表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの子の  作者: ヒビ
13/16

新たな日常3


迎えた体育祭の日、綴はいつもよりほんの少し緊張していた。それは朝早起きしてから本人も認識した。日課のランニングにストレッチを終えてシャワーを浴びる。いつもよりもう少しだけ丁寧にスキンケアをしてから食事を摂り支度をする。



「綴様、こちらが届いたお洋服です」


「あぁ、今着るよ」



1週間ほど前に届いた箱を持って来た使用人から受け取り、箱を開ける。ふわりと香水の香りがした。それは朔夜が休日に好んで使っているものだった。


セルフォードと書かれたタグを切って、服を広げてみると綺麗なワンピースが出て来た。薄青のシフォンが重なったような袖と裾が特徴的でいつになく可愛らしい雰囲気の服だ。朔夜の女の趣味はこんな感じなのかと内心笑いを堪えつつ、アイロンをしてくれと頼む。


その間に他の使用人が化粧と髪の毛を整えてくれた。何か朔夜に指示されたのか、注文する間もなく綺麗にしてくれた。どうやら今日は可愛らしいお嬢様スタイルなようだ。髪の毛はウェーブがかったハーフアップに、淡いピンク色のアイシャドウとチーク、口紅を付けて少女のような見た目だ。ハーフアップの結び目にはワンピースと同じ薄青のシフォンのリボンが付いており、これには呆れた。プロデュース能力が高いなと。


アイロン終わりましたと伝えられて袖を通す。鏡に映る綴は本当に天使のようだった。鋭く、どこか神性さえ帯びる紫の瞳は今日はメイクのおかげかうるうるとあどけなく可愛らしく映る。その自分らしくない姿に若干恥ずかしさを感じながらも、顔を真っ赤にしてお似合いですわといつになく褒めて来た使用人の言葉を信じて車に乗り込む。運転手すらチラリと見て驚愕したようだ。あぁ、うざったい。


突き抜けるように青い空を見て、外はとても暑そうだとぼんやり思った。




さすが帝国学園。新興貴族のための学園、お金に物を言わせて広大な土地にアスリート仕様の陸上トラックまで作ってある。土埃が舞えば出かけたのを後悔しそうだと思っていたのだがそんなこともなさそうだ。生徒一人が呼べる人数は限られてるから最低限の人数で来いよと朔夜が言ったこともあり、今日のお供は護衛一人と使用人一人だけだ。使用人が差し出して来た日傘をさして、少しばかりグラウンドを見渡す。生徒たちはまだグラウンドに入って来ていないようで、生徒の親たちが知り合い同士挨拶している。特に挨拶するような間柄の人などここにはいないため気にせず3人で割り当てられた席に座る。すると驚いたように前後左右から視線が飛んできた。



「君、流くんの知り合いかい?」


「…えぇ、そうですけれど」


「そ、その婚約者とかかな?」


「いいえ、友人ですわ」


「そうか」



嬉しそうに破顔したのはどこぞの娘の両親だ。娘の相手にでもと思っていたところ妙齢の女が流の関係者席に座ったのだから焦ったのだろう。ケラケラ高笑いしてやりたいような、見当違いだと詰ってやりたいような、いやむしろ怪しい仲だと植え付けさせてやろうかなんて考えてしまう。



「ええと、君はどこのお嬢さんかな?流君とはどんな仲…で?」



無礼だと思ったのか護衛がぴくりと反応した瞬間、ようやく生徒たちが入場してきた。まあまあな人数がいるせいか壮観だ。親たちは知りもしない女よりもやはり我が子の姿を見ようと、カメラに捉えようと必死だ。周囲の勢いに驚いて反射的に身を縮めた綴の方が見やすいだろうなと思いつつリラックスした様子でグラウンドを見つめた。驚いたことに朔夜は応援団長というものに就任していた。宣誓したり応援合戦したり大変そうだなと冷めた視線で思った。凛々しい学ラン姿に周りの女の子たちはみんな夢中なのか顔を真っ赤にして見つめていた。朔夜が好感を掻っ攫っていけばいくほど綴はこの関係者席の重みを感じてうんざりとした。


開会式が終わると一年の徒競走が始まった。他の学年の生徒たちは基本自由なのか多くの生徒は座ってそれを応援しているが、たまに写真を撮ったり、関係者席の親に友人を紹介したりしている。その流れを汲んだのか朔夜もいろんな友人に引っ張りだこになりながらも関係者席に近づいて来た。こちらを見つけると嬉しそうに笑ってそして顔を赤らめた。



