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破滅への道



滝川さんはマイクを通して


「初デート、カラオケの巻〜です!!!!」


と叫ぶ。


アナウンスに使うんじゃないよ。


「テンション高いなぁ」


「…三田さんは〜…なんかテンション低いです〜…」


マイク越しなのに、ちょっとしょんぼりした声。


「いや、低いっていうか…」


僕はソファに沈み込む。


「まあ、今日に限らずだけど、色々あったからね」


「充実した一日です〜♪」


「一日でやる事じゃないのよ」


人生イベント詰め込み過ぎだろ。


僕が知らなさすぎるだけで、恋愛って意外とこんなもんなのか…??


いや、でもまーちゃんと野村さんは難航しているし…まあ、まーちゃんが特殊だからか。


滝川さんは僕を見ながら、ふふ〜っと笑う。


マイクをテーブルに置いて、少しだけ身を寄せてきた。


「滝川、今、めちゃくちゃ幸せです〜…」


「……」


「だから、テンション上がっちゃいます〜…」


その顔が本当に嬉しそうで、なんか文句言う気が削がれる。


すると滝川さんは、僕の肩にこてんと頭を乗せた。


「っ」


「へへ〜…彼氏さんです〜…」


「その確認作業みたいなの何…」


「実感です〜♪」


ぐりぐり。


頭を押し付けてくる。


くんくんと匂いを嗅いでくる。


犬か。


「三田さん、って呼ぶのもよそよそしいですね…竜也さんって呼んでも良いですか…?」


「いいよ、三田さんで」


「滝川の事も雪美、ユキ、ユキちゃんって呼んでください…」


「いいよ、滝川さんで」


「えぇ〜〜〜…」


露骨に不満そう。


僕の肩に額を押し付けたままぶーぶー唸る。


「なんでですか〜…」


「急に名前呼びはハードル高いんだって…」


「滝川、もう三田さんの彼女なのに〜…」


「そこは別問題」


「別じゃないです〜」


すると滝川さんはむくっと顔を上げた。


滝川さんはうぅ〜…と唸りながら、


じっと僕を見つめる。


「…三田さん」


「なに」


「彼氏なのに距離あります〜…」


「そうは言っても、今日始まったばっかだからね?」


「滝川はもうゼロ距離のつもりです〜」


「怖い怖い」


「ふふ〜♪」


全然堪えてない。


そして次の瞬間。


「…じゃあ」


「?」


「滝川は三田さんの事を下の名前で呼びます〜♪」


「……」


目がキラキラしてる。


「…ええ…下の名前で呼ばれ慣れてないんだけど…」


「…竜也さん♡」


「……」


なんか、嫌だな。


いやらしい。


「…僕の事は三田さんって呼んでよ…下の名前で呼ばれる事になんの喜びも覚えないよ…」


「え〜…」


「そういうのはまだ先で良いんじゃないかな…初日じゃん?」


「チューしたのに〜?」


そうだけど…そうなんだけど…。


「それはそれ、これはこれ…」


滝川さんは「うーん」と唸った、


「じゃあ…名前呼びとチュー10分、どっちが良いですか?」


「何そのヤバい二択…」


「ヤバくないです〜!滝川達、もう言い逃れ出来ない関係じゃないですか〜!!」


「そんな言い方しないでよ…」


改めて滝川さんを頭のてっぺんからつま先まで


まじまじと見てみる。


「…?三田さん?」


見てみる。


「えっ…?えっ?」


見てみる。


「っ…」


滝川さんは分かりやすく挙動不審になる。


やっぱり、可愛らしい、これは身内びいきとかではなく、本当に、造形として整い過ぎている。


あとこんな感じなのに胸デカい。


この子が?


この子が僕の彼女…?


