講釈
「滝川さん」
「あ、やっと喋りました〜」
良かった、無言の僕から勝手に言葉が聞こえていたんじゃなかったんだね、ちゃんと無言として認識してたんだね…良くもないけど。
「僕達幸せになりたいよね?」
「はい〜♡」
腕に頬をスリスリ…。
「だよね、でもその為には…今のままじゃ絶対ダメだって、分かる?」
「……?」
滝川さんがゆっくり顔を上げる。
本気で分かっていない顔。
「…何がですか〜?」
「何がって…」
言葉を選ぶ。
かなり慎重に。
ここでミスると多分この人極端な方向に解釈する。
「その…価値観というか…」
「価値感〜?」
「恋人だからって、全部になっちゃダメっていうか…」
「全部?」
「依存し過ぎると危ないって事」
「……」
滝川さんはぱちぱち瞬きをしたあと、少しだけ眉を下げた。
「…滝川、依存してます〜?」
「してるでしょ…」
「…でも〜」
「うん」
「好きな人の事いっぱい考えるのって、そんな変ですか〜?」
「変ではないけど、度合いがね…」
「……」
「滝川さん、さっき三田さんより大事なもの無いって言ってたじゃん」
「はい〜」
「それは嬉しい、嬉しいけど普通に危ない」
「……」
「恋人って、人生の、生きることの全部じゃないと思う」
そう言った瞬間。
滝川さんの表情がほんの少しだけ曇った。
「…じゃあ」
「?」
「三田さんは、滝川が人生の全部じゃないんですか〜?」
「そりゃそうだよ!?」
「……」
滝川さんは視線を落としたまま小さく
「そっか〜…」と呟く。
空気が急に重くなる。
「いや違くて!そういう意味じゃなくて!」
「……」
「えっと…恋人の為に生きるんじゃなくて…まず大前提は生きる事!生きる上でのスパイスとしての恋人っていう事で…」
滝川さんは俯いたまま僕の腕をぎゅうっと抱き締める。
さっきより強い。
「…滝川は」
「……」
「三田さんが居なくなったら、かなり嫌です〜…」
「いや、そりゃ恋人なら誰でもそうでしょ」
「でも三田さんは、滝川が居なくなっても人生は続くんですよね〜?」
「……」
「滝川、そこまで整理出来る気しないです〜…」
「ん〜………!」
僕は思わず額を押さえた。
これ、説得とか理屈じゃない。
根本の感覚が違う。
滝川さんは、恋愛を人生の一部じゃなくて、
人生そのものとして捉えている。
だから全部が極端なんだ。
考え方の種類が違う。
「…滝川さん」
「はい〜」
「それ、マジで、かなり危ない考え方だからね…?」
「……」
「相手に全部預けちゃうと、後で絶対苦しくなる」
「…でも〜」
「うん」
「好きって、そういう事じゃないんですか〜?」
「違う!!」
思わず強めに返す。
すると滝川さんは、少しだけ肩を揺らした。
「……」
「あ、ごめん…」
「…別にです〜」
でも。
声がちょっと小さい。
「…滝川、よく分かんないです〜…」
「……」
「だって滝川、三田さんの事考えてる時が、一番幸せなんですもん〜…」
「……」
「それを減らすって、幸せ減らしてくださいって言われてるみたいです〜…」
「減らせとは言ってないって!」
「じゃあどうすれば良いんですか〜…」
涙目で、困ったみたいに見上げてくる。
「…滝川さん」
「はい〜…」
「例えばさ」
「……?」
「僕が、今日は一人でいたいって言ったら?」
滝川さんはぴたりと止まった。
「……」
かなり真面目に考えている。
でも。
「…無理です〜」
「即答だな…」
「でも我慢します〜…」
「……」
「多分」
「多分!?」
滝川さんはむぅ〜っと眉を下げた。
「だって寂しいですし〜…」
「……」
「なんで一人になりたいんですか〜?」
