雷雨の後
帰りの電車に揺られる。
結局あの後20分ほどで雷雨は止んだ。
(助かった…)
という安心感と、隣にいる滝川さんへのなんとも言えない感情が渦巻いて、いつもみたいに悪態がつけない。
「三田さん〜」
「っ!?」
急に声を掛けられ肩が跳ねた。
滝川さんはそんな僕を見てくすっと笑う。
「びっくりし過ぎです〜」
「…誰のせいだと」
最後まで言えない。
さっきから調子が狂う。
滝川さんは少しだけ身体を寄せてきた。
「まだ怖いですか〜?」
「雷はもう平気……」
「そうですか〜」
安心したみたいに笑う。
その顔を見るとまた胸の奥が変な感じになる。
「……」
ダメだ。
今日の滝川さん、なんかいつも以上に破壊力がおかしい。
優しいし。
近いし。
甘いし。
いや、本来こういうものなのだろうか。
たまたま僕が弱ってしまっていたから。
「三田さ〜ん」
「…何」
「今日の滝川、役に立ちました〜?」
「…そりゃあ…」
返事に詰まる。
そんなの役に立ったどころじゃない。
あの時滝川さんがいなかったら、
多分かなり悲惨だった。
「…助かった、本気で…ありがとう」
言った瞬間、滝川さんの目がぱあっと輝いた。
「三田さ〜ん…」
胸の辺りをぎゅっと押さえる。
「なんか今、滝川、すごく満たされました〜…」
「そんな、大袈裟だなぁ…」
「大袈裟じゃないです〜」
ふにゃっと笑う。
でも、どこか力の抜けた笑い方だった。
「……」
「三田さん〜」
「何」
「さっき、いっぱいくっついてくれましたね〜」
「ぶっ…!!」
危うく咳き込むところだった。
「そういう言い方を……!」
「事実です〜」
「不可抗力だから!」
「滝川、ちょっとドキドキしました〜」
「言うな!」
周囲を見回す。
誰も聞いてないよな。
「えへへ〜」
滝川さんは楽しそうに笑う。
でも、少しだけ、顔が赤い。
…この人も、
多少は照れてるのか。
「……」
なんかそれに気付いたら余計変に意識してしまう。
ダメだ。
すると滝川さんが不意に僕の袖をちょこんと摘んだ。
「…一緒に帰りましょうね〜」
「……」
返せる言葉がなかった。
その代わり
「…滝川さんは怖いもの、ないの…?」
ぽろっと口から出た。
滝川さんは、
「ありますよ〜?」
意外なくらいあっさり答える。
「え、あるんだ」
「あります〜」
当然です〜、みたいな顔。
「例えば?」
「ん〜…」
滝川さんは少し考える。
吊り革がカタンと鳴った。
それから滝川さんは僕の制服の袖を摘んだまま、
ぽつりと呟く。
「嫌われるの怖いです〜」
「……」
もっとこう、ホラーとか虫とかそういう話だと思ってた。
「…何に?」
聞いた瞬間、滝川さんはじーっとこちらを見る。
「今更それ聞きます〜?」
「…僕?」
「です〜」
「いや、他になんかないの…?」
「ないです〜」
ないのか。
「いやぁ…滝川さんって…勢いが凄いね」
なんか気の利いた事が言えずに取り敢えずの言葉を発した。
「勢い〜?」
「戦闘機みたい」
「おお〜」
褒められたみたいな反応をするな。
…イヤミだよ!
「滝川、F-15ですか〜?」
「!?」
なんでそんなの知ってるんだ!?
「F-22Aかもね」
「おお〜!ステルスです〜」
「!?」
詳しいんだよなぁ。
「じゃあ滝川、F-22Aみたいな女を目指します〜」
なんだその日本語であって日本語じゃないような不可解な言葉は。
「どんな女だよ…」
「三田さんが気付かないうちに堕とします〜」
「え、僕撃墜されるの…!?」
「はい〜その…ハートを射止める、感じで〜…」
恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに。
「それより、滝川さんって色々詳しいね」
「あ〜話題変えました〜!」
「やむを得ないでしょ…」
「むむむむ」
不満そうに唇を尖らせる。
「なんで戦闘機とか詳しいの?」
「…ゲームです〜…」
「!!」
僕は思わず目を見開く。
「三田さん〜?」
「え?まさかエースコンタクトとかやってる?」
「はい、ZEROから7まで全部やっていますけど〜…」
「マジで!?僕も大好きなの!」
思わぬ事実にテンションが上がる。
でも滝川さんは不服そうな表情を変えない。
チラチラと不満げな視線を送ってくる。
「僕そういう友達が欲しかったの!ねえ、どの作品が一番好き?」
滝川さんはむすっとしたまま答える。
「…ZEROと4です〜…」
マジか!