いやいやいや。


おかしいおかしい。



滝川さんは、そんな僕の視線に耐え切れなくなったのか、肩を縮めた。


「…な、なんですか〜…」


「……」


「そんなまじまじと見られると、恥ずかしいです〜…」


「……」


「…三田さん?」


いや。


なんか。


急に怖くなってきた。


「…滝川さんさ」


「はい〜?」


「本当に僕で良いの?」


「えっ」


滝川さんは、ぱちぱち瞬きをする。


「…何言ってるんですか〜?」


「いやだって…」


自分で言ってて情けないけど。


「僕、そんな大した人間じゃないし……」


「……」


滝川さんの顔からすっと笑みが消えた。


あ。


「…三田さん」


「…はい」


「滝川が、誰を好きか決めるの、三田さんなんですか〜?」


「……」


「違いますよね〜?」


声はいつも通り柔らかいのに、妙に真っ直ぐだった。


「滝川は、三田さんが良いんです〜」


「……」


「…世の中を斜めに見るのは勝手だけど、滝川の気持ちまで斜めに見るなって…言いましたよね!?」


そう言って。


滝川さんは、少しだけ拗ねたみたいに僕の肩に頭をぶつけてきた。


「…二度と変な事言わないでください〜…」


「ごめん…」


「ガタガタうるせ〜です、そんな口は…塞いじゃいます…」


「ッ…!?」






歌いもせず、食べもせず、時間が過ぎる。


「学校でも堂々と、いっぱい好き好きしちゃいます…チューもしちゃいます〜」


「えっ…それは…」


普通に嫌だろう、周りに見られまくるでしょ…。


「…なんですか〜?」


「そういうのって、二人きりの時に限るんじゃ…?」


「?なんでですか〜?滝川達、付き合っているのに?」


「だけど!そうだけど、付き合っているからって節度、限度はあるでしょ…周りの目だってあるし…」


「…?」


滝川さん、本気で僕の言っている事を理解していない顔をしている。


「交際しているからってなんでもして良い訳じゃないでしょ…?」


「え?なんでもしちゃいけないんですか…?だってもう、滝川は三田さんのモノですし、三田さんは滝川のモノですし…」


「あ…」


ダメだ、コレ、シンプルに危ない思想だ。


「まずモノって発想がまず危ないんだけど…」


「危なくないです〜」


「危ないよ」


「だって滝川、三田さんに全部あげましたし〜」


「全部…?」


「気持ちも時間も優先順位も…チューもです〜」


「……」


「付き合うってそういう事じゃないんですか〜?」


違うだろう。


いや、完全には違わないのかもしれないけど…。


滝川さんのそれは、明らかに極端だ。


すると滝川さんは少し考えるみたいに視線を泳がせたあと、ぽつりと言う。


「…滝川、付き合ったら全部一番になるものだと思ってました〜」


「……」


「家族とか友達とか趣味とかより」


「いやそれは…」


「違うんですか〜?」


「違うというか、バランスがおかしいというか…」


普通、家族まで引き合いに出すかね?


「ふぅん…」


全然納得してない顔。


しかも。


ちょっと静かになった。


「……」


嫌な沈黙。


滝川さんは僕の腕に抱きついたままじっとテーブルを見ている。


「…滝川さん?」


「…三田さんは〜」


「?」


「滝川が一番じゃないんですね〜…」


「いや、そういう話じゃ――」


「でも滝川は一番ですよ〜?」


さらっと。


当然みたいに言う。


「三田さんより大事なもの、別に無いですし〜」


「……」


「ゲームしてても、食べてても、お風呂入ってても、寝る前も、ずっと三田さんの事考えます〜」


「……」


「学校で他の女子と喋ってたら嫌ですし〜、返信遅いと不安になりますし〜」


「……」


「でも滝川、重い女って思われたくないので我慢してたんですよ〜?」


それについては嘘だろう…付き合う前から重かっただろ、我慢できてなかっただろう。


にこっ。


笑顔。


なのに背筋がちょっと寒くなる。


「……」


あれ…?これ…。


思ったよりヤバいかもしれない。


滝川さんはそんな僕を見ながら幸せそうに頬を緩めた。


「でももう彼女なので〜」


「……」


「我慢、減らしても良いですよね〜?」


ハッキリと、「ミスった」


と理解出来た。


この人は、滝川さんは深く関わったらいけないタイプの女性だと。


「……」


いや、付き合う前から兆候はあった。


距離感がおかしい。


好意の出力がデカ過ぎる。


躊躇なく飛び込んでくる。


でも、それを変わった子くらいに思っていた。


どうせすぐに関わりがなくなると思っていた。


違う。


もっと根本的に、愛情のブレーキが壊れている。


しかも厄介なのが、本人に悪意が一切ない事だ。


「…三田さん?」


滝川さんが不思議そうに僕の顔を覗き込む。


「なんか顔固いです〜」


「……」


だって…今この人、我慢を減らすって言った。


つまり今までのアレで、まだセーブしてたって事だ。


「……」


怖。


滝川さんはそんな僕に気付かないまま幸せそうに続ける。


「いっぱい一緒にいたいですし〜」


「……」


「いっぱいお話したいですし〜」


「……」


「いっぱい触りたいですし〜」


「……」


「三田さんの事、もっともっと欲しくなっちゃいます〜♪」


軽い口調、別に珍しいセリフでもなんでもないのに…


なのに。


妙に生々しい。


「……」


これ、普通の好きじゃない。


依存だ。


いや、もうとっくに入口には立ってる。


でも。


「……」


じゃあ嫌かと言われると、


それも違う。


こんな風に真正面から好かれた事なんて今まで無かったから。


必要とされてる感じ。


求められてる感じ。


それが気持ち良くない訳じゃない。


だから余計に危ない。


滝川さんは僕の腕に頬を擦り寄せながら、


ふにゃっと笑った。


「へへ〜…滝川だけの彼氏さんです〜…」


「……」


その笑顔が可愛いと思ってしまった時点で多分もう遅いんだろうなと思った。


破滅への道。


そんな物騒な言葉が僕の心情にしっくりきた。


さっきから僕は一言も言葉を発していないのに、滝川さんは一人で勝手に喋っている。






                     つづく

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