「いや、一人の時間欲しい時もあるでしょ…」
「滝川と居ると休まらないですか〜…?」
(ある意味ね)
「そういう意味じゃなくて!」
「じゃあなんですか〜…」
本当に分かってない。
責めてる訳じゃない。
純粋に理解出来てない顔。
「……」
僕は頭を抱えそうになる。
「恋人でも、一人の時間って普通必要なんだって…」
「…でも〜」
「うん」
「滝川は、好きな人とはずっと一緒にいたいです〜…」
「それが独りよがりのワガママなんだって!限度があるの!」
「……」
滝川さんは少しだけ俯いた。
そして小さい声で言う。
「…じゃあ滝川、一緒にいたいって思うの我慢しなきゃダメですか〜…?」
「我慢というか、調整…」
「調整……」
その単語を飲み込めてない顔。
「……」
これは価値観の違いとかじゃない。
滝川さんの中には恋人と距離を取るって発想自体が皆無なんだ。
好きなら一緒。
好きなら近く。
好きなら優先。
そこに疑問がない。
「…三田さん」
「…なに」
「滝川、重いですか〜?」
「……」
聞き方が妙に静かだった。
ふざけてもない。
甘えてもない。
少しだけ不安そうで。
だから誤魔化せなかった。
「…かなり」
「……」
滝川さんは数秒黙ってから、
へにゃっと笑った。
でも目だけ全然笑ってなかった。
「…やっぱり、そうですよね〜…」
滝川さんは笑ったまま俯いた。
「……」
僕は何を言えば正解なのか分からない。
すると滝川さんは僕の腕を抱えたままぽつりと言った。
「…でも滝川、多分」
「?」
「軽い恋愛とか無理です〜…」
「…軽い恋愛…?」
「友達の延長線みたいなやつとか〜…」
(それ、僕が滝川さんに求めていたやつ…)
「……」
「週一で会って満足〜、みたいなのとか〜…」
「……」
「無理です〜…絶対」
断言。
その声だけはやたらハッキリしていた。
「……」
「だって好きなのに、なんで離れるんですか〜?」
「……」
「好きなのに、なんで優先しないんですか〜?」
「……」
「好きなのに、なんで我慢するんですか〜?」
矢継ぎ早。
責めてる訳じゃない。
純粋な疑問として言ってる。
だから重い。
「…滝川さん」
「はい〜」
「それ全部やると、いつか相手が潰れる」
「……」
「恋愛って、相手の生活も尊重しないとダメなんだよ」
「……」
滝川さんはしばらく黙っていた。
やがて。
「…じゃあ」
「?」
「滝川が、三田さん最優先なのはダメなんですか〜?」
「…ダメとかじゃなくて、危ない」
「……」
「もし僕と何かあった時、滝川さんぶっ壊れるでしょ」
その瞬間。
滝川さんの腕にぐっと力が入った。
「…ぶっ壊れます〜…」
声がちょっとだけ震えてる。
「でも滝川さんの人生は滝川さんのものだから」
「……」
「僕が全部背負える訳じゃないし、背負っちゃダメなんだよ」
滝川さんは黙って聞いていた。
数秒後。
ぽつり。
「…三田さんって」
「うん」
「人生何周かしてるみたいです〜…」
「まだ一周もしてないよ…」
「でもなんか〜…」
滝川さんは僕の腕にくっついたまま、
不思議そうに僕を見る。
「達観してます〜」
滝川さんの口から達観なんて言葉が出た事に少しびっくりした。
「してないよ…ビビってるだけ」
「……?」
「滝川さん、普通に危ねーんだもん」
「うぅ〜…」
ちょっと傷付いた声。
普通に考えたら僕達
「好きです、付き合ってください」
「よろしくお願いします」
の流れがない。
色々段階を飛ばしての交際だ。
「付き合っているのに心が離れていくみたいでモヤモヤします〜…このままじゃ滝川、死んじゃいます〜…!!」
ほら、こんな様子だ。
つづく