「綴!」


「朔夜、おつかれさま」


「…それ、着てくれたんだな」


「ふ、朔夜が言ったんでしょ。これ着てこいって。どう、あなたの趣味全開な女は」


「あぁ、すごく可愛い。あまり人に見せたくないな…早めに帰ってくれないか?」


「おい、ふざけるなよ。まぁまぁ恥ずかしいんだぞ、この歳でフリフリふわふわを着るって」


「冗談だ、まだかっこいいとこ見せてねえ」


「もう十分見たよ。うん」



周りがそっと自分たちの会話を盗み聞きしようとしているのに気付いたのか綴は早く会話を切り上げたかったが、朔夜はどこかテンションが高く口説いてくる。目を丸くしたクラスメイトたちもこちらを見ている。



「…こちらは気にせず、どうぞ楽しんできて」


「いや、出番までここにいる予定だが」


「え?」



彼のクラスメイトたちが少しばかり恨めしそうな顔をしながら離れていったのが見えた。どうやら一緒に応援するつもりだったらしい。他の応援団員とやらはまとまってエールを送っているのに、団長はここでのほほんと今年は赤が強そうだなぁと呟いている。ていうか、朔夜は白団のくせに全然白を応援してない。



「…え、なんで応援団長なんてやってるの?全然応援してないじゃないの、白を」


「うるせぇ、押し付けだよ。適当に見栄えがいい男子を選んだんだろ、ったく」


「呆れるわ」



座って嬉しそうに応援している朔夜の目は屋敷にきた時と同じ様子だ。少しホッとする。クラスメイトたちと戯れて、青い春を謳歌する朔夜だとしたら綴はきっとなんと声をかけていいかわからなかったから。使用人に持たせていた小さなクーラーケースから水のボトルを取り出して見せる。



「…これ飲む?」


「おー、ありがとう。喉乾いてた」


「綴は何飲んでんだ?」


「使用人が作ったアイスブレンドティー。庭のハーブが育ったからアールグレイと混ぜたの。マリアージュフレールの白茶だから香り高いし、少しだけシロップ入れて甘くするのが美味しいのよ」


「へぇ、うまそう。一口くれ」


「はい」



タンブラーを渡すとそのまま口をつけて飲んだようだ。美味しかったのだろうか、目を丸くしている。



「…うま」


「ふふ、家に来た時また出すわよ。あと二ヶ月くらいは飲めそうだわ」


「これ、そのまま茶葉くれよ」


「わかったわかった」



今度渡すことを考えて、ブレンドしてくれた家で待機している使用人に連絡しておく。その間に徒競走は終わり、2年の招集が近づいて来たようだ、言ってくるなと軽く綴の頬を撫でて風のように朔夜は行ってしまった。その様子に呆れて笑いが出る。くすりと微笑むと、顔を赤くしたお隣さんが話しかけて来た。どうやら朔夜のクラスメイトの兄らしい。



「その、流くんとは友人なんだろ?よかったら今度お茶でも」



背は高い、見てくれも悪くない、話し方も悪くない。何より畏怖ばかりされる綴に素直に話しかけてきたところは豪胆だと驚いた。


伴侶はいないのかとひどく怯えた口調で先槻の先代が尋ねてきたのを思い出す。どうやら朔夜のことを見て、婚約者だと思っていたのに違うと否定したから心底驚いたらしい。老婆心ですがと彼は続けた。早めに婚約した方がよろしいかもしれません、公家は何よりも家格を重視しますからあなたに長く婚約者がいないことでおかしなことを考える輩がまた出てくるかもしれませんしなと。


そこから少しばかり婚約者探しとやらに奔走してみたが、いかんせん選んでみた男は皆一斉に生贄に差し出されたような顔で震えていた。あれでは結婚式すらできないことは間違いない。売られた花嫁ではなく、売られた花婿。私は魔王か何かかと後悔した。だから目の前に立つ男の愚鈍さか豪胆さかには驚いたのだ。



「…君、名前は?」




お互いによい感情を持っているなら話は早いと思ったが、どこか朔夜に申し訳ないような気がした。いや、関係ないはずだ。そう心に言い聞かせて、目の前の男と向き合う。すでに二年生の徒競走は始まっていた。朔夜のクラスメイトの兄だという目の前の男は、その勇姿を見るでもなくこちらをただみていた。


