バドミントン
僕はコートの端でほぼ置物。
僕と滝川さんのペアの失点は全部僕のせい。
野村さんも存外手強い。
でも滝川無双の前では通用しなかった。
滝川さんってこんなに頼もしかったんだ…。
そして僕の無力さを知る。
「はい次のペア交代ー!」
先生の声。
助かった。
心から。
コートを出る。
「三田さ〜ん」
滝川さんに袖を引っ張られる。
「楽しかったです〜!」
どうしてそんな笑顔になれるのか。
「僕だってあるからね…?」
「え〜?」
「無力感からの罪悪感…あるからね?」
「じゃあ〜滝川がバドミントン教えてあげます〜」
「いや、いいよ…」
「やります〜」
強制だった。
空いてる端へ連れて行かれる。
「まずラケットこう持ちます〜」
「いや持ち方くらいは…」
その瞬間。
後ろから腕が伸びてくる。
白い手が僕の手首を優しく掴む。
「こうです〜」
「っ…」
近い。
肩に柔らかい感触。
背中にも体温。
心臓が一気にうるさくなる。
(いやいやいやいや近い近い近い……!!)
「三田さん、力入りすぎです〜」
耳元で声。
アカン!
「口で言ってくれたら分かるから……!」
「それは滝川の教育方針と違います〜」
「親か」
「はい〜」
君から産まれた覚えも育てられた覚えもないぞ。
「はい、次はサーブです〜」
滝川さんはラケットを軽く振ってみせる。
「最初の内は〜…ネットを越えれば大丈夫です〜」
「…すみませんね、越えられないポンコツで…」
「あ〜…」
滝川さんは僕の手を摩る。
「何故…!?」
「ポンコツなんかじゃないですよ、大丈夫です〜」
優しくするな。
「三田さんもやってみてください〜」
「はいはい…」
見よう見まねで振る。
「シャトルがあると思って手を添えてください〜」
なんか、本格的にレクチャーされてるなぁ。
よほど足を引っ張っていたのか。
「次、スマッシュです〜」
「もう?」
「はい〜」
滝川さんは軽くジャンプして、
パァン!と空を叩くようにラケットを振る。
「うわ、速」
フォームだけで強そうなのが分かる。
「三田さんも〜できます〜」
後ろへ回り込まれる。
近い。
本当に近い。
柔らかい感触。
ダメだ。
体育どころじゃない。
「こう腕を上げて〜」
滝川さんに腕を持ち上げられる。
「…」
(ロボットじゃん…)
「その時、左手も落ちてくるシャトルに合わせて添えます〜」
「…」
(ラジコンじゃん…)
「振り下ろします〜」
滝川さんに腕を下ろされる。
「…」
「せーのっです〜」
「…」
「おお〜!」
滝川さんが嬉しそうに拍手する。
「今の凄く良い感じです〜」
「…」
「じゃあもう一回やっ…
何が不満ですか〜!?」
滝川さんは僕の不満顔にようやく気付いたらしい。
「ロボットじゃんこんなの!」
「?」
「ロボットと言うか、滝川さんが僕をラジコンみたいに操作しているだけじゃん」
「三田さんはラジコンみたいに言う事聞いてくれません〜!」
「お前もや!!」
滝川さんは「むぅ〜…」と不満そうに唇を尖らせる。
「滝川、こんなに丁寧に教えてるのに〜」
「うん、丁寧だよ?でも距離が近すぎるの!」
「良いじゃないですか〜」
「距離!距離!」
「ほら〜もう一回です〜」
「まだやるの?」
「三田さんが一人前になるまでです〜」
「授業の時間じゃ無理だろ」
「滝川がいます〜」
「万能感やめろ」
滝川さんはまた僕の横へ来る。
今度は後ろじゃない。
真横。
でも近い。
「はい、腕こうです〜」
「近い近い」
「ダメです〜逃げないでください〜」
「逃げるわ!」
ラケットを持ったままジリッと距離を取る。
すると、滝川さんは何故か嬉しそうに笑った。
「三田さん、さっきから滝川のこと意識しすぎです〜」
なんで今更そんな事言うの…?
