない。
素手だ。
両手をぷらぷらさせた後、大きく伸びをして屈伸をした。
「っ……このッ、貴様ァッ……!! ふ、ふざけるなッッ!!!!」
アライマンが声を荒げた。
地を蹴り、物凄い形相で駆けてくる。
両手で剣を振りかぶり、大上の頭上に振り下ろす。
スピードはなかなかのものだった。
一気に数メートルの距離をつめるが、怒りのあまりかなりの大振りだった。
当たればただではすまないだろうが、大上は事もなげに回避する。
いつの間にか大上の右手には片手でぎりぎり掴めるくらいの大きさの石が握られていた。
地面に剣を振り下ろしたアライマンは、左の側頭部があらわになっている。
先ほど石を投げつけた裂傷の跡が痛々しい。
大上はその傷を目掛けて手にした石をフルスイングで殴り抜いた。
「がっ」
アライマンが短い悲鳴を上げて昏倒した。
「うわぁ」
思わず顔を背けて声を上げたのはカールである。
しかし、大上は気にせずにアライマンの落とした剣を拾うと、よっと力を入れて刀身を二つにパキンと折った。
「うわぁ」
またしてもカールである。
大上は飄々とした様子でカールの元へ戻って来る。
「ムカついてたろ?敵はとったぜ」
カールはペコッと頭を下げて疑問を口にする。
「あ、あの、なんで剣を?」
「起きてご自慢の剣が真っ二つに折れてたら発狂するよな、けけっ」
大上が邪悪に笑う。
「ははっ」
カールが愛想笑いを返す。
味方なのにとても怖い。
「クソうるせー族を襲って、単車バラしてやったりしたからな。泣きわめいてたぜ」
「えっ?」
「なんでもねー」
大上はそう言うと、倒れたアライマンの元へ戻り、腰元や懐をゴソゴソと漁り始めた。
「やり合った相手の財布やら何やらは、勝ったやつの権利だろ?」
カールは、そんな話は聞いたことがなかったが、大上のところではそれが常識なのかもしれないと思った。
それでも、中々に酷い絵面だなと思ってしまう。
「カールはこれからどうするんだ?」
「私は……大上殿が許してくれるならまずは故郷に戻りたいと考えております」
「あ?なんで俺の許しがいるんだよ?」
「いまは大上殿に所有権がございますので……」
大上は苛立ちを隠そうとしなかった。
鋭い目つきでカールを睨み、固めた拳で胸をドンッと強くつく。
「かはっ、おお、が、みど……の。何を?」
「ダチに所有権もクソもねーだろうがつまんねーこと言ってんじゃねーぞ。首輪外してやっから、とっとと家に帰れ」
カールは今まで感じたことのない清々しい気分だった。
新しく出来た友人は、怒れば骨が軋むほどに強く拳をぶつけてくるが、とても優しく介抱をしてくれもする。
故郷に戻ったら、まずは家族や一族の者へ命の恩人の話をしたい。
そして、いつか里に招いて盛大に大上殿への感謝を伝えたいと思うのだ。
「目を閉じるな目を」
感傷にふけっていたカールが薄く目を開くと、大上がすごく嫌そうな顔をしていた。
まったくそんなつもりはなかったが、若い男女の結婚の契りのようだとはたと気づく。
途端に恥ずかしくなって目をしっかりと見開いた。
「おぅ、これはこれでやりにきぃーな」
じゃあ、どうすればいいんですか?
そんなことを口に出しそうになって、カールは目を疑った。
アライマンが立っていた。




