12話
「くそがっ!ムカつくぜ」
洞窟の岩壁に背をつけ、相澤が吐き捨てるように怒鳴った。
「まだぎゃーぎゃー言ってんのかよ。ガキじゃねーんだ、いい加減にしろよ」
入り口近くで、片膝を立てて座っていた男がうんざりした様に言う。
「わりーか。今まで何回やられてると思ってんだ」
「知らねーよ。興味ねぇー」
「ああっ?」
相澤が血走った目を向けると、地べたに胡座をかいていたもう一人が、指を折りながら答えた。
「俺知ってる。十三」
「いちいち数えてんじゃねー!……十二だ」
反射的に怒鳴り返した相澤に、片膝の男が呆れながらぼやいた。
「お前も数えてんじゃねーか」
薄暗い洞窟に、三人の男がいた。
岩壁は湿気ていて、一面が苔生している。
泥濘んだ地面は、大量の枯れ草で覆われていた。
柏木にやられて苛立っている相澤はもちろん、他の二人も空腹や疲れのせいでくだらない小競り合いを繰り返していた。
──ちゃんと寝床、整えといてくれよ。
と言って周囲の偵察に行った二人の言いつけを誰も守ろうとしない。
「真剣に考えろよ。ずっとここにいるわけにもいかねーだろ」
片膝を立てた男が言う。
「なんでだよ? せっかく俺が見つけたんだぞ?」
「てめーは、柏木にやられてふらついてたところを、でっけークソ鶏に襲われただけだろ」
「返り討ちにして、寝床奪ってやっただろうが!」
「逃がしてんじゃねーか」
「うるせー。次見つけたら焼き鳥にしてやるよ」
「柏木たちの方へ逃げてったから、もう狩られてんじゃねーか」
男はあぐらを解いて大きく伸びをしながら言った。
その時、洞窟の外から足音がして、二人が戻ってきた。
「おいっ、やべえぞ!」
息を切らせた一人が滑り込んでくる。
その後ろから、もう一人も興奮した様子で入ってきた。
「あ、何もしてねー」
直ぐに気づかれて、相澤以外の二人が気まずそうに視線をそらす。
「何だよ? 鶏見つけたか?」
相澤が誤魔化すように茶化して言うと、息を整えようと膝に手をついた男が首を激しく横に振る。
「ちげーよ。そんなつまんねーもんじゃねーって。やべえもん見た」
「何だよ、さっさと言えよ」
「驚くなよ?」
飛び込んできた男は一呼吸置いて言う。
「魔法を見た」
「あん?」
「「魔法?」」
声が重なった。
相澤は首を傾げ、残りの二人は思わず身を乗り出す。
「そう、魔法だよ」
後から入ってきたもう一人が何故か得意げに言う。
「普通科の奴らの洞窟の近くを通ったらよ。あいつら入り口のとこで魔法の練習してやがった」
「どうやってんのか分かんねーけど。火出したり、水出したりしてんだよ」
「熱でもあんのか?」
「マジだって! そもそも柏木と賢知の喧嘩も相当おかしかったろ! あれだってそうじゃねーのか?」
「まー……言われてみりゃなー」
相澤が頷く。
前のめりで聞いていた二人が立ち上がって、意気揚々と言う。
「おしっ、行くぞっ!」
「行くってどこにだよ?」
相澤が聞く。
「あいつらの洞窟だよ。近くで待ち伏せて詳しそうな奴拉致んぞ」
「だなっ!」
鼻息を荒くする二人に対し、戻ってきたばかりの二人が眉をひそめる。
「えー、マジかよ……それはヤバくねーか?」
「揉めても知らねーぞ」
「何だよっ、肉でも食わせりゃ文句言わねーだろ」
「あの、くっせーの? ただの嫌がらせじゃねーか」
「肉は肉だ」
「じゃあ、賢知が責任持って食えよ」
相澤は、顔を顰めて足早に洞窟から出た。
「……さっさと行くぞ」
五人は、普通科の洞窟の前まで来ていた。
だが、人の姿が見当たらない。
「誰もいねーじゃねーか。おい、行くぞ」
「待て待て待て」
すたすたと入り口へ向かおうとする相澤を、慌てて羽交い締めにする。
「離せ。何しやがる」
「敵のアジトに乗り込むんじゃねーんだぞ」
「そうだよ。穏便に行こうぜ」
「拉致りに来たんだろうが。穏便もクソもあるか」
相澤が手を振りほどくと、羽交い締めにしていた男は数秒考える素振りを見せた。
「……言われてみりゃそうだな、さっさと連れて帰るか」
