魔が差しただけ
僕達はすっかり夜に目が慣れた。
「う"わあぁぁ〜…!!」
滝川さん、俗に言うギャン泣きってやつ。
死んで詫びると言ったと思えば命乞い、また死んで詫びる発言…コイツ…。
「僕より数ヶ月お姉さんなんでしょ…?恥ずかしくないの…?」
「許じでくださ〜い……!!!」
ダメだこりゃ。
そうだ。
「滝川さん、なんでも言うこと聞くって言ったね…?」
「うぅ〜…うっ…うっ…」
嗚咽と共にコクリコクリと頷く。
涙やら鼻水やらがダラリダラリ。
「じゃあ僕の言うこと、聞ける?」
「う"っ…はい…聞けます…」
「じゃあもう君は帰りなさい」
「え"っ…」
滝川さんの顔が本当に理解出来ないものを見たみたいに固まる。
「…か、帰る…?」
「うん」
「……一人で…?」
「当たり前でしょ」
「う、うそぉ……」
声が震える。
「だって君、なんでも言うこと聞くって自分で言ったじゃん」
「そ、それはぁ〜……っ」
「僕、今ちょっと距離置きたい」
「ぅぁ……っ!!」
滝川さんがまた崩れるみたいに泣き出す。
「む、無理ですぅ…っ!!」
「聞けるって言ったよね」
「それはっ、そうですけどぉ…っ!!」
「じゃあ聞いて」
「うぅぅぅ……っ!!」
滝川さんは必死に首を振る。
でも僕のズボンを掴む手の力は少し弱くなった。
「ぅぇぇぇ……っ」
涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃ。
呼吸も乱れてる。
「……」
「…滝川さん」
「ぅ……」
「今の君、ちょっと落ち着いた方が良い」
「うぅぅぅ…っ!!」
滝川さんは力無くその場に座り込む。
「……」
「…三田さん、お願いです〜…」
「……」
「置いてがないでぇ……っ」
その声、ちょっと胸に来る。
でも。
「…帰りなさい、一人で」
滝川さんはぼろぼろ泣きながら、何度も何度も小さく首を横に振った。
「僕ってさ、他人の涙が大嫌いなんだよ、泣いた=気を遣わなきゃいけない、そういう世の中の暗黙のルールみたいなのに虫酸が走る」
チクリ、チクリと胸に針が刺さる気がした。
「泣きゃ〜良いと思う女はもっと嫌い」
「そ…そんなつもりは…」
「仮にそうじゃなくても僕は涙は嫌いなの」
我ながらヤバい理屈をこねていると思う…本心だけど。
「…帰りなさい」
「……」
滝川さんは俯いたまま動かない。
「帰りなさい」
「……」
「帰れって、返事もできねえんだ?」
「うぅっ…返事します〜…」
「じゃあ帰りなよ」
ぶんぶんと首を振る。
「…嫌です〜…!!」
滝川さんは必死で僕のズボンに縋り付く。
(あ…僕ってヤバい…)
さっきから、いや、今も滝川さんは泣き縋っているのに、その姿にドキドキしている自分がいる。
自分が相手をここまで必死にさせているって状況に変な高揚感を覚えてる。
最低だ。
「……」
「…三田さん〜…」
「……」
「お願いです〜…」
滝川さんの喉が鳴る。
「捨てないでぇ〜っ…!!」
「……」
これ、ダメだ。
「三田さぁ〜ん…
…なんで笑ってるんですか……!?」
「っ!?」
(ヤバっ…)
僕は慌てて口元を抑える。
「三田さぁ〜ん…?」
まずいまずい。
僕は…
僕は滝川さんが犬みたいに服従している事に悦びを覚えているのか…?
これは…ダメかもしれない。
でも間違いない。
滝川さんの絶望している声も、涙に歪む顔も、たまらなく愛おしく感じてしまう。
「…ごめん、滝川さん、僕、君と関わってるとおかしくなりそう…」
「えぇ〜…??」
「僕はどうしようもないほど歪んだ人間みたい…」
ブレーキと言いながら全く抗えていないのではないか。
「っ??」
「滝川さんに意地悪して…その表情を見て、喜んでるんだもん、僕」
「……」
滝川さんは僕を見上げたまま固まっている。
流石にさ、流石にこんな事白状したら滝川さんだって嫌になると思う。
でも
「それは全然良いですけど〜…とにかく滝川を捨てないで欲しいだけです〜…」
「あら?」
「喜んでもらえるなら本望ですけども〜…捨てるとかそう言うのはナシです〜…」
なんかヤバい言葉にヤバいカウンターが来たような…?
「いや…あの…」
滝川さんは鼻を啜りながら
「滝川は…三田さんの私物でも…なんでも良いです〜…だから…ずっとそばに置いて下さい〜…!!」
「あー…」
僕じゃなくてそもそもこの人が一番ヤバいんだもんねー…僕が勝手にそうなった訳じゃないもんね…。
じゃあ良いや…って気持ち。
罪悪感も一気に消え去った感覚。
そうそう、滝川さんって人はかなり危険な思想の持ち主だもんね、更にソレを隠そうともしてないし…。
僕なんかまだ甘過ぎる。
「あの、滝川さん…」
「うぅ…なんですか〜…」
「とりあえず立とうか」
「うぅ〜…」
滝川さんはスカート、更に膝についた砂利をパッパッと払い、力無く立ち上がった。
更に袖で涙を拭い、乱れた髪を整え…恨めしそうな顔で僕を見つめる。
(動作が多いな…)
「…立ちました〜…」
「うん、じゃあ、まあ…」
「……」
「……」
言葉が出てこない。
別にマジで滝川さんに帰って欲しい訳でもなく、支配したい訳でもない、ていうか僕じゃ手綱は操りきれないだろうし…ただ嫌よ嫌よと僕に縋り付く滝川さんが可愛くて、ちょっと魔が差しただけ…の話。
「…三田さん〜…」
沈黙を崩したのは滝川さん。
「…なにさ」
「まだ滝川のこと、好きですか〜…」
「……」
またそういう確認か。
「ソレ、いちいち確認しないと死ぬんか?」
「死ぬです〜…」
「そうだよね」
そうだ、アンタはそういう人間だものね。
この一件は…釘を刺した、と思えば良い感じにまとまるのかな?
だってさ、咽び泣くほど必要とされてるんだもん、嬉しいじゃん、普通に。
つづく




