トラウマ
放課後。
六月特有の重たい空気、湿気、生ぬるい風。
この時期もたまにアレが来る時があるんだよな。
「…なんか降りそうだね」
「ですね〜でも滝川、傘持っています!」
滝川さんは鳳凰リュックをぽんぽん叩く。
へんたい山が揺れた。
腹立つ。
「まあ…僕も…」
「二つも要らないですね〜降ったら滝川のに入ってください〜」
「なんでだよ…」
その瞬間。
カッッ!!!
空が白く光る。
(マジか…)
数秒後。
ゴロゴロ……ッ!!
低い雷鳴。
(やっぱり来た……)
「…うっ」
身体の奥がざわつく。
「おお〜、結構近いですね〜」
滝川さんはのんきに空を見上げる。
対して僕は無意識に肩が強張っていた。
しばらくするとまた光る。
「これ〜…どこかに避難した方が良さそうですね〜」
確かに、少し湿っぽい匂いがするし、どこかでは雨が降っているのだろう。
ここは学校からも駅からも微妙な場所、周りには木があり、正直長居したくない場所。
ポツ、ポツと大粒の雨が落ち始める。
「あ〜…」
滝川さんは付近を見渡す。
「良い場所発見しました〜」
「え、どこ…?」
良い場所っぽい場所は見当たらない。
「こっちです〜!」
手を引かれる。
小走りで向かっているのは
「え、まさか電話ボックス…?」
「きっと通り雨です、少しの間避難しましょ〜」
滝川さんは躊躇なく扉を開ける。
「うわ、狭っ…」
人間二人が入るにはかなり窮屈だ。
湿気がこもっている。
外では雨音がどんどん強くなる。
滝川さんが扉を閉めた瞬間、世界が少しだけ遠くなった気がした。
ドドドドドドド…
雨脚が強くなる。
電話ボックスにも容赦なく降り注ぐ。
「…」
「…」
僕は狭いながらも出来るだけ端へめり込む。
その瞬間
ピシャアアアッ!!
今度はかなり近い。
地響きと轟音。
「うわっ!!」
思わず声を上げてしまった。
呼吸が浅くなる。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
昔の光景が蘇る。
ほぼ目の前に、走る紫電。
耳を塞いでも心臓に響く音。
僕は無意識に滝川さんの方へしがみついていた。
滝川さんの制服を掴む。情けないくらい必死に。
「わ、わあ〜…」
滝川さんは気が抜けた声を上げる。
「…滝川さん、ごめん…雷、怖くて…」
カッコ悪いカミングアウト、でもそんな余裕はない。
滝川さんは驚かなかった。
「…よしよしです〜」
笑いもしない。
ただ、僕の頭を優しく撫でる。
「…大丈夫ですよ〜」
「うぅっ…」
情けないが、怖いものは怖い。
また光るんじゃないか。
また鳴るんじゃないか。
近くに落ちるのではないか。
その考えが頭から離れない。
「三田さん〜…」
声が降ってくる。
いつもみたいなふにゃふにゃした感じじゃない。
なんか変に甘い。
ドッドッドッ…
心臓がうるさい。
「……?」
でも滝川さん越しにも違うリズムだけど速い振動が伝わってくるような…。
ゴロゴロ……
また空が光る。
「うわっ…」
滝川さんは、今度は僕の手をそっと握った。
温かい。
細いのにちゃんと力がある。
「滝川が側にいますから〜」
「……っ」
その言葉で張り詰めていた何かが切れた。
ボロボロと涙が落ちる。
止めようと思っても止まらない。
情けない。
恥ずかしい。
でも怖いものは怖い。
「うぅっ…」
「ありゃりゃ〜…怖かったですね〜…」
ガラガラガラ…!!
また稲光。
滝川さんは僕の頭をそっと抱き寄せた。
「…落ち着きました〜?」
「…ちょっと、だけ…」
声が掠れる。
滝川さんはふにゃっと笑った。
でも、いつもの笑い方ではなく安心したみたいな柔らかい笑い方。
「偉いです〜」
「何が…」
「よく我慢しましたね〜」
「……」
その言葉に、
少しだけ目を逸らした。
カッコ悪いし。
情けないし。
でも、さっきは本当に無理だった。
「…普通、引かない?」
「なんでですか〜?」
滝川さんはきょとんとしている。
「いつも偉そうなのに…高校生にもなって雷で泣く男だよ…」
「別に〜です、怖いのはいくつになっても怖いですから〜」
滝川さんはくすくす笑う。
でもその後、少しだけ真面目な顔になった。
「滝川、頼ってもらえるの嬉しいですよ〜」
「……」
肯定されている。
狭い空間が滝川さんの感触、匂いに包まれる。
多少息苦しくなった。
それはそうだ、密閉されているし、狭いし。
酸素が足りないのは当然。
少しだけ扉を開く。
ザァーーーだの、バシャバシャだの、雨の音がうるさい。
でも湿っぽくも、新鮮な空気が流れ込んでくる。
少しの体力回復。
その時、ふと気付く。
滝川さんも、少し呼吸が速い。
さっき感じた別のリズム。
僕だけじゃない。
「…滝川さん?」
「はい〜?」
「なんか…息、速くない?」
「!!」
滝川さんがぴたりと止まる。
「…苦しい?」
「大丈夫です〜…」
「じゃあ実は滝川さんも雷怖い?」
「いいえ〜」
「じゃあなんで…?」
「…気のせいです〜」
「いやでも……」
「気のせいです〜!」
なんで強めなんだよ。
でも、電話ボックスの狭さのせいで、
嫌でも分かる。
滝川さんの胸元が小さく上下している。
「……」
「……」
変な沈黙。
外では相変わらず雨が電話ボックスを叩いている。
ドドドドドド……
(本当に止むのかな…それよりも雷はもう大丈夫なのだろうか)
すると滝川さんが、ぽそっと呟いた。
「…だって〜」
「?」
「好きな人がこんな近くにいたら、普通にドキドキしますけど〜…」
「っ……!」
頭が真っ白になる。
今それ言うのか、この状況で!?
「今に始まった事じゃないですけど〜…」
滝川さんは照れたみたいに少し笑う。
それからまた僕の頭を優しく撫でた。
つづく