「いやいやいや、わざわざ騒ぎにすることないって。」
「ああっ?いちいちうるせーな。じゃあテメーが連れてこいよ」
「分かった。俺が見張っとくから、お前ら適当に隠れてろ」
四人はぶつぶつ文句を言いながら茂みに引っ込んでいく。
そして、五分後。
相澤たちのところに戻ってきた。
「……拉致るか」
「殺すぞ、てめー」
「だから言ったろうがよ」
「時間の無駄かよ」
「お疲れさん」
一人を除いて、散々な言われようだった。
「うるせー! すぐ出てくると思ったんだよ。やんのかテメーら」
その時、一人が茂みの奥を指さした。
「おい、あそこ」
普通科の男子生徒が走っていた。
「獲物はっけーん」
「ちょっと待て。何かに追われてんだろ、ちゃんと確かめろ」
「何に追われてんだよ」
「だから、それを確認しろって言ってんだよ」
「いちいちうるせーな……」
そう言いながらも、相澤は渋々足を止める。
その時、男子生徒の後ろの茂みから、何かが飛び出した。
魔獣。
角の生えた兎のような見た目をしていた。
だが、角よりも異様だったのが尻尾の部分である。
完全に蛇だった。
「なんだ兎じゃねーか」
「ビビらせやがって、あのやべー熊かと思ったぜ」
「掴みやすそうだな。楽勝だろ」
相澤が立ち上がる。
「んじゃ、俺らはあの刈り上げ君を捕まえますか」
「逃がすなよ。洞窟の方に一人張っとけ」
そこからは早かった。
茂みから飛び出した相澤が、男子生徒に、どけっ、と言って突き飛ばす。
それを不良が受けとめ、左右に二人が即座に立った。
「大丈夫か? わりいな、乱暴にして」
「い、いえ、助かりました。か、かんべ……いや、分校の方ですか?」
「まーな、ちっと聞きたいことがあってよ。面貸してもらえるか?」
「僕でよければ……それより、あの人、大丈夫なんですか?」
「あ?あー、平気だろ」
不良が指さす先で、相澤が魔獣の尻尾、蛇の頭を掴み、兎を地面に叩きつけていた。
叩きつけるたびに、蛇の目からカメラのフラッシュのように光がシュパッと走っている。
やがて、ギィ、と短く鳴いて魔獣は動かなくなった。
相澤は魔獣の尻尾、蛇の頭を掴んだまま、平然とした様子で戻ってくる。
「楽勝だったな。行くか」
「え? 行くってどこへ?」
「聞きたいことがあるって言ったろ? 俺らの寝床だよ」
「ここじゃ駄目なんですか?」
「またなんか出てくるかもしれねーし、普通科の連中が来てもめんどくせーだろ」
「安心しろ、聞くこと聞いたらちゃんと返してやるよ」
「まー、お前に拒否権はないけどな」
そう言って、両脇の二人が男子生徒の腕をがっちり掴む。
「えっ? 逃げないですから、ちゃんと行きますから、離し……えっ? それ大丈夫ですか?」
「騙されねーぞ、ガキみてーな手ぇ使いやがって」
「違います、後ろ後ろ! あの人!」
「なんだよ…… うおっ! おい、それどうした」
振り返った二人が声を上げる。
「あー、ちっと痒いなー」
相澤は、獲物を掴んだまま固まった左手をボリボリと掻いていた。
その左手が完全に石になっている。
「おいおいおい、やばいだろそれ」
「痒いって感覚あんのか?」
「最初は、動かねーから焦ったけどな。だんだん感覚戻ってきたからよ。半袖で助かったぜ」
「服の心配してんじゃねーよ。普通は長袖で助かるんだろ。石になってんじゃねーか」
心配して損した、とばかりに、全員が前を向いて歩き出した。
固まって動かない男子生徒を軽く押して歩くように促しながら、耳打ちする。
「病気みてーなもんだ。気にしなくていい。腹刺されてもケロッとしてやがったからよ」
それでも男子生徒は気になって何度か振り返っていた。
その度に、相澤は日焼けの皮を剥くかのように石をバリバリと剥いでいた。
男子生徒は、絶対にそういうのじゃない、と思いながら、なんとなく左手を擦って身震いをした。
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