胸をざわつかせたのはその瞳だ。


美しい漆黒。おかしい、この国に住んでいればほとんどの人はその色のはずだ。なのに、なぜ、彼の色は特別に感じるのか。


艶やかな黒。烏が雨空に飛ぶ翼の色、黒い馬が毛を靡かせて走る色、黒曜石がつるりと輝いたその瞬間の色。どんな言葉を尽くしてもその色を讃えることは出来なかった。それはあの子の色だったからだ。綴の中ではそれは、あの子の、





樹の色だったのだ。






「…あの、どこかで会いましたか?」



恐る恐る綴は話しかけた。公家の王の話にしてはあまりにも無様だ。声は少しだけ震え、期待するように見つめている。


どこかで会ったかもしれない、樹の血筋は全て閉したのに、もしかしたら遠縁で新興貴族に一部残っていたのかもしれない。ざっとそんなことを考えて、それから期待して目の前の男に目を向ける。



「…いいえ、このような綺麗な方にお会いしたことはありません」



否定の言葉にとてつもなくがっかりした。しかしなんだ、見間違えかと納得した。



「今名乗るわけにはいかないのですが、連絡してもよろしいですか?」


「あぁ、もちろんです。連絡先、交換しましょう」



とその時、徒競走が終わったのか周りが一斉に拍手し始めた。思わずビクついてグラウンドに視線を戻す。一度朔夜と目が合ったが、ニッと笑っただけでクラスメイトとの会話に戻ってしまった。うっすらと他から聞こえてくる会話から、朔夜は最終レーンで無事に一着だったようだ。軍の体術でも負けなしだったからそもそも素養があったのだろう。特に驚きもしなかった。


また出番まで共に待つつもりなのかこちらに近寄ってくる様子の朔夜に、連絡先を交換しているところを見られたくないと焦って目の前の青年を探すが見当たらない。ほんの一瞬、目を離した隙にいなくなってしまったらしい。それに安心したような、それよりも残念なような気持ちがした。



「…綴?おい」


「あ、朔夜。一着おめでとう」


「は、ちゃんと見てたんだな」


「…あぁ、うん」



どこか夢現な様子の綴は気になるものの、とにかく活躍は見たようだなと少し得意げになる朔夜は気づかなかった。この初夏の空気の裏で凍てつくような策略がされていたことを。



綴との別れも近いことを。



「…それで、朔夜はいつどこかに行くわけ?」


「おい、邪魔者扱いすんな」


「君いると、ほんっとにレディたちからの熱い視線がしんどいんだよ」


「ふは、よかったじゃねえか、お前女に厳しいし、仲良くなっとけよ」


「無理だって…あんなに不細工で、…その、女子として見れない…」


「はあ!?」



綴の近くには血の濃い人間しかいなかった。京紡の血はどの家よりも濃く、そしてわかりやすかった。彼らは恐ろしく顔が整っていたからだ。そんな人間としか接してこなかったからこそ綴の中で人間とは基本的に美しい造形を持っているという認識だった。しかし、その認識は入隊してから若干変化した。


軍時代には周りはむさ苦しい男どもばかりだったので男はそんなに見目麗しいものではないのかもしれない、と変化した。ただ血縁ではない女性とはあまり接していなかったため、普通の女は顔立ちは整っているものだと認識は強化されてしまったのだ。いまだにそれを否定してくれる人はおらず、残念な方向に綴は進化していた。



「お前、ほんっと社会生活向いてねえ」


「ふふ、もちろんわかってるわよ」


「…はぁ」


「あ、なんだこの競技?」


「ムカデ競争だよ。二人三脚…わからないよな?ええと、足をつないで全員で同じ足から走り始めるんだよ。手っ取り早く仲良くなれるから、一年がやる種目なんだ」


「…地獄ね」



一番先頭の子が笛を吹いてリズムを取っているがどの団体もうまくいってないのか、二十歩ほど進んではもみくちゃになって倒れている。そしてまた起き上がっては薙ぎ倒されている。それでも楽しいのかきゃあきゃあはしゃぐ声が聞こえる。結局男子の一列が振り切ったのか、足を縺れさせるクラスメイトを抱き抱えながら駆け抜けて一位となった。これには保護者たちからも大笑いが漏れ出た。


楽しそうに笑っている朔夜をどこか綴は眩しいものでも見たように目を眇めて見つめていた。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