「してない!」
「してます〜」
「してないって!」
「え〜?じゃあなんで顔赤いんですか〜?」
「暑いからだよ!!」
六月後半の体育館を舐めるな。
すると後ろから、
「青春だな」
まーちゃんの声。
「やっかましい歴史バカ!」
「歴史を学ぶ者への暴言は感心せんな」
隣では野村さんが笑いを堪えている。
「三田君さ〜、さっきから滝川さんに操作されてるよね」
「ほら見ろ!」
「つまり傀儡政権みたいなものか、権力は常に裏にいる滝川に…」
「黙れ!!」
面倒な連中が面倒な時に…。
滝川さんは口元を抑えて笑っている。
なんだよ、野村、河上両名に敵意剥き出しだったくせに。
滝川さんは小声で
「あの二人って〜そういう関係ですよね〜?」
こんな事を囁いてきた。
いや、まだ正確には成立してないと思うけど…。
「まあ、良い関係ではあるんじゃないかな?」
まーちゃんクソ鈍感そうだし。
「滝川達の方が〜良い関係ですよね〜?」
そっちは滝川さんがバグってるし、僕は神経質過ぎるし。
「どうだろうね、僕らは日にちが浅すぎる」
「そんなに大事ですかね〜…?」
「割と」
「む〜…」
唇を尖らせる。
「さっきから何コソコソしてんの?」
眉間に皺を寄せた野村さんがラケットを振り上げる仕草を見せる。
怖いって?。
「コソコソじゃないです〜堂々とイチャイチャです〜」
「「!?」」
野村さんは目を見開き、まーちゃんは無表情。
「ふ、ふーん、オープンなんだ」
「野村さん、滝川さんの出まかせだから間に受けないで…」
「出まかせじゃないです〜昨日もカラオケで濃厚な時間を過ごして…」
「やめろ!!やめい!!誤解を招く言い方するな!」
「ええっ??何何??濃厚って!?」
目がキマり気味の野村さんが食いつく。
「普通に一曲ずつ歌って、食べただけだよ…」
まあ、色々あったけど。
「食べた!?食べたの!?三田君が!?滝川さんを!?」
バッカじゃねえの、コイツ。
「だけじゃないです〜、滝川、三田さんにチューしました〜!」
「…」
「…」
「ほう」
まーちゃんだけだよ、顔が死んでないのは。
「……違うよ?」
僕はそう言うしかなかった。
「違くないです〜!滝川、確かに三田さんのおでこにチューしました〜!」
もう嫌だ。
コイツにはオフレコって文化はないのか。
「……」
無言で立ち去ろうとするが、行くアテなんてない。
「…ちょっと待てや」
案の定、
野村さんにジャージの裾を掴まれた。
「三田さん〜」
今度は滝川さんが後ろから袖を引っ張る。
「逃げないでください〜」
「逃げるに決まってんだろ!」
「滝川、嘘言ってないです〜」
「事実だから余計タチ悪いの!!」
野村さんはまだ混乱している。
「え、でも、おでこって普通に結構アレじゃない?少女漫画じゃん」
「知らん!!」
「しかも滝川さん全然恥ずかしがってないし!」
「えへへ〜」
「なんで嬉しそうなの!?」
まーちゃんはそんなやり取りを眺めながら、
静かに頷いた。
「うむ、実に青春だ」
「やっかましい歴史カス!」
「貴様、本当に俺への当たりだけ強いな」
「今はお前の顔がムカつくから!」
「理不尽だ」
すると、
パンッ!
体育教師が手を叩いた。
「お前ら!!イチャイチャ禁止っつっただろーが!!」
「…違うもん」
僕のせめてもの抵抗はボソリとこんな事を呟くだけ。
つづく