コレコレ、こういうのが欲しかったんだよ!!!!
「僕も僕も!!主人公メチャクチャカッコいいよね!!そりゃ他の作品も良いけど、やっぱり歴代作品の中でも最強格だよね…メッチャ好きなんだけど
何が不満なんだよ…!!!」
滝川さんはじぃーーっと僕の目を見る。
「ゲームの話になった途端、今までよりも元気です〜…」
「そりゃそうだよ、好きだもん!」
「じゃあ滝川はどうでも良いんですか〜?」
「はあ?」
この場合のじゃあとは一体…?
「滝川、負けました〜…」
「何に?」
「エースコンタクトにです〜…」
「ゲームと張り合うなよ…」
「だって好きなんですよね〜?エースコンタクト…」
滝川さんは不満そうに僕の袖を引っ張る。
「違うじゃん、こういうので友情が芽生えるんじゃん!共通の話題があってさ、今滝川さんにメチャクチャ親近感湧いてるよ?」
「……」
尚不服そう。
「こんなに言ってるのに!?」
「…三田さん〜友情って便利な言葉ですね〜」
「いや、だって実際そういうの大事でしょ!?趣味合う人ってテンション上がるじゃん!」
「滝川も三田さんと趣味合って嬉しいですよ〜?」
「でしょ!?」
「でも滝川、友情が芽生えた〜とはなりません〜」
「なんでだよ…」
こんな経験滅多にないと思うが。
「もう最初から三田さんの事が好きなので〜」
「うわっ」
即答だった。
しかも悪びれない。
滝川さんはむ〜っとしたまま続ける。
「三田さん、エースコンタクトの話してる時だけ距離近いです〜」
「え?」
「今、めちゃくちゃ前のめりでした〜」
「……」
言われて気付く。
確かに、普通に身を乗り出してた。
「…オタクの悲しき性だよ、ていうか、自分で言うのもなんだけど、距離近いなら良いじゃん!なんの不満もないはずだよ!」
「だけ、なのがや〜です…滝川、これでも女の子なんですけど〜…」
「いやいや、女の子にしか見えないけど」
「それなら普段から女の子として扱って欲しいです〜…」
「うるせーな…」
ガシッ!!
と手首を掴まれる。
「うわ!」
「滝川、うるせーこと言ってねーです〜!」
(なんだその口調)
滝川さんは僕の手首を掴んだままむすっと睨んでくる。
いや、睨んでるというか必死に抗議してる小動物みたいな顔だけど。
「…じゃあ、勝敗はエースコンタクト7の対戦で、どう?」
「ふーん!です、いじわるする三田さんとは遊んであげません〜」
わざとらしくそっぽを向く、手首を掴んだままで。
「そこは折れるんだよ!!折れるところでしょうが!!落とし所なんだよ!!」
「……」
滝川さんは顔を背けたまま。
でも掴む力は地味にしっかりしている。
「…離して?」
「…や〜です」
「……」
ちょっとイラっとした。
この理不尽さに。
雷から守ってくれた恩を仇で返しそう。
「滝川さん…」
「……」
「…犬のユキちゃん」
瞬間、満面の笑顔で振り返る。
「わんっ♪」
「……」
(バカじゃねーの、コイツ…)
「ね?三田さん、これからは滝川の事は滝川さんじゃなくてユキちゃん、って呼んでください〜」
「嫌だね、言う事聞かない人の言う事なんて絶対聞かない」
「うぅ〜…」
「切ない顔しても、ダメ」
滝川さんはしょんぼりした顔のままこちらを見る。
でも数秒後には何かを思いついた顔になった。
嫌な予感。
「…三田さん〜ユキちゃんって呼んでくれたら〜…」
「呼ばない」
「まだ何も言ってませんが〜?」
「そういう交換条件みたいなの嫌い」
「エースコンタクト一緒にやりましょって話でも〜?」
「……」
つづく




